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杉並大学探偵事務所  作者: カダシュート
瞑想は水底に沈んで
64/92

張り込みと聞き込み

 またしても、わたしが寝ている間にカローラバンはワープして(田辺にとっては苦痛の3時間だったにいない)夕方の大学にいた。疲れきった顔の田辺はサークル棟の3階まで上るのがやっとで、ソファに倒れこんでピクリともしなかった。だから、わたしは、熱心に写真を見つめている町田から、それを奪い取って記憶の中の顔と一致するか確かめてみた。

「写り悪いだろ、それ。」

町田はそういうと、もう一枚の方を見た。それも奪い取ると、

「それは、もっと悪いだろ。」

と、町田が言った。ほとんど窓ガラスの反射で中の人の顔など見えなかった。これでは、昼間の男と写真の男、つまり、彩子と一緒にいた男が同じかどうかなんて分からなかった。ただ、オペルのトラだかイノシシだかっていう名前の車が、どんなかだけは分かった。確かにミラーの形が変わっていてボンネットから流れるようなラインを描いていた。

「それよりも、今日、奥村さんの死因と死亡推定時刻を聞いておいたぞ。」

町田は、田辺の撮った写真を興味なさそうに放り出すと、そう言った。

「そんなこと教えてくれたの?」

「ああ。ほら西口っていう刑事がさ、ここのサークルのOBだったろ?それに奈々は見ているからな。死因は刺殺によるもので、凶器は奥村さんの部屋にあった包丁らしいよ。死亡推定時刻は前々日の午後10時から午前6時ってところらしい。目撃者がいないから、それ以上は特定できていないって。」

わたしは、事件のことを自分の感情と切り離そうとして、結局失敗した。薄気味悪い寒気が走って、倒れていた裕樹の姿が思い浮かんだ。うつぶせで両手を投げ出すように倒れていた。背中に黒いシミが広がっていて・・・。

 わたしは首を振って、それを忘れようとした。

 裕樹の部屋には、わたしの記憶では荒らされた形跡が無く、顔見知りの犯行だと決め付けられるのは時間の問題だと思った。その中でも、わたしは重要な容疑者の一人だろう。言わないまでも、西口自身もそう思っているに違いない。町田に捜査情報を漏らすのも、ひょっとしたら、わたしを追い詰めて自白させようとしているのかもしれない。残念ながら、わたしは犯人じゃないのだが。

 そうなる前に、わたしは動かなくてはならない。もはや、自分自身がどうなろうと知ったことじゃないが、だからと言って裕樹を殺したやつの身代わりになるというのは嫌だった。今、出来ることはなんだろう?

「ねえ、アスト。裕樹のアパートに行ってみない?」

ぼうっと、していた町田は顔を上げた。

「なんで?」

「じっとしていても仕方ないじゃない?」

「動いたって仕方ないじゃない。」

町田はわたしの言葉を真似するように言った。

「ほら、捜査の基本は現場だって言うし。」

「あのね、それ刑事ドラマの見すぎ。」

「そうなの?」

「だって、現場には入れないでしょうが。」

「そうだけど・・・。なにか思い出すかも知れないし。」

「どうしても行きたいわけ?」

「うん。」

「じゃあ、無駄足だった時は夜食、奈々のおごりね。」

腹空いていたんかい!


 町田のシルバーのレビンはエアコンが効いて快適だった。あまりに快適なので、わたし自身、サークル棟の蒸し暑さが嫌で出かけようとしたんじゃないか、と思えてきたくらいだった。

 裕樹のマンションにつくと、車から降りるのが嫌になった。

「何してるの?」

シートに座ったままのわたしに町田が外から声をかけた。

「暑そうだな、と思って。」

仕方なく車から降りると、わたしは入り口に向かった。9時過ぎだった。裕樹の部屋に中年の背の低い男がやってきたのは、10過ぎだった。彼の正体を突き止めるのが、目的だった。事件に直接関係があるかどうかは分からないけど、会ってみる価値はありそうな気がした。そう、町田に告げると、彼は言った。

「で、どうやって会うの?部屋、知らないでしょ?」

確かに知らない。

「でも、裕樹の口ぶりでは、9時くらいから10時過ぎにかけて、独身の男の部屋を訪ねているって感じだったわ。」

「今夜もそうするかな?」

「さあ。」

「さあ、って頼りないなあ・・・。」

あえて階段で2階に上がり、わたしは耳をすませながら通路に目を凝らした。人影は無かった。3階に上がり、続いて4階に上がった。5階にも誰もいなかった。ただ、裕樹のあの部屋の前だけには、テープが張られていた。

