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MIXミックス〜詩と音の物語  作者: 西川笑里
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丸いとは?

 音が実在することを知ってしまった井坂先生の存在は、二人にとって実に厄介だ。

 詩の作戦では、学園祭のステージが終わった後、「音」という女生徒は忽然と消えてしまう。詩は「学校で声をかけられ、伴奏を頼まれた2年生だと思っていた」ととぼける予定なのだが、井坂先生にだけは最初に音の姿を見られたときに、その場を取り繕うため「同じクラスの上杉音」だと言ってしまっていたからだ。

 今となっては、もう設定を変えようもない。できるだけ井坂先生に会わないように気をつけるしか方法を思いつかなかった。


 季節はすっかり秋に変わり学園祭が近づいた頃、メイドカフェで男子に着せるメイド服が仕上がった。これは詩が葉子さんに頼んで縫ってもらったもので、遊びのために簡易に作ったにしてはなかなかのもの。さすが「伝説の家政婦」だ。

「あれ? 服が3着しかないじゃん」

 詩が教室に持ち込んだ段ボールに入った服の数に気がついたのは、竹本さんだった。

「上杉君のは縫わなくても、ちょうどいいサイズのがあったからね。あの箱にあるよ」

 詩がもうひとつの箱を指差した。

 この箱は、実は和音の家から持ってきたもので、もちろん、和音の母の趣味で「ガマゾン・ユーズド」で購入した「本格的な」メイド服が入っていた。

「うわ、これだけすっごい豪華」

 箱からその服を取り出した竹本さんが思わず感嘆の声を上げた。それもそのはず、それは和音の母の趣味で、黒を基調とした幾重にもフリルのついた、いわゆるゴシック&ロリータ系の豪華なメイド服だったのだ。


 *


 学園祭まで2週間を切り、やっと詩と和音はステージでのリハーサルを許された。部活の団体と違い、個人参加は音響や照明の調整など、細かいことを1回のリハで決めなければならない。

 詩と和音はピアノとボーカルだけのシンプルな構成だ。こんなステージは幾度となく経験してきた詩のピアノは問題ないとして、まだこんなステージに立ったことない和音にとって、自分の声の響き具合などを初めて経験できる貴重な時間となるはずだ。

 そして和音には、今まで校内のあちこちを通り過ぎるだけの生徒を演じさせてきたが、このリハーサルで初めて「音」という女子生徒の存在をはっきりと認識させることになるのだ。


 演奏する曲目は3曲。最初に「君に、届け」の静かなイントロから始まる。

 本格的なマイクを通して歌い出した和音の綺麗な高音が詩のピアノに載せてホール内に響き、そこで準備作業をしていた生徒たちが一斉に手を止めて聴き入っていた。


「どうだった?」

 帰り道で興奮冷めやらぬという感じで和音が聞いてきた。

「すごくよかったよ。音ちゃんは今までどおり堂々と歌えばいいから」

 そう言って、詩は続く言葉を飲み込んだ。

 ……問題は私なんだよね

 まだあのコンクールの演奏から立ち直れない自分の方が、音楽に集中できてない。だから今度は音ちゃんとの大事なステージでまたやらかすんじゃないかって、不安で仕方ないんだ。

 ふと顔を上げると、和音が詩をじっと見てるのに気がつき、

「さっき、保健室で先生から何か言われたの?」

と話を逸らした。

「ああ、なんかちょっと丸くなったねって言われたんだよね。丸いってなんだろうね。太ってはいないと思うんだけどね」

 和音が首を傾げる。

 丸い?

 詩は思わず今は「音」となって制服を着ている和音の全身に視線を送った。

 そういえば、こうやって改めてじっくりと音を見るのは久しぶりだった。そう言われてみれば、確かに数ヶ月とどこか雰囲気が違う気がする。それを丸いと表現するのかピンとはこないが。

「音ちゃん、なんか制服の着こなし方を変えた?」

「いや、特に。まあ、前よりは服が体に合ってきたかなと思うぐらいかな」

 そあ言われて、もう一度全身を見てみる。

「それだけ?」

「ああ、腰のタオルはやめた。あれを入れるときついんだ」

 和音が自分の右の腰をポンと叩いて続ける。

「太ったわけじゃないよ? 体重とかも変わらないんだけどな。フィットしてきたっていうか、なんかスカートがズレなくなってきたし、まあいいかと思って」

「うそっ! マジで?」

 和音が不思議そうな顔で頷いた。

「座ってるとき、背中の綺麗なS字をうまく作ってるなって思ってたんだけど、まさかそのまま……なの?」

「別に普通じゃね? 今、この服がちょうど合ってるからさ」

 和音はちょっとスカートの端を摘んだ。

「いやいやいや、ありえないわ。女子と男子はウエストの位置が違うのよ。普通に着たらスカートが下にズレない? だから前は腰にタオルを入れてたでしょう?」

「でも、いらないんだよ。本当に」

 そう言って和音はその場でクルリと回ってみせた、

 たまたま腰に肉がついたのか、彼の体に何か別の変化が起こってるのかわからないけど、音ちゃんには女子服が似合うって思った自分の感は間違いなかったみたいだ。

 そして、先生もそれに気がついたんだ。看護師の先生さえもわからないなんて、もう音ちゃんは完璧ってことよね?

 詩は、さっきまでの憂鬱な気分が少し晴れたみたいだった。

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