うぇどのつきもの
それから時が流れ、そろそろ明治時代を迎える準備に取りかかろうか、いや別にまだいいでしょという瀬戸際、世に言う幕末。うぇどにつきものなのは火事と事件とはよく言ったもので、ひとたび事件が起これば岡っ引き、つまりは警察官の出番である。
「はいは〜い。ちょっとどいてくださいよ〜」
人混みを掻き分けて現場に入ってくるのは、精悍な顔つきながら涼し気な目線の好青年。結われた髷は整っていて、藍の着流しも品よく着こなされている。腰に携えられている十手の鈴がちりんと鳴り、腰を下ろした先には、仰向けに倒れた女の身体。身なりからすると商家の娘か、派手ではないが高そうな生地のようで、血を浴びた下で縫製の糸が赤黒く光を反射している。彼はゆっくりと手を合わせた。
「首筋を掻っ切られたか。物盗りの犯行……にしては抵抗された痕跡も無い。これはひょっとすると……」
と考えを巡らせている後ろで、何やらどよめきが起きていた。思わず青年が振り返ると、言い争うような声。その内の片方の声に、彼は聞き覚えがあった。
「いいじゃんかよお侍さぁん! ちょっとぐらいその立派な胸筋触らせてくれても! 筋肉自慢はやっぱり人に見せつけてこそ価値があるもんだろ〜?」
「この無礼者がっ!! 何だその手つきは! 明らかに痴漢しようとしてるのが目に見えとる!!」
「痴漢なんて人聞きの悪いこと言うなよお侍さん! 日々のトレーニングの成果をこの手で確かめたいだけだぜ? きっとお侍さんの臀筋もいい感じに仕上がってるに違いねえ! どうでい? その道のプロたる俺が、お侍さんに特別なトレーニングをゲヘヘへ」
下卑た笑いを浮かべる男の腰にも十手が。裾が捲り上げられ、開いた脚の真ん中が、半股引越しにも分かるほど盛り上がっている。侍が刀に手を掛けようとしたまさにその時
「はいごめんなさいねー。うちのバカがご迷惑かけまして」
と、男の頭頂部に拳を打ち付ける青年の姿があった。
「痛ってぇ!! 何しやがる半助!!」
「ほらお侍さん、行ってください。こいつのことは私がよーーーーーーく躾けておきますんで」
侍は助平な男を睨みつけて唾を吐くと、足早にその場を去っていった。
「ああ〜!! 行かないでくれぇ!! せめて褌の色を教えてく」
「お・ま・え・は!! 仕事だっつーのに毎度毎度飽きもせずセクハラとナンパを繰り返しやがって! 一度お前が刑務所に入ってみるか!?」
涼し気な青年に似つかわしくない怒号と、鋭く刺すような目線に、思わず怯んだのは周囲の人間も同じだった。
「いや半助、俺は殺伐とした空気を和まそうとだな……」
言い訳を始める相手に、半助と呼ばれた青年は、男の首根っこを掴み、反転させる。
「いいか平次。事件現場ってのは殺伐としてるもんだ。マジメに実況見分と聞き込みをしろ! もしサボったら……分かってるよな?」
平次は渋々、今回の事件の被害者の元へ、とことこと歩いていった。
「……なんでぇ……女か……。つまんねぇなぁ……。これがイケメンとかだったらやる気出るんだけどなー……。かと言って死んでちゃナンパも出来ねえし……」
半助の大きな咳払いに、平次はびくりと背中を震わせた。
「ったくよ〜……。鬼に睨まれて集中出来ねえよ……。えっと、誰かこの娘を知ってる人はいねぇかい?」
一人の、盥を担いだ男が手を挙げた。
「あそこの松屋さんとこのお嬢さんじゃないか?」
「ほう、お前さんは?」
「鰻屋だ。松屋さんは俺のお得意さんでね。間違いない」
平次は鰻屋を舐めるように見つめ
「鰻屋ねぇ……。俺の鰻も活きが」
半助の十手が飛んできた。
「いってぇ!!」
「事件と関係のねぇやり取りは要らんから捜査を進めろ変態!! それとも貴様の活きのいい鰻を斬り落としてやろうか!?」




