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杉並大学探偵事務所  作者: カダシュート
追憶は陽炎のように
35/92

佐久間

 サークル棟に戻ると、誰もいなかった。

 わたしは電器とエアコンをつけ、それからごみをどかしてソファーにもたれた。バッグを放り出す。

 一体、竹内刑事は、何をわたしにやらせたかったのだろう。この程度のことなら、本人が電話ですませられるはずだ。何故、わたしなのだろう。帰り道、バイクを運転しながら、そのことばかりが頭の中をめぐっていた。慣れないバイクだったから、めぐってはいても、考えるほどの余裕は無かったけれど。

 バイクに乗りながら、考え事なんて無理なのだ。バイクに乗っているときは、大抵、バイクの運転のことしか考えられない。

 ソファーのひじかけに頭をのせ、ぼうっと天井を眺める。

 タバコが吸いたいなあ、と思った。

 竹内刑事の知りたいことは、高井という名の調査員を殺した犯人だ。何故殺されなければいけなかったか。誰に殺されたのか。

 わたしの調査と何か関連があるのだろうか。

 それとも、関連が無いことを確認したいのだろうか。

 いずれにしても、佐久間と会えば分かるかもしれない。何故、本職の探偵ではなくて、サークルの素人を雇ったのか。

 金銭的な事が理由とは思えない。

 山野興信の支払は、二週間分、きっちり払われており、それも無駄に二日分払っている。

 だとすれば、素人でなくてはいけない理由でもあったのだろうか。

 わけがわからない。


 「こっちでの、利沙は目立った動きをしてないみたいですね」

 田辺は、書類を見ながら言った。

「付き合っていると思われる男性はいないし、職場でも地味な人、と思われていたようです」

 サークル室のデスクに腰をかけ、じっと聞いていたアストが、

「アパートの周りにも聞き込んでみたけれど、特に印象は無いって感じだね。会えば会釈くらいはしたけれど、3週間くらい帰ってきて無いってことにすら気付いていない人もいたよ」

 わたしは、ソファーから手を伸ばして、その書類を受け取った。

「何処で働いているの?」

「デパート」

 そう言ったのは、アストだった。

「そこには、退職届けも出されていない。無断欠勤なんだってさ。ただし、辞めた人間が一人いる。佐久間佑子」

「え?それって、依頼人なんじゃないの?」

「そう。こっちは、あんまり評判が良く無いね」

 わたしは、アストを見つめた。

「どんな?」

「ジョークが通じない、やたらと人を疑う、暗そう。口数は極端に少ない。そんな感じ」

「真面目なだけなんじゃなくて?」

「うーん。そうかもしれないね。掃除だけは気を使っていたそうだよ。陳列棚の下まで掃除したり、休憩室もやたらと掃除していたそうだよ」

「やっぱりまじめなのよ。利沙とは?」

「一緒にいるところを見かけた人はいるんだけど、どんな話をしていたのかはわからない

ってさ。他の人がやってくると、突然話題を変えたとか、そういう言われ方をしていたよ」

 二人だけの秘密の話があったのだろうか?

「ところで、報告書だけど、郵送するの?」

 アストは意外そうな顔でわたしを見た。

「そういう取り決めになっていただろう?」

「そうだけど、気になるじゃない」

「だからって、勝手に押しかけるわけにはいかないだろう?」

「それはそうだけど」

 わたしは納得できないまま書類を眺めた。何か、ひっかかっている。何かを見落としている。全てが、一本の線で結ばれているような気がしてならない。たった一つの事が分かりさえすれば、全てが分かる、というような気がした。

