(第4話)酔いどれ探偵は暑さに弱い
前回の話から半年後となります。
すこし長めのお話です。
時代設定的に、動機というか理由というか、事件の理由みたいな部分が難しくなってしまい・・・
そのあたり辻褄が合っていません。ミステリと思わないでください。
ハードボイルド、ドタバタ小説です。
(修正しようと思いましたが・・・少々時間不足でした)
世の中には、無いほうが世の中のためになるものがある。
例えば、コンビニだ。深夜になってもお酒を誰かれ構わずに売ってくれるから、わたしは今日も飲んだくれている。無い方がいい。
そうやって人のせいにするのが、アル中の証拠だと、友人の町田は言うけれど、飲まなきゃやってられないんだもん。
アパートの部屋にクーラーを効かせて、8月の暑さから身を守りながら、窓とカーテンを閉め切って、その日は誰にも会いたくないと思っていた。
ウイスキーとブランデーを交互に水割りにして一人で飲みながら。
真夜中から飲み始め、もうすぐ正午になろうとしていた。なかなか眠れなかった。
胃が痛くなった時のために、胃薬と、それを飲むためのビールも何本か冷蔵庫に入っていた。ただ、小さな冷蔵庫は、精一杯働いてくれているのだけど、わたしのペースについてこられなくて、氷が足りなくなっていた。
若い女が一人で昼間から飲むなんて、と男の友人の町田は言うけれど、飲まなきゃやってられないんだもん。
今年も大学の講義には数えるほどしか出ていなかった。取らなきゃいけない単位は、そんなにたくさん残っていないから、夏期講習に出ればなんとかなるだろう、と思っていたのが間違いだと、友人の町田は言うけれど、だって暑いんだもん。
だいたい、この時代にエアコンの備えも無い教室で夏休みに講義をするなんて気がおかしいとしか思えない。そういうところが、地方3流の国立大学なんだよね。予算が無いから、クーラーを集中的に運用できない。
そんなことを考えていたら、案の定電話がかかってきた。
携帯電話の液晶は、それが町田だと告げていた。
出れば、猛暑の中の蒸し風呂で眠たい講義を聞くはめになるだろうということは分かっていた。そういうやつなのだ、町田って。おせっかいで強引で。講義をうけたって、面白くないに決まっているし、だからって、寝るにも暑すぎて出来ないことも分かっていた。
けれども、無視するわけにもいかなかった。わたしが電話にでなくなって3日経っていた。知っている限りでは、町田は1日に3度づつかけてきていた。朝、昼、夜。
1度としてわたしはでなかった。
だから、今日も出ないと、死んだと思われる、そういう予感があった。わたしって、自分の命すら満足に保証できないと思われているらしい。1度なんか、本当に救急車を呼ばれたことがある。
そういうわけで、わたしは13回コールした電話に、やっと出たのだ。
「は~い。蓮田奈々は今、留守にしてます。」
声色を使って言ってみたけれど、駄目だった。
「また、お前は酔っ払いやがって。歯を磨いて学校に来いよ。最後の講義くらい聞いておけよ。今までのノートはとってあるから。」
まったく、ありがたいことだ。ありがたいついでに、レポートも書いてくれるとうれしいな、と言ってみたけれど、
「バカ。来なきゃノートみせてやらない。」
という答えが返ってきた。
「ちぇ。じゃあ、もう少し涼しくなったら行くわ。」
カーテンの隙間から夏の強い日差しが差し込んでいた。暑そうだった。
「そんなこと言ってたら、秋まで来ないだろ、奈々は。今すぐ来い。」
「わかったわ。シャワー浴びたら行くから。」
そう言って、電話を切りながらわたしは目を閉じた。そしてようやく眠りに落ちていった。
目が覚めたのは夕方だった。アルコールの摂りすぎで水分が足りなくなっていた。早く言えば二日酔いだ。二日経ってないけど。
だから、とりあえず、キッチンまで這っていって水道からコップに水を汲んだ。立ち上がれば、気持ち悪くなることが分かっていた。とにかく、水を飲んで胃を洗い、その場に倒れこんだ。体が落ち着くまで起き上がれなかった。
