第13話
ジャケットを羽織り、前を閉めずに飛び出したはいいが、右か左かわからない。
声の方角に悩んでいると、ロドスが後ろから飛び出した。
『こっちだ、舎弟』
「はい!」
返事をして踏み出した僕の横にはミアがいる。
同じ黒のドレスをつまみ、走っているが、その手にはまた小さな棺桶型の鞄が握られている。
「夜は、アンがお役に立ちますわ」
息をあげながら階段を降りていく僕に対し、いつまでも軽やかな足取りのミアの体力に少し引きながら、たどり着いた場所は、またあの客室だった。
「また、ここ……?」
『まちがいねぇな』
「まだフレッシュなうちに、色々調べませんこと?」
開け放たれたドアのなかに、侍女長のカリアが腰を抜かしているのが見えた。
暗い部屋に、魔石ランプが転がり、ぼんやりと辺りを照らしていたからだ。
僕は素早く魔石ランプを取り上げ、カリアを照らした。
「大丈夫ですか、カリアさん」
僕がそう声をかけるまで、カリアは僕の存在に気づいていなかったようだ。
再び、ひやぁと悲鳴をあげ、床を這いずっていく。
それと同時に、パチンと部屋のスイッチが下ろされた。
振り返ると、執事のヘルマンが部屋の隅に立っている。
「……どうしてまた」
明らかに刻まれた彼の目のクマが、どれほどの心労を煩わせているのかよくわかる。
よたよたと部屋の奥へと入ってきたヘルマンは、今日と似た場所に転がる遺体を見て、
「グレースが……」
そう言って口を閉ざした。
もうかける言葉もないのだろう。
僕は今日3度目の時間魔術を施し、改めて、遺体と向き合ってみる。
昼間、裏庭で見た侍女だ。
彼女が心配した通りに、亡くなってしまった。
今回は、左腕がない。
今朝の侍女と同じように、切りながらむしりとられたような、雑な切り口が広がり、服に損傷はない。
ぽっかりと窪んだ目、歯は他と同じく、食いしばっているのか、しっかりと閉じられたままだ。
体は溶けているが、今回は発見が早かったからか、内臓がまだ残っている。
これは、ありがたい。
これで経口摂取による魔術発動か、何かの物体による魔術発動か、確認ができる。
『しっかしまぁ、他の部品はどこにあんだろな』
「わたくしも気になっておりました。アキム様はどうお考えに?」
「僕もわかりません。でも、この魔術式の解析が、きっとその理由になると思っています」
僕は手早く時間魔術をかけ、時間の停止を施した。
「ロドス、記録をお願い」
エンバーを抱えたまま、ロドスは部屋をぐるりと記録していく。
明日は記録映像から、変化があった箇所がないかの確認もしなければ。
思わず眉間を揉んだ僕に、エンバーは鼻で息を吐いた。
『なぁ、欠損部位を探した方が早いんじゃね?』
「でも、『どうしてこの魔術にしなければならなかったのか』がわかると、先読みができると思うんだ」
『おー、意外とまともな回答きたー』
大袈裟に驚くエンバーをこづいていると、部屋の角で箱の中身をいじっていたミアが背筋よく立ち上がった。
「準備、できましてよ」
彼女の右肩に浮かんでいるのは、新しい魔導人形だ。
今回は真っ白なドレスにふんだんにレースがあしらわれている。
ミアと似た真っ白なボンネットをかぶり、桃色の頬と、桜の花びらのような紅が差され、とても可愛らしい。髪の毛は朝焼けのような濃い紫の髪は縦ロールで、腰まで流されている。
アンはふんわりと髪を揺らしながら、僕の目の前でくるりと回って、お辞儀をしてくれる。
「この子は、魔力の痕跡をたどることができますわ。今ならまだ残ってると思いませんこと?」
アンは細い腕に可愛らしい編み籠を下げている。
その中に小さい手を入れ、何かを振り撒いた。
「探索用の魔石ですわ。魔力に反応して光るように細工がされておりますの」
金色の粉はふわりと部屋に散っていく。
アンはすいっと進み、振りまき、またすいっと進み、振りまく。
彼女自身でも魔力の痕跡が見えているような動きだ。
見ればアンの目も金色に輝いている。
「この子も見えてるんですね、魔力の痕跡が」
「あら、アキム様ったら。魔導人形に、この子、だなんて。お優しい方」
そっと肩に頭を添えたミアをよけつつ、アンの跡を追うことにする。
アンはススっと部屋からでると、廊下を見回し、玄関ホールとは真逆の方向へと進んでいく。
裏方通用口の前でぴたりと止まった。
ミアに向くと、アンはさっきと同じようにくるりと回って、お辞儀をした。
「ここまで、のようですわ」
「ということは、ここから魔術が発動したってことになりますね」
「さすが、アキム様、ご理解がお早い。さすがですわ」
「僕の肩で甘えないでください」
ミアを押し離し、僕は、『なぜここから』なのかを考えてみるが、微塵もイメージがわかない。
振り返ると、執事のヘルマンから渡された冷えたタオルでカリアは顔を拭いている。
