恋愛対象
学園祭の準備が本格的に始まっていた。夕方、授業終了後に看板を作ったり大忙しだ。
意外な能力を発揮したのは和音で、看板の片隅に描く絵がなかなかに上手いのだ。これは詩も今まで知らなかった。
本を読むか、ノートの片隅に漫画を描いてばかりいたからね、と和音は言う。
「詩、上杉くん借りていい? ちょっと絵を描いてもらいたいの」
最近はなぜか、和音に用事があるときは、みんな詩に許可をもらいにくるようになった。まあ、クラスの中ではそういうことになっているんだろう。
「どうぞ」
めんどうなので、「いちいちなんで私に聞くのよ」とは言わない。でも。
(これじゃまるで、私が音ちゃんの飼い主みたいじゃん)
それはそれで、ちょっと心外だった。
そんなこともあってか、最近の和音は少し明るくなった気がする。まだ教室で誰とでもしゃべるわけではないが、詩と一緒にいるときの和音を見て、クラスのみんなも少しずつ、ただの陰気な上杉くんではないと気づき始めたようだった。
「ねえ、詩ちゃんはどうやって上杉くんとしゃべるようになったの?」
近ごろ、何人かの女子に聞かれるようになった。彼女たちによると、いまだに和音とまともな会話をした人がいないらしい。
「実はずっと前にカラオケ屋さんで偶然見かけてね、歌ってる最中に私が上杉くんのルームに押しかけたの」
嘘ではない。下手に隠すより、この方が言い訳が矛盾して困ることがないだろう。
「でも、詩と上杉くんの組み合わせって意外だったな。詩ってほら、中学んときから結構モテてたじゃん」
「なに? 趣味が悪いとか言ってんの?」
「そうじゃなくて。ほら、上杉くんってほとんど人としゃべらないし、どんな人かもわかりにくいじゃん。だから、選択肢にないというか、恋愛対象って感じじゃなかったっていうか」
ああ、まあ、そっか。そうよね。
だって私、最初はあの声に恋をしたんだもの。
……なんて、言えない。
その和音が、だんだんとクラスになじみ始めている。
みんなの輪の中で絵を描いている彼を見てると、私だけが知っている音ちゃんじゃなくなってきてる気がする。
「詩ちゃん、どうしたの?」
詩織がささやく。
「えっ、何が?」
「泣いてる?」
言われて頬を人差し指で拭うと濡れている。
あれ? 私……
「やだ、あくびしたからかなあ。変よね」
そう言ってごまかしたけど、私、ちょっと寂しいのかな。
「おう、詩子」
学校帰りに和音と別れ、コンビニに寄った帰り、詩は久しぶりに石上に会った。
「あれ? こんな時間に早いわね。部活は?」
「きょうは休み」
「ズル?」
「ちげーよ。本当に休み」
こうやってふたりで歩くのはいつだったっけ。
「学園祭、来るんでしょ?」
「ああ。和音からどうしてもって頼まれたからな」
「うれしいくせに」
詩がそう言うと、さんちゃんはちょっと黙った。
「なあ」
「なに?」
「あのさ、詩子と和音って、その……」
ん?
「やっぱり付き合ってんだ、よな」
「うん。だから?」
「そ、そうだよな。うん、知ってた」
「だからさ、何が言いたいのよ」
「……いや、なんでもない」
何よ、変なやつ。
「学園祭でよ、女の子紹介してもらうんだ」
は?
「知ってるよ。さっきも言ったでしょ。それに紹介するの、わたしの友だちだよ?」
「そうだっけ。そ、そうか。お前も彼氏できてよかった。……和音、いいやつだもんな」
「でしょ?」
なんだ、こいつ!
「じゃ、……学園祭で」
それだけ言うと、石上が走り去った。
本当に、何しに来たのよ。




