第145話(5-1-1)
ウルリヒ・ルーディ・フォルバッハ、クランチ。
マキ・ヴィルタペルコ、スリー。
ヴィンツェンツ・プラーニチュカ、タナトス。
土砂降りの中、傘を頭に乗せ慰霊碑に刻まれた3人の名前を順番に義手の指でなぞる。
他の人は分からない。でも、少なくとも彼らは『魔人』に殺された。今まで私たち『テンプル騎士団』が迫害してきた『罹人』が転じて『魔女』になり、更に進化してしまった新しい脅威。もし『テンプル騎士団』と『罹人』が最初から手を組んで『魔女』と戦っていれば、多分こんな事にはならなかった。これはまだ始まりで、これからここに刻まれる名前はもっと増えるだろう。教会がこのままのやり方を続けるなら。誰かが声を上げて変えなければいけない。強くて求心力のある誰かが。『絶叫の魔人』の言葉を借りるなら『王』が、新しい『王』が必要なのだ。『絶叫の魔人』は言った、私にそうなれと・・・・それが出来るなら、どれだけいいか。
でも、やらなきゃ、やらなきゃいけない。私には『テンプル騎士団』の中だけじゃなく、『罹人』にも大切な人がいる。諦めたら、大切な人同士が殺し合う最悪の未来が来てしまう。そんなの駄目だ。私が、『王』に、この憎悪の連鎖を、私が、私が。
力を、知恵を貸して、ウルリヒ、マキ、ヴィンツェンツ。
皆を守る『力』を、『知恵』を________。
跪き、祈りながら、雨に濡れ冷え切った義手で何度も何度も3人の名前を擦る。
頬を濡らしているのは、雨粒だけではない。
こんな悲しいお別れを繰り返させないためには、ひっくり返さないといけないんだ。全てを。
祈りを終え立ち上がろうとすると、その前に誰かが優しく私の肩を叩いた。
膝を折ったまま後ろ向くと、全く見覚えのないイケメ・・・いや、女の子が真っ黒い傘を差して私を見下ろしていた。紫の目が綺麗な、黒髪ショートのボーイッシュな女の子。身長は私より一回りくらい大きいので、別棟の33期生の人だろう、多分。33期生の人は同じ教会だが、離れた別棟にいるので殆ど交流がないのだ。
「こんにちは」
その人が優しく儚い声で言った。
「こっ、こっ・・・こっ、こっ、こっ・・・こににゃちわ!」
初めて見る先輩の唐突な登場で、緊張して吃りまくって、噛みまくってしまった。
「あはは、驚かしてごめんね。君は34期生の人?」
先輩が傘をしたまま屈み込み、視線を私に合せてから言う。
「うぇ、あっ、はっ、はい!」
私は言った。それにしても、凄い美人さんだ。雨で睫毛や髪の毛がしっとり濡れているのも手伝って、とんでもなく綺麗に見える。それに、『声』も・・・・油断したら同性の私ですら好きになってしまいそうな魅力がある。他には類を見ない、なんと云うか、『儚い』、美しさ。
「そっか、じゃあ、私と同期の人だね」
彼女が優しく儚い声で言う。あれ????同期の人???
こんな人、知らない・・・・・あっ!!もしかして、この人がザクロの相棒の、
「ロンネさんですか!?」
「・・・・あっ、そっちじゃなくて、私はフリージャ。ロンネと一緒に来るエンヴィさんの新しい相棒になる予定の」
背が高いから先輩かと思ったが、向こう教会から来た同期の人だったらしい。確か、エンヴィが戦闘の相性が良いからチームになりたいと言っていた人だ。この人が、そのフリージャさん。
「先にエンヴィさんの相棒に挨拶しに行こうと思ってね」
フリージャはそう言って目を細め、優しくタナトスの名前に触れる。
「ヴィンツェンツ・・・・・かっこいい名前だね」
「うっ・・・・うん」
「彼は、どんな人だった?」
「えっ・・・・あっ、えっと、いつも、くっ、クラスの中心で・・・・クラスを明るくしてくれて・・・冗談も、そのっ、上手くて・・・・でっ、でも、すっ、すぐ女の子と一緒に、お茶したがって、ちょっと、チャラい感じの、人、だったよ。でも、でも、優しくて・・・・たっ、多分、最後は、エンヴィを庇って・・・・・」
「・・・・・」
「エンヴィは、そんなチャラいタナトスが、大嫌いって、いつも嘆いてた。でも、本当は・・・・本当は・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・そっか」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・君の死を、無駄にはしない」
しばらくの気まずい沈黙の後、フリージャはタナトスの名前に触れたまま、小さく、静かに、でも、確かにそう言った。その紫の宝石のような眼にはただならぬ決意が宿っていた。さっきまでの雨の似合う儚いボーイッシュな少女ではなく、戦場に赴く『戦士』の目。それは息を呑むほど美しく、そして、恐ろしく見えた。
彼女はその後、目を瞑り、しばらく彼の名前に触れながら祈りを捧げていた。
「・・・・・よし。」
彼女はそう言って目を開け、慰霊碑から指を離し立ち上がる。
なので、私も傘を義手に戻し立ち上がる。
「挨拶も終わったし、折角だから君に案内を頼もうかな。えっと・・・・」
彼女は『戦士』の顔から、ボーイッシュな美少女に戻りそう口にした。
「らっ、らっ、ラヴィ、ラヴィンロールです」
「ラヴィンロール・・・・・・じゃあ、私は、ラヴィータって呼んでいいかな?」
「えっ、あっ、はい!」
「有難う。それじゃあ、これからよろしくね。ラヴィータ」
彼女はそう言って、握手の代わりに人懐っこい微笑みを私に送った。
「こっ、こちらこそ」
私は言った。いっ、今のは、危なかった。危うく恋に落ちるところだった。可愛すぎて一瞬胸がキュンっと来た。この僅か数分で彼女の色んな顔を見た。どの顔も魅力的で、どの顔も、本物に見えた。私はまだ彼女の事を何も知らない。でも、なんとなくだ。なんとなく、彼女とは仲良くなれる気がした。そして、彼女なら、私の理想を理解してくれるかもしれない、と。なぜそう思ったのか自分でもよく分からない。ただ今までの誠実な振る舞いで、なんなくそう感じたのだ。
反論を許さないほどの、強さも必要だ。
でも、それ以上に一緒に声を上げてくれる仲間が必要。
彼女なら、もしかしたら・・・・・・・。




