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杉並大学探偵事務所  作者: カダシュート
瞑想は水底に沈んで
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酔いどれ探偵、騙されて仕事を受ける

 二人について歩いていくと、わたしの知らない車があった。本格的に探偵業をするには車が無いと話にならないので、うちのサークルには探偵用のカローラバンを所有していた。

 以前、わたしが頼まれた仕事でその車をぶつけてボロボロになったのだけど、その後どうなったのだろう。

「ねえ、アスト。」

そういえば、町田の下の名前はアストと言う。漢字は教えてくれないので、未だに知らなかった。

「何だ、奈々。」

「前のバンはどうしたの?」

シルバーのレビンの後部座席に乗り込みながらわたしは聞いた。

「あるよ。サークル棟の裏で修理中。」

「じゃあ、これは?」

「俺の車だよ。勝手に使うなよ。」

使わないわよ、と思った。助手席の田辺が振り返って言った。

「カローラバン、ぼろぼろじゃないですか。奈々先輩が壊したから。だから、いい加減に買い換えようかってみんなで決めたんですよ。それで町田先輩と車屋に行ったんですね。でも、バンって会社とかが使うから、程度のいい安い中古ってなかなかないんですよ。そしたら、町田先輩この車見つけて。個人的に買っちゃったんです。」

「ふーん。アスト、バイクはどうしたの?」

町田はオートマチックのセレクターをドライブに入れながら言った。

「うん?持ってるよ。保険切れてるけど。買ってくれるのか?」

買うとは言ってないじゃない。

「いや、買ってくれるなら安くしとくけど。やっぱ、暑いじゃない夏は。冬は寒いし。バイク好きだけど、実用に使うには厳しいよな。」

町田は、そう言いながらエアコンのスイッチを入れた。冷気が流れ出してきた。そういえば、わたしもバイクを一台持っている。ただ、壊れたまま1年以上もカバーをかけたままだった。もともと、わたしを残して去ってしまった彼のものだったのだけど、直す気にもなれずにそのままになっている。免許も400までなら乗れるやつがある。

「いいわ。バイクなら一台持っているし。」

町田は難しい顔をして、前をにらみながら言った。

「じゃあ、直せよ。いいかげんに。洋一のことで後ろ向きになってないか?奈々。」

わたしは黙ったままでいた。

「あのバイクだけでも生き返らせる方がいいんじゃないか?」

アストは続けて言った。

 洋一は、交通事故で死んだのだ。わたしの代わりに図書館へ行く途中で。

「バイクだけ生き返っても、洋一は生き返らないわよ。それより、何をおごってくれるのかしら?」

わたしは、思い出したくないことを思い出さないように窓の外を見た。田舎の国道は明かりが少なくて、街灯だけが後ろへと流れ去っていった。


 洋一が死んでから、1年と3ヶ月が過ぎた。

 彼の父親に頼み込んで譲ってもらったのは、洋一が最後に触っていたバイクだったが、エンジンに穴が開いていて、オイルが流れていた。だから、それ以来動かしたことが無い。最近は見ることも無い。シートの下で眠っている。土の下で眠っている洋一は、もう骨になってしまったのかしら、と考えて、火葬になったことを思い出した。あの人はもういないのだと、何度自分に言い聞かせただろう。

 毎晩アルコールで眠りにつくから、もうすっかりアルコールに免疫が出来てしまった。ボトルも1本だけなら酔ったと思わないでいられる。うれしくなかった。わたしは、早く酔ってしまいたかった。


 ガストについて、町田も洋一の話題はもう出さなかった。

 わたしは、サラダのパスタを頼み、ビール、と言ったら町田に取り消された。いいじゃない、ビールくらい。けち。

 かわりに、ドリンクバーで紅茶を飲みながら、わたしはパスタが来るのを待っていた。

「奈々、ところでさ、仕事を頼まれてくれないかな。」

町田は、しょうゆを取ってくれ、というような気軽さでわたしに言った。

「いや。」

わたしも、サラダのミニトマトを一つくれ、と言われたくらいの気軽さでノーと言った。

「そっか。奈々に向いた仕事なんだけどな。」

しばらく、探偵事務所の仕事はしてなかったけど、普段事務所に持ち込まれる仕事にはろくなものがない。探偵というより便利屋に近い。ペット探しだの、しかも、下水を這い回らなきゃいけないような、そんな仕事ばかりだ。なんだろうね、最近爬虫類を飼う人が多いのかしらね。そんなにかわいいペットなら、排水口に流すなよ、と思うのはわたしだけだろうか。

「興味ないわ。」

「じゃあ、仕方ない。田辺にやってもらうかな。でも、田辺がやると、この女の子泣くだろうなあ・・・。」

「なによ、それ。」

「繊細な仕事なんだよ。」

田辺は、それまで黙ってメニューを熟視していたが、その一言で顔を上げた。

「それ、どういう意味っすか?」

それには答えずに、町田はわたしに向かって言った。

「ストーカーまがいの女の子を説得して欲しい、って依頼なんだよ。」

「いやよ、そんなの。」

わたしは、ストローでアイスティーを飲み干しながら言った。

「でも、田辺がやったら余計に悪くなるだろ。それに、お礼に今回の夏期講習のレポートも手伝ってやる。」

「ずるい。」

「ずるくない、ずるくない。だって本当は奈々は昼間講義に出る約束だったんだから。それだって、1週間の講義の最後の一日だったんだし。いったい誰が代返したと思っているんだ?奈々。」

町田は、偉そうにフォークをわたしに向かって振りながら言った。

「だって、二日酔いで気持ち悪くて・・・」

「奈々先輩、二日酔いの話はやめましょうよ、食事の時に。」

田辺が露骨に顔をしかめて言った。なによ、食事の時に下水で捕まえたペットに、どれだけ苦労させられたかを話すくせに。

「とにかくだ、仕事は奈々に頼んだからな。」

町田が宣言するように言い放った。えーい、こんなことなら食事をおごってもらおうなんて考えるんじゃなかった。

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