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幕間②




「死んだはずのプリム様が、生き返ったのですか……っ!?」


「驚くのも無理はありません。おかげで、反公爵家派の貴族達が、プリマヴェラ嬢を異端審問にかけろと大騒ぎしましてね。(たしな)めるのに苦労しました」


「反公爵家派の皆さんって、月の乙女(ルーナ)を支持して下さってる方々ですよね? どうして、プリム様を異端審問に?」


「彼等は、彼女が生き返ったのは闇の魔力を悪用した禁忌の魔法によるものだと主張しているのですよ」


「禁忌の魔法……?」


 聞いたことがない魔法だと、ルーナは首を傾げる。禁忌の魔法は、それについて語ること自体が禁忌とされている。知らないのは当然だと、モーヴハルトは微笑んだ。


「貴女も知っての通り、この国には、太古の昔に月の女神が封印した魔王が眠っています。魔王とは、意思を持つ膨大な闇の魔力の集合体ともいわれ、万物に闇の魔力を宿すことで魔物化し、支配するのです。封印された場所は定かではありませんが、その綻びによって王国各所に闇の魔力が漏れ出し、魔物が生じています」


「勿論、知ってます! だからこそ、月の乙女が遣わされたんですよね。光の魔力で闇を祓い、魔王の脅威から王国を守るために!」


「ええ。ですが、古代の魔法士達の中には、闇の魔力を有効に利用しようと考えた異端者達がいたのですよ。この世界を循環する魔力は、どの属性であれ光に属しますが、異界の魔力である闇の魔力を用いれば、魔物を生み出し、人心を操り、死者をも生き返らせるーーそんな、この世界の魔力では不可能な魔法も実現可能になる。異端者達により生み出された、世界の均衡と理を壊す魔法。それが、『禁忌の魔法』と呼ばれるものです」


「怖い……! じゃあ、プリム様が生き返ったのは、その禁忌の魔法のせいなんですかっ!?」


 ますます蒼白になるルーナに、モーヴハルトは静かに首を振った。


「いいえ。王室専属の魔法医師達による検査の結果、彼女の身体から闇の魔力は検出されませんでした。どうやら、事故のショックで仮死状態になっていたようです。当面は公爵邸で療養を行うそうですが、身体が癒えれば学園にも復帰するでしょう。学園の卒業は、貴族の義務ですから」


「そうですか……」


「不安ですか? 彼女が貴女にしてきたことを思えば、無理もない話です。全く、まさかこんなことになるとは……」


 あのパーティでの狼藉を思い出すたびに、怒りと憎しみが混ざり合った暗い気持ちが、心の底から溢れ出してくる。


 それだけではない。生徒達から集められた調書によれば、プリマヴェラは貴族出身でないことを理由に、ルーナに対して無視や嫌がらせを行い、絶えず辛く当たっていたらしい。


 だが、彼女は謝罪するどころか、最後の最後まで己の罪を認めず、謝罪を行わなかった。だからこそ、事は婚約破棄におさまらず、国外追放にまで至ってしまったのだ。


 後悔はしていない。できることなら、今すぐに追放し直してやりたいくらいだ。


(だが、兄上に先手を打たれてしまった……! 事故の責任追及を盾に免罪を求めてくることは予想できましたが、ここまで根回しが早いとは……)


「私の力が至らないばかりに、辛い思いをさせて申し訳ありません。ルーナ、此度の生き返りの一件は、プリマヴェラ嬢の企てである可能性が高い。その狙いが明らかになるまで、学園を休学してはいただけませんか?」


「休学……」


 モーヴハルトの申し出に、ルーナは琥珀色の瞳を思案気に揺らしていたが、やがて、ハッキリと首を振った。


「ーーいいえ。ルーナはプリム様が生きていてくださって嬉しいです! それに、前みたいな意地悪をされても、今のわたしにはこの子がいますから、寂しくなんかありません。ねっ、リュミエールっ!」


