昔々……
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昔々、アァルザンクの山々には、すこぶる気性の荒い人々が暮らしておりました。
ある時、低地の行商人が彼らの縄張りを通ろうとしましたが、道行きの途中で日が暮れてしまい、野宿することになりました。山の民はそれをこっそり見張っておりました。
行商人は焚き火をしようと枯れ木を集め、それから、火打ち石ではない、小さな棒のような道具を取り出して、軽く打ち鳴らしました。
するとどうでしょう、たちまち枯れ木には暖かな火がぱあっと燃え上がったのです。
あれは何かのまじない道具に違いない。
山の民はいつも火熾しに手間を取られていましたから、それがたいへん欲しくなりました。そこですぐに、行商人を襲って殺しました。
ところが、せっかく手に入れたまじない道具なのに、山の民がいくら鳴らしても火はつきません。騙された、と山の民は怒って道具を捨ててしまいました。
しばらくして、別の行商人が山を通りました。山の民はいつものように、それを見張っておりました。やはり同じように行き暮れて、行商人は野宿し、火を焚きました。
今度は山の民もよくよく様子を見ていて、行商人が道具を鳴らすだけでなく、小声で歌いかけているのを聞きました。
『空ゆく太陽 ひとかけたもれ この手の下に』
まじないには道具だけでなく、呪文が必要だったのです。そうか、と山の民は納得し、言葉も覚えたので、また行商人を殺して荷物を奪いました。
けれどやっぱり今度も、同じように真似をしても火はつきませんでした。
山の民は相談しました。
「これはいよいよ、やつらのまじないには特別な秘密があるに違いない」
「もう一度、次に通りかかった者から、それを聞き出そう」
なんと言っても、火熾しがあんなに簡単にできるというのはとても魅力的でしたから、諦めてしまうには惜しかったのです。それに、低地の者がたやすくおこなうわざを、自分達はできないのだというのは、忌々しく悔しいことでした。
そこで彼らは、山を通りかかった行商人のところへ、ひとりの子供をやりました。
「こんな山の中にひとりぼっちで、どうしたんだい。親とはぐれたのかい」
親切な行商人は子供をかわいそうに思い、世話をしてやりました。
「ああ、震えているね。寒いねえ。今、火を焚くから待ちなさい」
今までの行商人と同じように、不思議なまじないで火を熾して、子供をそばに寄らせてやりました。そうして、迷子になったという子供に食べ物を与え、次の日からは一緒に村を探してあげようと、山の中を歩き回ったのです。
そうして何日か過ごす間に、子供はまじないの秘密を聞き出しました。行商人が眠っている隙に、ずっとこっそり見張っていた仲間のところへ行って、それを教えました。
「低地の者は、身の内に『路』というものがあるらしい。そこを通じて、世界の根から不思議の力を汲み出せるのだと言っている。道具も呪文も、そのための手がかりであって、本当のところ、無くてもできるとか」
ようやく秘密を探り当てた山の民は、よし、と納得して行商人を殺しました。
というのも、彼らの間では、人の臓器にはそれぞれ力が宿っていて、食べればその力を得られると信じられていたからです。
山の民は行商人の身体を丁寧に腑分けして、『路』というものを探しましたが、残念ながら、どうしても見付かりませんでした。
その頃になりますと、低地の人々も、山の民がしたことを知って怒りだしました。
日頃は争いを好まない人々で、山にもなるべく立ち入らないようにしていたのですが、怒る時には怒るのです。手に手に武器を取り、皆して山へ押しかけました。
猛々しい山の民は戦いに長けていましたが、低地の民は、不思議の力でそれに対抗しました。山の民の矢はことごとく外れ、そこだと狙った場所に敵はおらず、気付かぬ間に背後を取られて。
そうして低地の人々は、山の民が二度とこんなことはしないと約束するまで、徹底的に懲らしめたのです。
戦いが終わってしばらくした後、「商人に嘘を教えられた」と思っていた子供は、自分の中になにやら不思議な感覚が生まれていることに気が付きました。
風もないのに葉ずれの音がするような、地の下を走る水のせせらぎが聞こえるような。
そうなって初めて子供は、『路』というのが、目に見えず手に取ることもできないものなのだ、と知ったのでした。
遠い遠い、昔々のお話です……