「わたし、電話してみようかな」

「電話?なんのために?」

 アストは軽蔑したような目だった。

「そんな目で見ないでよ。気になることがあるの」

「何が?」

 怒ったような顔だった。

「それは、分からないけど」

 デスクから、ひょいっと降りるとわたしの方へ歩み寄った。

「高井とか言う男が殺された。そいつとは奈々は会ったことがある。殺される数日前に。だけど、それはオレ達とは関係無いことだろう?」

 関係無い?そう、関係無いかもしれない。確かに関係無いかも。

「わかったわ」

 わたしは、そう言うと、立ち上がった。

「もう、帰るね。ここ数日睡眠不足なのよ」

「ああ、ゆっくり寝ろよ。報告書はオレが作っておくから」

 わたしは、バッグを手に取るとドアに向かった。と、電話が鳴った。

「はい。杉並大学探偵事務所です」

 田辺が電話に出た。

「え?佐久間さん?」

 わたしは、目で替われ、と言ったつもりだったけれど、アストがそれを横取りした。

「はい、替わりました」

 何度か返事をしながら聞いている。

「分かりました。じゃあ、メールで送ります。アドレスはいつもので?はい。じゃあ、またよろしくお願いします」

 そう言うと、さっさと電話を切った。

「何よ。替わってくれてもいいじゃない」

 アストは、まだいたのか、という顔で振り返った。

「話を難しくしそうだから」

 そういうと、デスクに歩み寄り、パソコンのスイッチを入れた。

「そういえば、佐久間さん、長野にいるみたいだったぞ。携帯電話の向こうからFM信州、とかって聞こえたから」


 自分の部屋に戻ってきて、冷蔵庫から氷とウイスキーを取り出して薄い水割りを作った。そういえば、夕食を食べてないなあ、と思った。

 まあ、いいか。お腹減っていないし。どうしてもお腹が減ってきたら、確かクッキーがあったはず。

 テーブルの上にグラスを置くと、氷が揺れて「カラン」といい音を立てた。

 何か音楽でもかけようかな。そう思っていると、携帯電話が鳴った。座ったままバッグを引っぱり寄せて、それをつかむ。着信は長野の市外局番だった。

「もしもし?」

 わたしは、おそるおそる言った。

「蓮田さん?竹内だけど」

「ああ」

 わたしは、ほっとしてそう言った。

「連絡が無いから、こっちからかけたよ」

 ああ、そう言えば忘れていた。

「で、どうだった?」

「どうって言われても、あんまり大したことは分からなかったわ」

 わたしは、面倒くさくなってそう言った。

「佐久間は、なんて言って向こうの依頼を中止したんだ?」

 辛抱強そうな口調で竹内は言った。

「もう、必要が無くなった、だとか」

「そう。他には?」

 仕方がないので、わたしは聞いた話を出来るだけ再現してみせた。事務所の雰囲気だとか、そういったこともだ。

「ふーん。そうか。あんたはどう思う?」

「え?」

「どうして調査を打ち切ったのか。ちっともわからない。何か手がかりはないか?」

 わたしは、ちょっと考えた。

「これは想像だけど」

「ああ、想像でもなんでもいいから言ってくれ。手がかりにならないと判断すれば、勝手に俺が忘れるだけだ」

 ちょっと、言い方にむっとしたけれど、わたしは続けた。

「あの、佐久間さんが調査を途中でやめたのは、タニヤマ電器のエアコンが山野興信に入っていたからじゃないかな」

「どういう意味だ。ふざけているのか?」

 わたしは慌てて言った。

「違うの。わたし、依頼を受けたときに佐久間さんに言われたの。タニヤマ電器の製品を使っていないか、って」

「はあ?なんのことだね、それは」

「わからないわよ。警察でしょ?自分で調べてよ」

 竹内は笑い出した。

「すまん、すまん。ところで、佐久間についてそっちで調べたりしたかい?」

「少しなら、部員がしたわ」

「なんて?」

「利沙と佐久間は同じデパートで働いていたこととか、最近、佐久間はそこを辞めた事とか」

「そうか。じゃあ、そのデパートの連絡先を教えてくれないか?」

「今すぐには分からないわ。サークルの方へ連絡すれば、分かるかもしれないけど」

「じゃあ、そっちの電話番号を教えてくれ」

 わたしは、面倒だ、と思いながらもそれを教えた。

「佐久間さんが犯人だと思っているの?」

 わたしは、当然思う事を聞いた。返事を期待したわけではないけど。

「可能性の一つだよ。他の可能性も調べている。正直に言えば、そっちのほうが重要だ」

「どうでもいいところを省力化しようってこと?」

「まあ、そうともいえる。だが、感謝しているよ、協力してくれたことには」

「そう、ありがとう」

「じゃあ、また。長野に来ることがあったら寄ってくれ。コーヒーぐらいはおごるから」

「インスタントじゃないやつがいいわ」

「そうだな。喫茶店でおごるよ。うちのインスタントより、うまいとは言え無い店だがな」

 竹内はそう言って電話を切った。わたしは、ぬるくなったウイスキーに氷を足しに立ち上がった。開け放した窓から入る風が心地よかった。すっかり秋の風になった。昼間は暑いのに、どうして日が沈むと急に涼しくなるのかしら。

 秋は夜の間にやってくる、そんな言葉は無かったわよね。


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