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杉並大学探偵事務所  作者: カダシュート
瞑想は水底に沈んで
63/92

尾行とその再現

 「モーニング娘。」が歌っていた。

 そういうもので目覚めたくない。その音はカーステレオから流れていて、田辺がそのスイッチを入れたに違いない。涼しい顔でクルマを走らせている田辺は、わざとやったに違いなかった。たぶん、わたしを起こそうとしているんだ、と思った。意地でも寝ていてやろうかと思ったけど、落ち着いて寝ているには騒々しかった。

「ねえ、ボリューム落とすかテープ替えてくれない?」

「あ、起きました?奈々先輩。」

わざとらしい。

「起きたわよ。おかげさまで。」

わたしはシートを起こしながらそう言った。

「もうすぐ着きます。」

「そう?」

ダッシュボードの時計は12時になっていた。3時間は眠っただろうか。

「奥村彩子は空港に行きました。今、走っているのは成田の近くです。」

言い終わるか言い終わらないかのうちに、割と低い位置をボーイング767が飛んでいった。

「空港に人を迎えに行ったようです。さすがに空港の中だと、このボロ車は目立つので、入り口の近くで待っていたんです。彩子の車には、もう一人乗っていました。」

「男?女?」

「男でした。運転席に乗っていたのが男で、あやうく見落とすところでした。ナンバーを覚えていたので、大丈夫だったんです。」

「どういう男だった?」

「写真、撮ってあります。でも、車の中だったからうまく撮れているか・・・。現像から帰ってきた写真は、町田先輩が持ってます。今日、取りに行って・・・。」

「なんで、そんなに時間かかっているのよ。」

「安いところで出したから。」

ああ。ケチるところとケチらないところがあるでしょうに。

「その後、コンビニに寄りました。」

「コンビニ?」

「たぶん、マンションかなんかの一階がコンビニになってるやつでした。」

「その後は?」

「巻かれました。」

なんのためにここまで来たのやら。手がかりになりそうなところに行ってないじゃない。わたしはため息をついた。

「そのコンビニには行ける?」

「たぶん。」

「頼りないなあ・・・。」

わたしは、あくびをかみ殺しながら言った。


 散々迷ったあげく、田辺はようやくその建物を見つけた。とりあえずコンビニに車を停め、ついでにパンと飲み物を買った。車はそのまま駐車場に置いて、わたしと田辺はあたりを歩くことにした。田辺が言うには、二人はコンビニの駐車場に車を停めたらしい。このあと、田辺の予測に反して車は反対方向に走り出したから、田辺はUターンに手間取って見失ったのだ。コンビニに寄っていたにしては時間が長かった、という田辺の意見と、わざわざコンビニに寄ったかのような運転、という2点にかけてみることにしたのだ。

 他に手がかりないし。

「田辺くん。車種は?」

「えっと、黒のオペル。ベクトラです。」

なんだ、その車。知らないぞ、そんなやつ。

「えっと、カムリくらいの大きさの・・・。ミラーがカッコいい車です。」

余計に分からない。

「あ、見つけたら教えます。」

 千葉県も、中心地から離れれば、つまり東京寄りでなければ何処にでもある郊外だ。つまり土地にはそれほど制約が無い。だから、コンビニ前の小さな駐車場以外にもマンション入居者用の駐車場があるかもしれない。そこで、奥村彩子の乗っていた車が見つからないか、と思った。

 しかし、マンションの駐車場はあっさり見つかったけど、車は無かった。

「どうします?奈々先輩。マンションの部屋の名前とか見てみますか?」

パンをほおばりながら、田辺が言った。

「そうね。でも、あてにはならないわね。奥村彩子が住んでいるとは限らないし。もう一人の男の名前が出ていても分からないでしょ?第一、奥村彩子って言う名前だって偽名の可能性のほうが高いわ。裕樹と結婚していたっていうの、嘘なんだから。」