シャワーを浴びる気になったのは、それから2時間後だった。眠りと覚醒の間で、悪夢を見たような気がしたが、もう、思い出すことすらしなかった。立ち上がる気力が無くなるからだ。
そんなわけで、学校に着いた頃には日が暮れていた。
昼間に、散々熱せられた校舎が疲れた顔で立っていた。誰かが堪らず撒いたのか、ところどころに水溜りが出来ていた。けれども、残された水溜りは、もはや清涼感のかけらもなく、ただ蒸し暑さを強調するだけだった。
当たり前だったけど、講義は終わっていた。そんなことは分かっていたけれど、町田に講義のノートを見せてもらうためには来るしかなかった。当の町田はきっとサークルの部室で文句を言っているに違いない。
くたびれかけた、コンクリートの3階建ての建物がサークル棟で、最上階の一番日当たりの悪い部屋がうちの部室だった。
夏には有難い。
そうは言っても、もう日は落ちていたから窓の無い階段は、熱気がこもったままだった。もちろんエレベーターなどない。薄暗いのに、暑苦しい。それを、うんざりしながらのぼっていくと、ようやく3階にたどりつく。その薄汚れた廊下の先まで重い足を引きずった。
そのスチールドアには「杉並大学探偵事務所」というサインが掛かっている。もともと、探偵事務所というのは名ばかりで、ミステリー小説や映画が好きな学生が集まって創ったサークルだった。
エドガー・アラン・ポーやアーサー・コナン・ドイル、エラリー・クイーン。アガサ・クリスティー。そういう有名な探偵小説作家を研究したり、数々のトリックを収集したりするのが活動内容である、と届け出て、飲み会をするサークルだったのだ。
けれども、名称を見て誤解した学生や近所の人が調査を申し込んだらしい。いつのまにか、本来の目的そっちのけで、営業活動するようになった。
構内で探偵事務所を開こうなんて考えたやつも考えたやつだと思うけど、それを許可してしまった大学当局も中々侮りがたい。いろいろと偶然が重なって4年生だった去年まで、そこの所長をしていたのだけど、今年は一つ学年が下の町田が所長になったはずだ。5年になって、わたしは、数えるほどしか事務所に顔を出していなかった。
恐る恐る事務所のドアを開くと、町田と、後輩の田辺君が座っていた。二人とも、いっせいにこちらを振り向いて、意外そうな顔をした。
「町田先輩、僕の勝ちですね。」
わたしの顔から目をそらして、町田に向き直った田辺はそう言った。エアコンが効いた室内はひんやりとしていたが、タバコと埃で咳き込みそうによどんでいた。
「まさかな、来るとは思わなかったなあ。」
そう言いながら、町田は立ち上がり、わたしを「こちらへいらっしゃい。」とばかりに手で呼んだ。
わたしは、おとなしくそれに従っておいた。
「電話してすぐ来るって言ったじゃないか。」
町田は、わたしを恨むような顔で言った。
「うん、ちょっと気持ち悪くて・・・。」
「酒ばっかり飲んでいるからだよ。」
分かりきったことを言って、町田はコーラを飲み干した。
「町田先輩、賭けは僕の勝ちですからね、夕食はおごってもらいますよ。」
「なにそれ。」
わたしは、田辺に向かって言った。
「あ、町田先輩と、奈々さんが来るかどうかで賭けをしたんです。7時までに来れば僕の勝ちでした。」
「奈々、あと5分遅く来てれば俺の勝ちだったんだけどな。」
町田は不服そうに言った。
「ねえ、何処かに食べに行くの?」
わたしは、田辺に聞いた。
「ええ。これからガストです。」
「なに?生協にしといてくれよ。」
「そんなあ。町田先輩だって、さっきまではガストだとか夢庵だとかって言ってたじゃないですか。」
「それは、おれが勝った場合だろ。」
ふたりのやり取りを聞きながら、わたしの食事は誰が払うのかを考えていた。
「ねえ、わたしもおなか減ったんだけどなあ。」
「なに?奈々、お前飯食ってなかったのか?」
町田は、あきれた顔をした。
悪かったな。
「分かったよ。しょうがない。二人とも払ってやるから。出かけようぜ。」




