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幕間①




(一体、なにがどうなっているんだ……!?)


 死んだはずの公爵令嬢、プリマヴェラが生き返った。


 その大事件は瞬く間に王国全土に広がり、各所の混乱を治めに回っていたモーヴハルトが王宮に帰還した頃には、すっかり夜が更けてしまっていた。


 胸を(あぶ)るような苛立ちを荒々しい足音に変え、モーヴハルトは長い廊下を突き進んでいく。


 方々を駆け回って疲弊(ひへい)しているものの、死者が生き返るというありえない光景を目の当たりにしたせいか、気が(たかぶ)って仕方がない。


 それに、なにより。あの状況で『彼』が取った行動が、いくら考えても理解できなかった。


「何故なのですか……兄上! 何故、あのような悪女を庇われたのです……! それに、献花の際に流されていた涙は、一体――」


 混乱するあまり、思わず考えが声に出てしまう。


 兄ーーサルファードは、いついかなるときも穏やかな微笑みで、自身の感情を覆い隠してしまう人だった。


 そうしなければ、幼少の頃の彼は、生きることさえ許されなかったからだ。


 だから、怒っているところも悲しんでいるところも、ただの一度も目にしたことはない。


 なのに、今日。彼は人目も憚らず、あろうことか彼を散々嫌厭していた義妹(プリマヴェラ)のために涙を流していた。


 ーー理解できない。


 もし彼が、本気で彼女の死を(いた)んでいたのだとしたら、なおさら理解できない。


(死者が生き返るなどありえない……! 間者による変装か、魔物に憑依されているかーー最悪の場合、闇の魔力による禁忌の魔法が使用された危険性もあったにも関わらず、おそらくは全てを承知の上で、兄上はあんな行動を取ったんだ……!)


 まるで、愛しい恋人を窮地から救い出すかのように、颯爽とプリマヴェラを連れ去った。


 彼が立ち去った後、あの場にいた令嬢達がどれほど凄まじい悲鳴と慟哭を上げたことか。


 おかげで、結婚適齢期であるサルファードを虎視眈々と狙っていた令嬢達とその親達に行く先々で質問攻めに遭い、事態の鎮静化に余計な時間がかかってしまった。


 相手は義理の妹なのだが、あの二人が義兄妹になった経緯を知る者は多い。あらぬ勘繰りをしてしまうのも当然かと、モーヴハルトは深く嘆息する。


「――ハッ!? もしや、彼女が生き返ったのは兄上の……!? い、いえ。王に謁見した公爵の報告では、プリマヴェラ嬢の身体に闇の魔力が使われた痕跡はなかった。それに、兄上はご自身が生まれ持った力を誰よりも恐れておられる。いくらなんでも、考え過ぎか――」


 ブツブツと呟きながら思案していると、大理石の床を穿つようなモーヴハルトの足音に、パタパタと軽やかな足音が重なった。


 後方から近づいてくるそれにふり向き、視界に飛び込んできた人物に破願する。


「ルーナ……! まだ起きていたのですか!」


 はあはあと息を切らせて駆けてきたのは、小柄な体躯を淡いピンクのシフォンドレスに包んだ、愛らしい少女だった。


 肩で弾む亜麻色の髪。薔薇色に高揚した頬に、暖かく降り注ぐ太陽の光にも似た、琥珀色の瞳をした少女ーー月の乙女ルーナはモーヴハルトの元まで懸命に走ってくると、輝くような笑顔を浮かべた。


「モーヴ様、おかえりなさいっ! ごめんなさい。どうしても、お帰りをお待ちしたかったんです」


「先に休んでくださってよかったのに。侍女達から、まだ先日の魔物との戦いの疲れが残っていると聞いていますよ?」


「もうすっかり元気です! モーヴ様ったら、相変わらず心配性ですね? ーーそれより、今日の王宮はいつもよりも騒がしかったんです。でも、尋ねても詳しく教えてもらえなくて。なにか、大変なことが起きたんですよね? ルーナ、モーヴ様になにかあったのかと心配になってしまって……!」


「それで、こんな時間まで待っていてくれたのですか? 貴女は本当に優しい人ですね。ですが、心配には及びません。今日の出来事は、事態が落ち着いてから追ってお話します。ですから、今夜はもう休んでーー」


「心配するのは当たり前です! だって、ルーナはモーヴ様のことが大好きですから……!」


「…………っ!?」


「だから、なにか困っていることがあったら力になりたいんです! 一緒にこの王国を守る仲間として、ルーナにもきちんと教えてくださいっ!」


 華奢な両手が、モーヴハルトの手のひらをキュッと握りしめてくる。


 小さな眉根を寄せて懸命に訴えてきたルーナだが、モーヴハルトと目が合うと、にっこりと微笑みを浮かべた。


 ーー可愛い。


 フワフワと、甘く柔らかな綿菓子のような笑顔を見つめていると、疲れと苛立ちで(すさ)んでいた心が溶けてしまいそうになる。


「あ……わ、わかりました。ですが、ルーナ。男性に対して、不用意に肌を触らせてはダメですよ? 貴女がこの世界に来て随分と経つのですから、貴女がいた元の世界との文化の違いは充分理解しているはずです」


「ふふっ! そうでした。ごめんなさい、モーヴ様」


「わかってくださればよいのです。ーーでは、廊下(ここ)では話しにくい内容なので、場所を変えて話しましょう。ルーナ、信じられないような話ですが、どうか落ち着いて聞いてください」


「信じられないような話……ですか?」


 こてんと可愛らしく小首を傾げるルーナに、モーヴハルトは神妙な顔で頷いて、彼女の自室にと与えた賓客室へと移動した。


 バルコニー風の、外に向かって張り出すように作られた硝子張りのサロンにて。ラベンダーティーの香りが甘やかに漂う中、モーヴハルトは今日起きた驚愕の出来事をかい摘んで伝えていく。


 全てを聞き終えたルーナは、真っ青になって震え上がった。




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