二章⑨
(愛、しい……?)
なにかの聞き間違いかと、耳を疑った。
驚いて目を開くと、ブツッと縄が千切れるような音とともに、全身に巻き付いていた魔法の荊棘が散り散りになる。棘に刺されていた痛みも、嘘のように薄らいでいった。
なんの前触れもない反撃に、シリウスの翠緑の瞳が驚愕に張り詰める。
「なっ!? オ、オレの魔法が一瞬でーーうっ!?」
「ガハッ!?」
「ぐわあっ!?」
(一体、なにが起きてるの……!? 私を押さえつけてたシリウス達が、一斉に気を失ってーーわあっ!?)
学園騎士団の生徒達がバタバタと気絶していく中、フワリと身体が浮いた。この感覚には覚えがある。まさか、またお姫様抱っこかと真っ赤になる私のすぐ近くで、サルファードが呆れたように嘆息する。
「まったく、お前は手のかかる義妹だね」
「に、義兄様、どうして……!? 生徒同士のことは、契約外だから助けないってーー」
「まさか。愛しい義妹が疑われ、酷い目に遭わされているのに、黙って見ているわけがないだろう?」
「はい!?」
「ああ、可哀想に……! あんなに鋭い棘のある荊棘に縛り上げられて。怪我はしていないかい?」
腕に抱いた私の手を握りしめ、蒼い瞳を心配そうに潤ませるサルファードのーーその、冷たい眼の奥が言っている。
『いいから、少し黙っていろ』と。
(絶対になにか企んでるーーーーっっ!! 考察するまでもない、これはもう百パーセント悪いことを考えてるときの顔だああっ!! ーーっていうか、急に荊棘が千切れたり、シリウス達が倒れたのも、サルファードの仕業だよね? もしかして、ゲームの彼がやってた、戦闘用の身体能力向上の魔法を使って繰り出す、おそろしく速い手刀……!?)
思えば、初めて彼に会ったときも、離れた場所にいた彼がいきなり目の前に現れたことがあった。つまり、十人以上いた生徒達を、サルファードは魔法で動きを加速させながら手刀で気絶させ、悠然と私を抱き上げたことになる。
ーー恐ろしい。
そんなのまるで、少年漫画の主人公の前に序盤で立ちはだかる圧倒的最強ラスボスヴィランじゃないか。ゲームをプレイした私でなきゃ見逃しちゃうね……なんてことを思っていたら、ルーナが大慌てで駆け寄ってきた。
「サ、サルファード様っ! 危険ですっ! すぐに、その魔物から離れてくださいっ!!」
「魔物?」
「そうですっ! 魔物は存在するだけで、闇の魔力によって周囲の全てに悪い影響を与えます! 酷い場合は心を蝕まれ、魔物と化してしまうことだってあるんですよ!? もしかして、もうその魔物に心を操られているんじゃーーんっ!?」
「ルーナ嬢。すまないが、騒がしいのは苦手でね。少し、その可愛らしい口を閉じてくれないかな?」
にっこりと甘やかに微笑みながら、サルファードは長い人差し指の先で、花の花弁のようなルーナの唇をチョコンとつついた。周りを取り巻く女生徒達から、思わずため息が漏れるほど美しい光景に、しかし、私は震え上がった。
彼は笑ってなどいない。
あれは、あの笑顔はーーサルファードルートが実装される前の彼が、失敗ルートでルーナの首を跳ね飛ばす直前の顔だ。
「君は本当に可愛いね。頭の中まで実に可愛らしい。ーーだが、僕にとってプリマヴェラは愛しい義妹だ。これまでは仲が良いとはいえなかったが、不慮の事故で彼女を失い、義兄としての愛情に気がついた。これからは、奇跡的に生き返った彼女を大切にしようと思っている。それを魔物呼ばわりされるのは、心が痛むね」
「そ、そんな……!? でも、本当なんです! プリム様から、強い闇の魔力を感じます! 闇の魔力は魔王の力。人間が持つものじゃありませんっ!!」
「闇の魔力か。だが、先ほどモーヴハルトが言ったように、王宮専属の魔法医師達が検査を行った結果、闇の魔力は検出されなかった。よって、彼女は間違いなくプリマヴェラ本人であり、魔物や間者による変身や、禁忌の魔法による蘇生の可能性はあり得ない。これは、国王陛下もお認めになった事実だが、それに対して異論があるのかな?」
「はいっ! だって、月の乙女であるルーナには――」
「ルーナ、いけませんっ!!」
バッ! と、王子が血相を変えてルーナの口を手のひらで覆ったが、サルファードはもう遅いと言うように、優しげな微笑みを更に深めた。
「……ルーナ嬢。僕は、我が国の王が真実と認められた事柄に対して、異論があるのかと尋ねているのだよ。――モーヴハルト・テンプルトン・ルミナリス王太子殿下。シーカリウス公爵家、当主代行として貴殿に問いたい。貴殿の監督下にある月の乙女が我が義妹を魔物と愚弄し、貴殿や生徒達を扇動して危害を加えさせた。挙句、王のご意思に反する発言をするとはどういうことなのか、ご説明いただけるだろうか?」
「せ、説明の必要などございません!! ルーナ嬢に代わって私が発言を撤回し、謝罪いたします……ッ!!」
ザッ!!
