第一部 ローウェル子爵領 女神さまのお金事情
半泣きの女神がコーヒーを淹れに家に入っていく。
俺はそれを見送ってさて、と周囲を見渡した。
草原の小さな家。
そんなイメージがピッタリな雰囲気だ。
緑の絨毯が続く大地にポツンポツンと大きく枝葉を広げた樹木が生えている。
上空を見ると薄い雲と青空が見えるが、その遥か先には半透明の幕のようなものがあるのがわかった。
直径一キロほど。
そういえばそう言っていたな。
ずっと遠くに見えるが、あの空も実際には一キロほど先でしかないのだろう。
彼女の家は小さな二階建ての別荘地か外国にでもありそうな赤い屋根の白い木造らしき建物。
建物の脇には折り畳みのテーブルと椅子が置かれている。
まあ、曲がりなりにも神の造った家だ。
そう見えるだけでホントに木造かは疑問だが。
家の周囲には家と同じ白くペイントされた木の柵があるが、他に家があるでもなし獣が出るわけもなし、そもそも他に人どころか生物が存在するのかさえ疑問である。
はっきり言って意味ないよな、柵。
「庭付き」と言っていたので『庭』を作りたかったということなのだろう。
柵の中には玄関から伸びる石畳の左右に小さな薬草園と花壇。
そして花壇の脇に俺が出て来たクローゼットの扉の裏側。
ドラ〇もんのどこ〇もドアだな。
壁もない空間にポツンとドアだけが立っている。
よく見ると石畳や花壇の周りには色のついた石が落ちている。
いや、隙間を石で埋めてるのか。
「これ全部魔石か?」
鑑定して見ると全て魔石のようだ。
サイズは小さいものが多いが、質は悪くない。
「ふむ」
様々な効能の薬草があり、小さいが質のいい魔石がある。
そして俺は過去に戻る前の状態に戻っている。
これは当然アイテムを作るべきではないか?
そうして俺は錬金術、合成によりアイテムを量産し、戻ってきた女神にハリセンでどつかれることになった。
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「もう!こんなに作ってどうするんですか!」
「いや、持って帰って使おうと……」
あんまり興奮するのはよくない。
よくないぞ。
特に手に中身が入ったカップの乗った盆を持っている時は。
彼女は片手にハリセン、片手にコーヒーカップや砂糖、ミルクの乗った盆を持っている。
そのため彼女がハリセンを振り上げるたびに盆の上のものがカチャカチャと音を立てている。
「持って帰れません!神の世界のものは外には持ち出せませんよ」
「マジで?」
せっかく張り切って作ったのに。
「ムリです。持ち込みはOKですけど持ち出しはNGですからね。これは神々の規則の一つですから、そんな顔してもどうにもなりません。こっそり持ち出しても出た途端ただの砂になります」
上着の中に隠そうとしていたハイポーションの瓶をがっくりして地面に戻した。
「これアイクさんが責任をもって全部元に戻して下さいね。今のアイクさんなら簡単ですよね?」
「……ういース」
ああ疲れた。
簡単だしすぐなんだけど精神的に疲れた。
一分程で全て元に戻して女神とテーブルにつく。
「……ちょっとだけ冷めちゃいましたね」
「スミマセン」
旨い。
久し振りのコーヒーの味になんだか懐かしい気持ちになる。
いまさら日本に帰りたいとは思わないけど。
「ええと……レスティーア、さま?」
一応女神さまだから様付けすべきなんだろうな。
スカート捲りとかしといて今更だけど。
「レティでいいですよ。アイクさんは恩人ですから」
「レティ」
「はい、親しい友人は皆そう呼びますから」
「あ、いるんだ?」
親しい友人。
俺だって少ないけど。
ってかあれいないか?
「いますよ。まあ、3人ですけど」
「……3人いれば充分だよ」
いかん、空気が重い。
話を変えねば。
「あーところでショッピングとか言ってたけど神なら買い物とかしなくても自分で作れるんじゃないのか?さっきのハリセンみたいに」
「作れますけど、気分が違いますよ全然。やっぱり色々見て回って買い物して誰かが作ったものの方がずっといいです。人が作るものは私達が思い付かないものがいっぱいありますし」
レティが言うには神は頻繁にその世界の人間に変装してはあちこちの世界を旅行したりショッピングに出掛けたりしているらしい。その世界や国の紙幣はお金の神に両替してもらって。
金をどうやって手にいれるかというと、例のトトカルチョとか信者による賽銭とかお布施とのこと。
直接彼女達に賽銭が渡るわけはないが。(賽銭箱から金がいきなり消えてたら大騒ぎになる)
神への供物の気持ちがあって金が供えられると、それと同じ額の宝石や様々な世界の紙幣が神のもとへ届くというか涌き出るらしい。
「私はもともとほとんど信者のいない小さな社の神でしたし、その上長い間下僕生活でろくに神威を示すことも出来なかったですし、そもそも神威も信仰がなければ力がどんどん力がなくなっちゃいますから、ずっと貧乏だったんです。だけどアイクさんのおかげで久し振りにいっぱいショッピングが出来てホントに嬉しかったです」
心底から喜びに満ちたレティの笑みだが、俺は彼女のセリフに引っかかるものを感じて「……ん?」と首を傾げた。
「ちょっと待て。レティは俺専属になったんだよな?」
「はい」
「じゃ、これまでの社は?」
「他の神に譲ることになりますね。多分新人さんが担当することになると思います。その世界の人間には暗示でもともとその神の社だったということに……なにか?」
「いや、ということはだ。レティの信者は俺一人?」
正直信者でもないけど。
「ほえ?…………そう、なりますね」
レティもようやく気づいたらしい。
素知らぬフリをしているつもりだろうが焦りが顔に出てる。
「……アイクさん、あの、私、その頑張りますから」
俺が気づいたことに気づいたのか、しどろもどろにそんなことを言い出す。
「つまりレティはこの先俺の金と信仰で生きてくわけだ」
専属をやめないかぎり。
だが彼女が自分から言い出したことを反故にするのは難しい。
彼女はもともと力のない神なのだから。
「ふいっ!」
妙な声を上げて軽くのけ反った俺専属の神に、出来るだけ優しい顔で笑ってやる。
「なあ、レティ取引をしようか?」
優しい顔を意識しているのに、それを見たレティの顔はひきつっている。
おかしいな。
まあいい。
せっかくの専属の神だ。
せいぜい利用させてもらうとしよう。
ーー役に立つかは微妙だけどな。