「それもそうですね。一応、見てみます?」

「他に手がかりが無いんだから、そうするしかないわね。」

わたしと田辺はコンビニまで戻り、その脇の入り口から建物の2階に上がった。

「あ、郵便受けがありますよ。」

田辺はそこに駆け寄った。

「半分くらいは名前、ついてないですね。」

ついでに奥村彩子の名前も無かった。

「無いですね、奈々先輩。諦めますか?」

「気が早いわね。」

「でも、他に仕方ないじゃないですか。」

「よく見て。ここに加藤咲子ってのがあるわ。」

「何処ですか?」

「406よ。」

田辺はそれを見つけた。

「でも、これがどうしたっていうんですか?」

「彩子に一番近い名前なの。」

「そんな・・・。意味ないじゃないですか。」

「そんなこと無いわ。田辺くん、偽名ってね、元の名前に近いものなのよ、普通。奥村は裕樹の苗字だから当てにならないけど、彩子のほうはそのままって可能性もあるって思ってたの。そうじゃなくても近い名前ね。まあ、ただの偶然かもしれないけどね。」

「へえ・・・。」

感心するなよなあ・・・。去年も同じこと、言ったよ、わたしは。

「じゃあ、待ちますか?ここで。」

「待つ必要ないじゃない。今から尋ねてみましょ。」

「人違いだったらどうすんですか。」

「いいじゃない。階を間違えたとかなんとか言うだけよ。」

わたしは、そう言って歩き始めた。田辺は後を着いてきた。

 エレベータが無かったので、階段を使って4階まであがり406の前にたどりついた。チャイムを鳴らすと、中から返事が聞こえた。男の声だった。わたしと田辺は緊張して待っていた。ドアが開いて中から男が顔を出した。細めで目がよどんでいた。年齢は30前後。顔にはいくつか特徴的なしわがあって、それが年齢を分からなくしている。ひょっとすると20代の中ごろかもしれない。

「なに?」

いらいらした声で、男はいった。

「あの、加藤さんの部屋じゃ・・・。」

わたしは言ってみた。

「そうだけど。」

「咲子さんは・・・。」

わたしの後ろで田辺がそわそわとしているのが分かった。打ち合わせと違うから、落ち着かないのだろう。

「ああ。」

そう言うと、部屋の奥に「咲子!」と大声で怒鳴った。

「すぐ来るから。」

そういうと、ドアは開けたまま奥へ行ってしまった。田辺がわたしの背中を突付いた。

「どうするんですか。」

小声で聞いた。わたしは、「いいから、任せておいて。」と手まねで合図した。分かってくれればいいけど、と思った。田辺、そういうの勘違いするからなあ・・・。でも、とにかく彼は頷いた。

「はい・・・?」

そう言いながら、奥から女が出てきた。けれどもその女は彩子じゃなかった。

「なあに?」

不審そうな顔で咲子は言った。わたしは、とっさに口から出任せを言った。

「あの、この手帳を拾ったんですけど、下のコンビニで聞いたら、こちらの方のだって・・・。」

そう言いながらわたしは自分の手帳を取り出した。彼女に見えるように掲げてみせた。

「違うわ。中は見たの?」

機嫌悪そうな声で言った。

「いえ・・・。」

「そういうのはね、中に持ち主の名前があるものでしょ?確認して電話でもかければいいじゃない。」

「そうですね・・・。」

咲子は、不機嫌なままドアに手をかけると言った。

「それだけ?」

「あ、はい。」

「じゃあ、閉めるわよ。」

咲子は返事を待たずにドアを閉めた。彩子とは別人だったが、性格の悪さは似たものだ、と思った。彩子のこと、よく知らないけど。

 田辺が詰めていた息を吐いた。

「別人だったわね。」

わたしは階段を下りながら田辺に言った。

「奈々先輩・・・。もし、その手帳をよく見せて、言われたらどうしたんですか。」

心配だ、といわんばかりに言った。

「渡すわけないでしょ。わたしのなんだから。それより、さっきの男の方には見覚え、無いの?」

「たぶん。似てたかもしれないですけど、よく見てないですし・・・。」

「いつ?今日?この前?」

「この前です。遠くから写真は撮りましたけど、急いでいたから・・・。」

「当てにならないわねえ・・・。」

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