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Magia Lost in Nightmare  作者: 宇治村茶々
第3章 夕闇の鎮魂歌
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第35話(3-2-2)

『まだ話が残っているのですが、後日にしましょうか。状況を整理する時間も必要でしょう』

彼女の問いに私は泣かない様に唇を噛みながら、首を横に振って応えた。


『わかりました。それでは次の話に進ませて頂きます。これからの話は『用語説明』のようなものとご理解下さい。言葉を知らないと以後何かと不便が出てくると思いますので。まず、『魔女』については簡単に異形の怪物だと認識して頂いて差し支えないでしょう。一口に異形と言っても限りなく人に近い物からただの大きな箱にしか見えない者など様々です。次に『魔女』が従える『使い魔』、これは『魔女』の周囲で主である『魔女』を守護する近衛兵のような異形です。彼らは必ずしも『魔女』より小さいサイズとは限りません、どうでもいいような情報ですが、『魔女』と『使い魔』をあべこべに認識して、それが原因で命を断たれた騎士はいつの時代も後を絶ちません。『使い魔』たちは成長して『魔女』になる危険性を孕んでいます。なので、見つけた際は一匹たりとも撃ち漏らさないよう心がけてください』


『次は『結界』が何なのかについてです。これは前述したユングが迷い込んだ未知の空間の事です。しかし、必ずしも、彼の手記の様な『地獄を体現したような恐ろしい場所』ではなく、一面が美しい花々に覆われた天国を思わせるような場所、まるで現実世界の続きの様な場所があります。そのような場所の場合、熟練の騎士でもどこから『結界』に入ったのかを目視で正確に認識する事は難しいでしょう。ただ当時と違い、現在はすぐに『結界』に入ったと認識できる手段があります。それは通信です。『結界』の中ではあらゆる通信手段が断絶されます。その特性を逆手に取り、通信が、つまり、通信端末の電波が途絶えたところで『結界』に侵入した認識するのです。この『結界』は何の前触れもなく、どこにでも出現し得ます。そして、『魔女』はこの『結界』の中でしか姿を現わさないと考えられています』


『最後は『カガリト』についてです。『カガリト』と云う言葉は『魔女』になる前の『魔法』を使う人間の事を差します。この名称は騎士団創設よりかなり後の時代に生まれた言葉です。創設から二世紀が過ぎた頃になってようやく『魔女』がどのようにして生まれたのが分かってきたのです。『カガリト』も元はただの人だったのです。ただの少女の元に『悪魔』が現れ、こう囁くのだそうです。『この世界の陰に溢れる怪物たちと生涯戦う使命を背負う代わりにどんな願いも叶えよう』と、まるでお伽噺のようですよね。そして、私欲に溺れその契約を飲んだ少女たちは『カガリト』となるのです。ちなみに、『カガリト』とは日本語で病気に罹った人と謂う意味です。そして、この『罹人カガリト』となった少女は願いの代償として、呪われた身体を保つため死ぬまで『魔女』と戦い続けるのです。息絶えるか、自らが『魔女』になるまで。そう、『凄惨な死』か異形の『魔女』になる事こそ『悪魔』との契約の真の代償だったのです』


彼女が言った。それは戦う使命を突き付けられた私を更に追い込むような内容だった。またバラバラだったピースがハマっていく。私には『罹人』であろう人物に覚えがあった。魔法を使えるかけがえのない大切な友達がいるのだ。いつか彼女が言った『私たちは立場上敵対する』と云う意の言葉を思い出した。フランはきっと最初から分かっていたのかもしれない。エラ・ノヴァさんの話が全て正しいならフランは悪魔に魂を売ったと云うことだろう。でも、フランが私欲に溺れ何も考えず『悪魔』の誘いに乗るとは思えない。きっと、どうしてもやむ得ない事情があったのだろう。それでも、最初の友達と、こんな形で立場が相反してしまうなど、あっていいのだろうか_____。