僕はそのカリアの前に膝をつき、落ち着いた声で尋ねてみた。
「……あの、その、彼女は、どういう流れで、どこに向かっていたと思いますか?」
唐突な質問だったようで、カリアの表情が一瞬固まった。
もう一度伝え直そうかと、口を開きかけたとき、
「……あくまで憶測ですけども」
カリアの声が慎重に言葉をつないでいく。
「その時間は、侍女が一回客室回りをすることになっているんです。なにか異常はないかの簡単なチェックです。チェックするのは、誰がするとは決まっていませんが、チェックするときに、伝言板にどこの部屋を見たと、書き込むことになっています」
カリアが前掛けのポケットから取り出したのは、手のひらサイズの伝言板だ。
そこにはグレースからの連絡として、『1階の客室を見てきます』と書いてある。
メッセージを書き込むと、日付と時刻も自動的に書き込まれるようになっている。
彼女の書き込んだ時刻は、20時12分。
現在の時刻は──
「20時47分……」
『30分以内の犯行ってことか?』
「あら、そんなに短時間だなんて。なかなかですわね」
ミアのいう、『なかなか』に僕も同意だ。
短時間で切り落とし、さらに、これだけの腐敗が進んでいるとは……
「私はこれを見て、完了した連絡が30分経っても来なかったもので、様子を見にきて……」
そう続けたカリアは、部屋の奥に視線を飛ばした。
彼女の位置からは部屋の中までは見えない。だが、まぶたの裏に映ったのだろう。
背を丸めて、布を口に当てている。
すぐに庭師のマシューが走ってきた。
初老のような見た目だが、足腰は丈夫なようだ。
僕に帽子をぬいで頭を下げると、ヘルマンとカリアにも同じように頭を下げて、部屋を覗きこんだ。
「そんな……」
そういったマシューの背を追いかけてきたのはセオだ。
大きな革布を運んできたようだ。
「また死体って本当ですっ?」
床に持ってきたそれをおろしながら言うが、すぐに匂いで気づいたようだ。
「うそだろ」小さい声が聞こえる。
そっと部屋を覗き込み、「おんなじ場所かよ」雑に言い切る。
彼の口ぶりから察するに、それほど人の命の価値が高くない地域の出身のようだ。
昼間の驚きは、今までなかったモノへの驚きだったのだろう。
「もう、移動しても」
セオは僕をみながら軽くシャツの袖を引き上げた。
不意に現れた左手首に、黒い刺青がぐるりと巻きついている。
普通の人には何の変哲もないただの刺青だが、魔力のある人間が見れば、続け文字で描かた紋様だとわかる。
間違いない。彼は、少数部族・ライヴァス族だ。
10歳の誕生日を迎えると、部族の長が魔力を込めて刺青を入れる。さらにその刺青は魔力を増幅させるともいわれ、戦争の際には数多の英雄が彼らの部族から生まれた。
現在は過去の栄光とは真逆の、人殺しの部族として知名度があり、刺青も入れなくなったと聞いていたが、こんなところにいるなんて……
「まだ、その、魔術かかってない、とかですか?」
「いえ……あ、僕も手伝います」
僕は喉の奥で微笑んでいた。
ライヴァス族は、古代魔術が生活基盤になっている部族でもある。
──容疑者に一番近い人物だ。
すかさずセオとマシューで抱えた彼女を僕も横から添えにかかる。
セオの横につき、小声で尋ねた。
「北部のご出身ですか?」
セオは軽く振り返り、驚いた顔をしながらも、白い歯を見せてくる。
「訛り、出てました? さすが、バラ騎士様ですね」
「……ええまあ」
僕は左手首を見てやる。
無詠唱で魔法を唱えられる僕の視線は、少なからず魔力を帯びている。
テオの手が一瞬緩み、真顔になった。
「しっかり持て、セオ!」
「……へい」
マシューとセオで革袋に入れてくれたのを確認すると、手際よくテオが三輪車に彼女を積み込んだ。
横を去る隙に、
「……あとで、部屋に行きます」
小声で僕にしか聞こえないよう、目すら合わさず言われた。
僕はうんとも頷きもしなかったが、微動だにしないのを「イエス」と読み取ってくれたようだ。
セオは少しだけ顔の緊張を解き、息のあったペースで遺体を運んでいく。
きい。と軽い音を立てながら正面玄関が閉じられた。
彼らの移動ルートをイメージするに、裏庭に続くドアはない。
厨房にはついていそうだが、庭師が移動で使える場所はない。
となると、みな正面玄関から出入りしているのだろうか?
改めてこの屋敷の図面も必要になると思いつつ、アキムは検死をすべきかどうか迷っていた。
終わらしておこうかと考えたとき、
「アキム様、結婚式は行いますので」
ヘルマンはカレンの肩を支えながら執事室へと戻っていくが、それだけ言い残していった。
あまりの言葉の重さに、僕の心臓は落ち着かない。
ダメ押しのひと言が耳の中をリフレインする。




