ケーブルテレビ
次の日の午後、わたしは、いつもより随分と整頓されているけれど、相変わらず薄汚い事務所のソファで取材されていた。
テレビ局と言っても、地元のケーブルテレビだ。放送時間だって10分もあるかどうか。地元の面白スポットを紹介するコーナーにちょっと放送されるだけだ。
なので取材と言っても二人だけ。カメラマンとインタビュアー。
二部屋しかない事務所には、取材に来た二人のほかに、部員が10人くらいいた。テレビ局の取材と聞いて集まってきたのだ。そのうちのほとんどは奥の部屋にいる。仮眠室兼、宴会室兼、資料室のほうである。こっちの応接室のほうには、わたしとアストと後輩の田辺くんがいた。
実質的に仕事をしているのは、わたしたち3人だけなのだ。あとのメンバーは、雑用しかしない。あたりまえだ。こんな仕事をまともにやっていては、大学を卒業することは出来ない。すくなくとも4年では出来ない。いくら大学の単位認定がいいかげんでも出来ない。
だから、所長のわたしがインタビューされているわけだ。
だが、寝不足と、二日酔いと空腹とが混じりあって、なんとも形容しがたい感触を味わっている人間は、あまり他人に優しくできない。
「蓮田奈々さんが、解決した事件で最も大変だったのはどんな事件でしたか?」
インタビュアーだという男は谷口とかいう名前だった。物の載っていない方のソファに座って、わたしの目を見つめていた。カメラマンの矢中は、窓を背にして、わたしたちを撮影していた。
わたしは、コーヒーを飲み干そうとしていた。
「答えられません。どの事件も守らなければいけない秘密がありますから。」
書類の束が積み上げられた隙間に座っているわたしは、浅くしか腰掛けられなかった。
深く座ると、書類が傾いて崩れるのだ。
「それは・・・そうですが・・・」
アストに説得されたものの、やる気になったわけではなかったのだ。
「とくに答えられるようなことはしてません。えっと・・・。」
「谷口です。」
「谷口さん。」
谷口は、25くらいだろうか。ジーンズにトレーナーというラフな格好だった。顔は十人並み、いやまあ悪くは無い。髪は短く刈そろえてある。
わたしは、手持ちぶさたに事務所の隅で丸くなっていた後輩の田辺にコーヒーのお代わりを頼んだ。
谷口はうつむき加減で目を閉じ、静かにため息を吐いていたが、こういった。
「それじゃあ、蓮田さん。蓮田さんの一日を取材させてもらうっていうのはどうでしょうか。」
「わたしの・・・?」
「ええ。大学構内に探偵事務所があって、そこの所長さんがこんなにもかわいい女性で、難事件も解決している、と聞いています。そんな人の一日がどんな風なのかを取材するんです。」
「それは・・・困るわ・・・。」
わたしは、真剣に困った。わたしの一日は、夕方の6時に起きて、ブランデーを飲んで深夜の1時に寝る生活だ。
わたしは周りを見渡した。アストが目に入った。
「あ、そうだ。アストの一日を取材すればいいじゃない。彼の方がおもしろいわよ、きっと。」
谷口が何か言う隙を与えずに、アストが言った。アストはノートパソコンから目を離さずに言ったものだ。
「奈々。おれを取材してもしょうがないの。昼間、大学で講義を受けて、それから事務所にやってくる。そこで、書類の整理をして、事件の依頼がやってくる、っていうシナリオなんだから。」
はめられた、と思った。わたしの生活を矯正するための罠だったのか。
「いやよ、そんなの。」
「いやでも、やってもらわないとな、奈々。」
それが、最後の通告だった。まったく、どっちが所長なんだか分かったもんじゃない。
次の朝、電話のベルで起こされた。アストからの電話だった。
昨日の夜は、やっぱり眠りにつけなくて、朝まで薄い水割りを飲みながら、本を読んでいたのだ。寝付いたのは、いつなのか、わからなかったけど、1時間と眠っていなかったことは確かだ。
「奈々?起きたか?もうそろそろ、ドアの外に取材の谷口さんとカメラマンの矢中さんがくるぞ。ちゃんとでむかえろよ。」
それだけいうと、わたしに文句を言わせる暇も与えずに電話は切れた。朝の9時だった。こんなに早起きしたのは3ヶ月ぶりかもしれない。
5分も経たないうちに玄関でチャイムが鳴った。
わたしは、ため息をついてみたが、何の役にも立たないので、玄関のドアを開けた。
「おはようございます。蓮田さん。」
元気いっぱい、といった感じだった。今日もジーンズで、着心地の良さそうなコートを羽織っている。よくみれば、悪くない。谷口という男は、そんなにも悪くない男だった。
「おはよう、谷口さん。カメラの矢中さんは?」
「ああ、すぐに来ますよ。それで、取材を始めてもいい、ですかね。」
「え、いいわよ。もう、なんでもいいわ。」
わたしは、諦めて、そういった。
谷口は、わたしをまじまじと見て、それからこう言った。
「蓮田さん、パジャマはピンクなんですね」
大学に着いたのは10時を回った頃だった。わたしのアパートから大学までは歩いて5分とかからないのだが、着替えとシャワーに手間取ったからだった。昨日までの生活を急にまともに戻すことが、そう簡単にできるはずがない。
「おなか、空かない?谷口さん。」
大学構内の自動販売機の前にたどり着いた時、そう、尋ねてみた。
「え、そうでもないですけど。朝、食べてきましたから。でも、取材ですから蓮田さんのしたいようにしていて下さって構わないですよ。」
「そう?じゃあ、生協にでも行って朝ご飯を食べるわ。」
わたしは、自販機から取り出したタバコに火をつけた。
歩き続けて、生協までたどり着いた。
あたりの学生がこちらをちらちらと振り返っている。
当り前だ。カメラマンの矢中が、わたしたちを撮影しながらついてきているからだ。
わたしは、構わず生協の食堂に入ってメニューも見ないで注文をした。どうせ、代り映えはしていないに違いない。
「蓮田さん?」
谷口は不思議そうな声で、呼びかけた。生協でランチセットを食べていたときだった。
「何?」
「大学の講義はいつからですか?」
「そうね。いつからがいい?」
コーヒーを飲み干して、谷口は、
「そう、ですね。」
とだけ言った。
「どの講義の取材ならしてもいい、って言われてるの?」
わたしは、谷口に聞いた。
「午後の現代心理学の講義です。」
「じゃあ、それにでるわ。」
「いいんですか?ほかの講義は。」
わたしは、答えようとして、やっぱりやめて、柔らかすぎるスパゲティをのどに詰まらせたふりをした。