「かっ、『罹人』が、もっ、元の、人間に、そのっ、戻る方法は、なっ、ないんですか?」

思わず私は聞いてしまった。


『そうですね、そんな方法があれば全てが上手く運ぶでしょう。しかし、今のところはそのような方法は残念ながら見つかっていません。『罹人』の未来は『凄惨な死』か異形の『魔女』に身を堕とすかの二択です。しかし、これらは自らの欲が招いた破滅です。彼女たちに同情する必要はないでしょう。』


『厄介なのは『罹人』は『魔女』と違い魔法を使う『人間』なので、知性をまだ持っている事です。なので、一般的には『魔女』討伐より、『魔女』になる前の『罹人』討伐の方が難易度が高いとされています。難易度は上がりますが、『魔女』になり被害が出てからの討伐では遅いのです。故に理性のある『罹人』でいるうちに彼女たちを討伐する事が我々の最優先事項となっています』


『・・・・というのがほんの数日前での我々の常識でした。しかし、わずか二日前にあなたもよく知るジェシカから知性を持つ『魔女』が現れたと報告が上がりました。私の推測では、ある少女が『悪魔』と契約する際、願いとして新しいルールを作らせたのだと考えています。ちょうど、さっきあなたが思った事と殆ど同じ事を「『魔女』を人に戻せるシステムを作れ」と、そして『悪魔』は歪んだ形でその願いを叶えた。それが『知性魔女』の正体であると私は考えています。人間の知性を持ちながら、ケモノの力を使う異形の『魔女』の身体を有する存在、それがどれほどの脅威か想像には難くないでしょう。知らなかった事とは云え、この最悪の渦中によく騎士団になる選択肢を選んでくれましたね。まさに混迷期に入ろうとしている世界の人々に代わりに僭越ながら私が御礼を申し上げたいと思います』


彼女はそう言って、私に深々とお辞儀をした。ほっぺを少しつねった。痛い。夢じゃない。私は彼女が語った全ての事実に打ちひしがれ、口を押えたまま何も言えず立ち尽くしてしまった。


『これはあなたが『魔女』や『罹人』と戦うための武器。『天装てんそう』です。私があなたのために見繕ったものです。見た目はただの白い棒ですが、起動する事で大きな武器に変わります。これはあなたしか起動できない、あなただけの武器です。詳しい使い方の説明は後ほどリバイス先生を訪ねてください』


彼女は立ち尽くす私にソっと長さ20cmにも満たない白い棒を手渡した。それは見た目の数十倍は重く、すぐに床に落としそうになった。なんなら、ジェシカより重いかもしれない。もし地獄の訓練を受けていなければきっとこれを受け取った途端私の手はこれと地面に挟まれ潰れていただろう。重い、とにかく重いただの棒だ。



『さて、これで私の事務的な話はお終いです。ここから私個人としてのお願いをさせていただいてよろしいでしょうか』

まだ状況を上手く呑み込めない、理解が追い付かないままの私を置き去りにするように彼女は先ほどまでとはうって変わった砕けた表情で言った。その表情と勢いに飲まれ私は首を縦に振った。本当は頭の中で色々な事がぐちゃぐちゃにねってそれどころじゃないのだが。



『ありがとうございます。お願いと云うのは来るべき時、あなたに今手渡したその武器で、私を破壊して頂きたいのです』


清々しい笑顔で彼女はそんな事を言った。私が思っていたお願いとだいぶ違う。初対面の相手にいきなりなんて事を頼むんだ、この人は。


『遠くない未来、私は敵の手に落ちるでしょう。それは『罹人』や『知性魔女』、あるいは、袂を分かった『元』『テンプル騎士団』のテロリストたちによるものかもしれません。彼らは私に全ての『天装』の起動を封じさせるでしょう。しかし、あなたの『天装』『だけ』、私の支配から外しておきました。よく覚えておいてください、このマザー・セレステの操作盤の真正面の下から四番目のタイルの中、そこに私の本体があります。そこをあなたの武器で一突きすれば私を破壊する事が可能です』