王子が膝を折ると同時に、教室中の生徒達全員が、一斉にその場に跪いた。
――ただ一人。真っ青な顔をして立ち尽くす、ルーナだけを残して。
(す、すごい……! ルーナの言葉に殺気立っていた王子達が、一瞬で我に返った。これが、公爵家次期当主サルファードの力!!)
「よろしい。愚妹の謝罪を受け入れてくださったことを考慮して、今回のことは不問に致しましょう。ちなみに、僕の愛しい妹は、生き返ったショックで記憶が混乱しているらしくてね。魔力もまだ回復していないから、手荒な真似はくれぐれも謹んでいただきたい」
「……畏まりました。寛大なご処置、感謝致します」
「よし。ーーでは、授業を始めよう。全員、速やかに席につきなさい」
私を腕に抱いたまま、サルファードはパシッと器用に教鞭を打った。
「さあ、ルーナ。早く席に着きましょう。……それと、授業が終わったら話があります」
「……嘘……嘘よ。サルファード様が……こんなの、おかしい……」
呆然としながら呟くルーナを連れて、モーヴハルト王子が席に着く。それまで気を失っていたシリウス達も立ち上がり、フラつきながら自分の席に戻っていった。
(た、助かった……? ど、どうして助けてくれたのかはわからないけど、とにかく助かった……!!)
本当に、どうして急に助けてくれたのだろう。しかも、あんなに好感度の高いルーナの言葉に逆らってまで。
その涼しげな顔からは真意こそ読み取れないが、あの葬儀の場での涙といい、もしかしたら、彼なりに義妹である私を大切に思ってくれているのかもしれない。
「あ、あの、義兄様。助けていただいて、本当にありがとうございました……! 私も自分の席に戻りますから、もう下ろしていただいていいですよ?」
「…………」
だが、サルファードはにっこりと微笑むだけで、お姫様抱っこした私を床に下ろすどころか、そのまま教壇に上ってしまった。
(……あれ?)
「えっ!? あ、あああの、義兄様っ!? 恥ずかしいので、早く下ろしていただきたいんですけどーーむぐっ!?」
「しーーっ。プリマヴェラ。お前は魔法による攻撃を受けたのだよ? ほら、まだ身体が震えているじゃないか。無理をしてはいけない。今日は、このまま授業をしよう」
「このままっ!? い、いえっ! 遠慮しておきますっ! いくらなんでも、そこまで義兄様にご迷惑をおかけするわけにはーー」
「遠慮はいらない。愛しい義妹に甘えられたいのが、義兄心というものだ。ーーさあ、せっかくだから、授業を手伝ってもらおう。魔法学の教科書の56ページを開いておくれ」
「に、義兄様ーー」
「ねぇ、プリマヴェラ。義兄様のお願いを聞いてはくれないだろうか? 手伝ってくれたら、後でご褒美をあげよう」
「ーーーーッッ!?」
にっこりと微笑みながら、サルファードは腕の中で冷や汗を流す私に教科書を手渡す。生前のプリマヴェラの能力のおかげか、私にはわかった。至近距離にある彼の唇の動きが、喋っている言葉とは全く別の言葉を紡いでいるのが……!
『黙れ、下僕。ご主人様の命令には絶対服従だと教えたはずだよ? 逆らうつもりなら、後でお仕置きだよ』
(う、嘘……! ま、まさか、本当にこのまま授業するつもりじゃ……!? いやいや! きっと冗談だよね!? 絶対にそうに決まってる!! お願いだから、そうだと言ってえええーーーーっっ!!)
心の中に、ありったけの絶叫が虚しく響き渡るが、しかし。
ーー結局、その日は彼が宣言した通り、全ての授業をサルファードにお姫様抱っこされながら受講するという、羞恥の地獄を見る羽目になってしまった。
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