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第6話

 目が覚めると、そこはカイル様の執務室ではなかった。


 私はまた自分のベッドに戻って来たようだ。

 運んでくれたのはカイル様だろう。


 だって、横を向くと、カイル様が書類とにらめっこしている。


 寝室に書類を持ち込んで仕事をしているカイル様に胸が熱くなる。


 おそらく、レオン様から文句を言われただろうに、私の側に居てくれようとしてくれたことに嬉しいって思ってしまう。


 私がよく読む小説の中のヒロインはこんなとき、「王太子ともあろう方がこんなところに居てはいけません。どうぞ、お戻りになって」――なんて、物分かりの良い女の台詞を言って、そして、どんどん夫と距離が出来て、枕を涙で流す……なんて展開が多かった。まあ、最後は結局ハッピーエンドなんだけどね。


 私はどうかな。


 王太子妃だがら、カイル様に「こんなとこに居ちゃダメですよ」って注意する。それとも、素直に嬉しいって伝える。


 ふふっ、色々頭の中だと色んな考えが出来るんだけどな。

 いざってなると、そんな簡単にはいかないのよね。


 だって、こうしてカイル様を見ているだけでまた心臓がドキドキしてきんだもの。


 上手く喋れるのかさえ不安になる。


 起きたって言った方がいいかな。

 でも、もう少しだけ仕事をしているカイル様を見ていたい気もする。


 こうして悩んでいたら、きっとカイル様の方から気付いてくれるかな。


 あっ、こっちを向いた。


「フィンシア、起きたのか」


 優しく微笑むカイル様はゆっくり立ち上がって私の方にくる。


 うわぁ、緊張する。

 また、気を失いそう。


「大丈夫か?やっぱり無理してたんだな」


 違います。カイル様が素敵過ぎていっぱいいっぱいだったんです。


「喉は渇いてないか?何か飲むか?」


 この優しさをいつも裏があると思い込んでいた。

 素直に受け取れば、こんなにも嬉しいものなのに。


「ありがとうございます。お水が飲みたいです」


 喉が渇いていた私は、カイル様に水がほしいとお願いした。


 カイル様はグラスに入った水を持ってきて、そのグラスを私に渡して……って、ええっ?!もしかしてカイル様、自分で私に水を飲ませようとしている。


 いやいや、そこまでして頂かなくても私、自分で飲めますから。


「カイル様。私、自分で飲めます」

「遠慮しなくていいぞ。調子の悪い妻の面倒を見るのは夫の役目だ」


 そんな役目聞いたことはありません!


 私は強引にカイル様からグラスを奪い、水を一口飲んだ。


 冷たい水が私の全身を潤す。

 こもっていた熱が少し冷めた気がして、ホッとする。


 そんな私をカイル様はベッドに腰掛けて、ジッと見ている。

 そんなに見詰められたら、また熱がこもりそう。


「カイル様、あまり見ないでください」


 お願いしてみるけど、カイル様は私の願いを拒否した。


「それは無理だ。俺はずっとフィンシアを見ていたいからな。それに、俺の妻は見ていないと、すぐに自分の世界に閉じ籠ってしまうからな」

「そ、そんなこと!……」


「ない」って言えない自分が悲しい。


「気を、つけます。すみません」


 今は私の方が分が悪い。

 謝るしかない。


「謝らなくてもいい。ただ、これからは俺を信じること。不安になったら俺に直接聞くこと。いいな」


 いいな、って言われたけど、それは難しいかも。


「今回のことは私が悪いと思っています。関係のないシルビア様との関係を疑ってしまって。でも、これからもずっと浮気しないっていうのは……」

「まさか、まだ俺が浮気するとか思ってるか?」


 私はカイル様の問いに小さく頷くことで答えた。


「そんなに俺のこと信じられないのか……」


 落胆した声のカイル様。

 それは、誤解です。


「信じられるとか信じられないとか、そういう問題ではなくて、カイル様はとても素敵な方だから女性にモテるだろうと思って……」

「…んー、ここは、喜んでいいとこなのか」


 カイル様は少し悩んでから、「でも……」と続けた。


「フィンシアに素敵だって言われるのは嬉しいが、それでも、浮気を疑われるのは辛い。浮気は絶対にしないから俺を信じてほしい」


 真っ直ぐに私を見るカイル様の目に嘘はない……と思う。


 本当はよく分からない。

 私みたいな恋愛偏差値が低い女が、男の人の嘘なんて絶対に見破れない。


 それでも、目の前にいるカイル様を信じたい気持ちが私の中にある。

 先のことは誰にも分からなくて、分からないことに心配して、私を真っ直ぐに見つめてくれる人から目を背けるのは嫌だって思う。


 だって、こうして見つめられるだけで、また心臓がうるさいぐらいドキドキしてる。


 今、私がしなきゃいけないことって、先のことで悩むんじゃなくて、カイル様の言葉を信じることよね。


 だったら、勇気を出して言ってみようかな。


 小説の中で何度も何度も読んで、書いて、私自身がずっとずっと好きな人に伝えたかった言葉を――





「カイル様。私、カイル様の言葉を信じます。




 ――カイル様のことが好きだから」







 〈終〉









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