「あっ、あの・・・・、そっ、それって、その、ぜっ、絶対、私じゃない方が・・・」


『そうですね。単純な戦闘力を考えればあなたよりトゥゼロフキュウやノクターンが遥かに適任でしょう。しかし、彼らは袂を分かった元テンプル騎士団たちと深い関係があります。なので、いざといった際、二人は彼ら側に手を貸してしまう危険性があります。そして、彼らと比較的関係の浅い有力者に対しても私はきっと先回りして対策を打つ事でしょう。なにせ私は世界一のハイコンピューターを内蔵した人口知能なのですから。なので、私は私の不意をつくことに決めたのです。実はあなたの事は前々からアイからよく聞いていました。自分の事を人間として扱ってくれる優しい人間だと。もし人間に反旗を翻す日が来ても、彼女の事は特別扱いして欲しいと言っていました』


『これは秘密にしておいて頂きたいのですが、私は『アイ』を『娘』のように思っています。そんな『アイ』が信用した、心を許した人間。エレクタもそうですが彼女の『天装』を私の支配から解放する方法がなく、『天装』が起動できなくなった際、彼女の機械の身体は完全に本体とのリンクが切れ動かなくなってしまいます。そして、ビゴさんはキュウやノクターンと同じくテロリスト側に手を貸す可能性を孕んでいます。なので、私の信用に足り得て、尚且つ任務を遂行可能な人間はあなたしかいないのです』


そっ、そんな無茶苦茶な・・・・・。


『そして、この作戦は一切の他言を控えてください。『アイ』や『エレクタ』、その他大勢の人間、そしてなによりこの私自身に。今日、今、話したこの私個人のお願いをした記憶をあなたが去った後すぐに消去します。なので、絶対にこの話を未来の私に伝えないでください。私は未来の私に勝ちたいのです。約束していただけないでしょうか、未来の私を、この教会を、テンプル騎士団の未来を、お救い下さると』


彼女は突然ひざまずき私の右手を両手で包みながら、そこにオデコを当て、まるで人が神様にすがるような形で口にした。立体映像のはずなのに確かに彼女の熱を感じた。でも、駄目だ。私には荷が重すぎる。そんな事できるわけない。私は無言で首を横に何度も振り、静かに彼女の手を振りほどいた。さっきからこの人は私の事を買いかぶり過ぎている。私は彼女が思うような立派な人間じゃない。決意を固めた数分後に既に後悔の念が出始めているほど弱くてどうしようもない人間だ。そんな私がこの教会の存亡が掛るほどの大きな任務をこなせるはずがない。個人的なお願いの規模としては巨大すぎる。


『どうか、どうか・・・お願いします。あなたしかいないのです。あなたなら必ず、あなただからこそ達成しえるのです。どうか、どうか______』

彼女は跪いたままの姿勢で床に拳を落とし、頭を垂れながら尚も続ける。もう本当に勘弁して欲しい。無理だ、無理だ。無理に決まってるのに。どうして、この人は。


『どうか・・・・』彼女は最後に力なくそう口にするとついに動かなくなってしまった。こんなのズルだ。これじゃあ私が約束するまで何も進まない。





「しっ、失敗しても、そのっ、怒らないでください・・・・。わっ、私はだっ、駄目って、出来ないって言ったから・・・・」


沈黙の時間と事態の硬直に耐えかね、私は力なく言った。そう言うしかなかった。


『はい、それはもちろんです。任命責任。つまり、失敗した時の責任は全て今の私にあります。この事を他言しない限り、任務があった事すら誰も認識できません。私の記憶もすぐに消えます。あなたを責められる者など存在しないのです』


「ほっ、本当?」


『はい、あなたが『他言しない限り』でそれは保証します。よくぞ私の頼みを聞き入れてくれました。本当に、本当にありがとうございます。この感謝は全てが済んだ後にさせてください。私が敵の手に落ちるなど、本来、あってはならない事態ですが、きっとこれは避けられない事態なのです。そうならないよう日々最善は尽くしますが、必ずその日は来てしまうでしょう』



『嗚呼、エーデル様、未来の私をどうかお願い致します』


先にある不安や心配で立ち尽くしているだけの私に向かって彼女はそう言って、跪いたままもう一度深々と頭を下げた。本当に止めて欲しい。一体、彼女に私はどう見えているのだろう。


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