 ルーナが明るい声で名を呼ぶと、彼女の腕の中に眩い光が弾け、白い兎に似た生き物が現れた。


 額には小さな角があり、目はルビーのように赤い。リュミエールはまだ小さな幼獣ではあるが、月の乙女として成長したルーナが生み出した、光の聖獣だ。


 リュミエールの月色の毛並みを優しく撫でるルーナに、モーヴハルトは愛おし気に目を細める。


「貴女の優しさは美徳であり、強さそのものですね。光の魔力は、強い愛情から生まれるといいます。貴女はまさしく、女神が遣わしたこの国の救世主――月の乙女に相応しい」


 「ですが」と、モーヴハルトはいつになく厳しい口調で言った。


「だからこそ、危険だとわかっている相手に、大切な貴女を近づけるわけにはいかないのです。休学中の講義は全て、王宮で受けられるよう手配します。ですから、どうか聞き入れてーー」

 

「モーヴ様!」


「ーーーーっ!?」


 キュッと、華奢な両手がモーヴハルトの手のひらを握りしめてくる。驚きに目を見開けば、ルーナはにっこりと愛らしい微笑みを浮かべた。


「こんなに遅くまでお仕事されて、大変だったでしょう? でも、もう大丈夫です。ルーナが癒してあげますね!」


 握り締められた手のひらから、温かな光が流れ込んでくる。


 月の乙女だけが有する特別な力ーー光の魔力だ。癒しの力を持つそれが、モーヴハルトの身体から疲れを取り払うとともに、心の中を幸福感で満たしていく。


(ああ、温かい……。それに、不思議だ。初めて彼女ルーナに出会ったときは、素朴な少女だとしか思わなかったのに、なんて、なんて彼女はーー)


 ーー愛らしいのだろう。


 光の魔力を注ぎ込みながら、ニコニコと上目遣いでこちらを見つめてくるルーナを見つめていると、今すぐにでもその身を抱きしめたくなってしまう。


 可愛い。


 ルーナは可愛い。


 彼女はプリマヴェラのような、他を圧倒するほどの飛び抜けた美人というわけではない。生まれたときから己が美を磨くことに心血を注いできた令嬢達に比べれば、平凡な部類に入るだろう。


 だが、王宮や学園で生活をともにし、魔物との戦いを乗り越える中で、ルーナには他のどんな令嬢達にも備わっていない、抗いがたい魅力があることに気がついた。


 圧倒的に、絶対的に、ルーナは可愛いのだ。


 最近は特に、異常なほどにそう思う。彼女の何気ない仕草が、言葉が、屈託のないその笑顔が、自分でも理解ができないほどに、とてつもなく可愛いらしいと感じてしまうーー


 そして、その可愛らしさが、心に抱えるすべての憂いを払ってくれることに、夢中になってしまっている自分がいる。


(だ、ダメだ、ダメです……! 彼女は月の乙女。この国の救世主たる存在であり、私は王太子として彼女を守らなくては! 不埒な気持ちを抱くわけにはーー)


「モーヴ様の手……あったかくて、気持ちいいですね。ね、モーヴ様も、気持ちいいですか……?」


「…………ッ!? ル、ルーナ……男性に対して、不用意に肌を触らせてはいけないと、いつも……言って…………」


「気持ちいいですか……?」


 スリ、と。


 上目遣いに尋ねながら、ルーナは両手で握ったモーヴハルトの手のひらに、薔薇色の頬をすり寄せてきた。


「ーーーーッ!? ル、ルーナ……!」


 いけない。


 だが、厳しく自制しながらも、心の奥底ではずっとその頬に触れてみたいと思っていた。上質な絹よりも柔らかで、作りたてのクリームよりも滑らかな感触に、頭が真っ白になってしまう。


 そこにすかさず、大量の光の魔力が注ぎ込まれた。


「あ……あ……?」


「ね、気持ちいいですか? モーヴ様、ちゃんとルーナに答えてください」


「…………は、い。ルーナ……貴女に癒されると、とても、気持ちがいい……です」


「よかった! モーヴ様、ルーナは学園をお休みするのは、絶対に嫌なんです。今まで通り通わせていただけますよね?」


「……はい。勿論、構いませんよ」


 ダメだ。


 生き返ったプリマヴェラがルーナに会えば、いつどんな危害を加えて来るかわからないーーふと、ルーナの望みに反するような悪い考えが浮かんだが、すぐさま振り払った。


 可愛いルーナが、知りたいと頼んでいるのだ。

 

 どうして断ることがあろうか。


 そうだ、これでいい。国の救世主である彼女が望み、喜んでくれるなら、きっとそれが正しいことなのだ。


 モーヴハルトが頷くと、ルーナは琥珀色の瞳を輝かせ、いっそう愛らしく微笑んだ。




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