 わたしと町田は4階に降りて、階段の踊り場で待つことにした。ただじっとしているのも変なので、わたしと町田はそこから夜景を見ることにした。

「あんまり光はないわね。」

わたしは見たままを報告した。

「まあ、このあたりは中心街からも離れているし。ほら、あのあたりは森だぜ。その向こうは公園。」

「向こうの方になんかの光があるわ。」

「ああ、あれはパチンコ屋。」

「あ、そう。じゃあ、あっちで点滅しているのは?」

「信号じゃない?ほら、夜中になると赤とか青とかに替わるのをやめて、黄色だけが点滅するやつ。」

「そっか。じゃあ、あれは?」

光の帯が暗い夜の空を照らしていた。

「ラブホテル。」

そっけなく町田が言うと、光の帯はぐるぐると回りだした。

 その時、階段を上がってくる音がした。わたしと町田は振り向かずにいた。もっとも、その他に見える光と言ったら、車のヘッドライトと街灯しかなかった。それもまばらだ。

 背後の人物は、わたし達を観察するような気配を感じさせて通り過ぎていった。わたしは振り向いた。

「あの人だわ。」

町田も振り向いて、

「ちょっと。」

と呼び止めた。

 男は、不審そうに振り返り、わたしの顔を見ると走り出した。町田は勢いよくダッシュして、男にたちまち追いついた。腕をつかむと、アタッシュケースが落ちて、ふたが開いた。中身が辺りにばら撒かれた。

「なにすんのや。」

微妙なイントネーションで男は言った。わたしは、落ちた中身の一つを拾い上げた。そこには、『淫猥な匂い・・・サチコの秘密』と書かれていた。

「何これ?」

わたしは、尋ねるというより呆れて言った。

「ビデオや。返してくれ。」

男はひったくるようにそれをつかむと、アタッシュケースに戻し始めた。つまり、マンションの中の独身男の部屋をまわり、ビデオを売っていたのか。でも、そんなもの買うのか?わたしには今一理解が出来なかった。買うんだろうな、この人が毎日のように来るってことは。

「裏ビデオだね、これ。」

町田は、しげしげとビデオを観察していた。

「なんや?買ってくれるんか?」

途端に愛想がいい声で男は町田に近寄った。町田は返答に詰まった様子だった。ひょっとしたら、少しだけ買う気だったのかもしれない。

「いや、えっと・・・。」

町田がしどろもどろになってきたので、わたしが替わりに言った。

「買わないわ。それより4日前にも、来た?」

「来いへんわ。」

という顔には、嘘だと書いてあった。

「あっそ。じゃあこれ持って交番に行こうかな。」

わたしは背中の後ろで隠していた一本を男に見せた。

「あかん!」

男はそれをひったくると、ケースに戻した。

「お嬢ちゃん、あの殺された男の部屋におった子やろ?まったく油断もすきもあらへん。いったい、あの男のなんやねん?まさか、殺した犯人捕まえようちゅうんじゃないやろな?」

「そのつもりだわ。」

「あかん、あかん。そんなことしたら、お嬢ちゃんもあの世行きやで。あんなごっつい冷たい顔の男は初めてやったわ。」

「犯人、知っているの?」

わたしは、男に一歩近づいて、男の身長が百五十五センチに満たないことを知った。つまりわたしの目よりも下に薄くなりかけた頭があったからだ。

「なんで、わいが犯人の顔見たっちゅう思うねん?」

冷や汗をかきながら、男は後ずさった。

「さっき言ったじゃない、自分で。」

「わい、そんなこと言ってえへん。」

男は首を振った。

「じゃあ、これ、交番に持って行こうかな。」

わたしは、3本目のビデオをバッグから取り出した。

「なんで、そんなとこから出てくんねん。お嬢ちゃん、マジシャンか。」

「教えてよ。」

わたしは、そのビデオを男に渡しながら、甘い声を出してみた。

「ね?」

男は、一瞬唇が歪んだように見えた。笑ったのかもしれない。

「しゃあないなあ。午後の11時くらいやった。わいがな、お得意様に10本売ったあと、下の駐車場で銭勘定しとったんや。そしたらな、男がえらい勢いで走ってきよったんや。わいはな、車の中やねん。男には見えとらんはずや。」

自分に言い聞かせるように男はつぶやいた。わたしは、黙って待っていた。先を続けろと促すより、静かにしていた方が話すものだということを、この仕事をし始めてから知った。

「男の大きさは、180センチやねん。」

「どうして分かるの?」

「ここの駐車場の街灯は、180センチのところがくびれとんねん。こう、きゅっとな。いいくびれ方しとんねん。いい女のな、腰みたいに・・・。」

「ええから、それは。」

言ってしまってから、関西弁がうつりやすいことを思い出した。

「そいでな、黒のジャンパーやった。で、黒のセダンで走っていったんや。ナンバーはな、栃木やった。」

そこで、言葉を区切った。

「これでええか?そんなけや。」

わたしは、男が言ったことを頭の中で反芻した。

「ありがとう。助かったわ。」

「ええよ。また来いな。でも、誰かに言っちゃあかんからな。わいは警察嫌いやねん。警官の自転車見るとな、必ず空気抜くことにしとんねん。絶対言ったらあかんからな。」

男は、その時ばかりは裏の世界の人間という顔をした。こういうことが演技に見えないように出来るかどうかで、年季が分かる。男は浅そうだった。

「うん。分かった。」

わたしは、素直に笑顔で頷いておいた。

「そうか。お嬢ちゃんよく見るとかわいいなあ。わいな、いい監督知っとんねん。ビデオに出てみんか?」

わたしは、笑顔のまま手を振った。男はじろじろとわたしを観察し始めた。

「スレンダーなボデーや。気い変わったら、電話してんか?」

男はペラペラの紙を取り出した。そこに百円のボールペンで電話番号を書きなぐった。

「ここ、電話してえな。お嬢ちゃんやったら、20万は出させるさかいな。」

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