昔むかし
時は江戸……だった。
徳川家康の開いた幕府の三代目将軍となる家光の世に、本来幕末に来るはずだったペリー提督が黒船を率いて来航してしまった。さぞかし鎖国政策ガチガチかと思いきや、黒船軍団を見た将軍は
「カッコいい〜!!」
と大はしゃぎ。その上男好きとも知られる将軍様、上陸してきた海軍らがイケメンすぎて鼻息も荒く、ペリーからの
「開国シテクダサーイ」
を二つ返事で認めてしまい、アメリカ軍人さんたちとの享楽を夢見てあっさり開国。いきなり明治時代に突入かと思われたその時異を唱えたのは、時の大老で家光の信頼する家臣、井伊直孝その人であった。
「殿、いくらなんでもここで明治時代に突入しては歴史的な意味でご子孫に申し訳が立ちません! せめて十五代みっちり江戸の雰囲気を押し通していただかないと!!」
「えー? でも開国したら明治時代にしないと、文明開化の音がしなくなっちゃうよ? それにあんなグッドルッキングガイたちと遊べたらムフフフ」
直孝は
「はあ……。最早メリケンに染まりおって……!」
と嘆くより他に無く、それでも
「また男遊びばかりしていては福殿に叱られますぞ。こうしている間にもどこで聞き耳を立てているやら」
と、家光の最も畏れている名を呈し、将軍に口を押さえさせる。
「て言われてもさ〜。じゃどうすんの? このまま『江戸時代』を続けるには大きな出来事過ぎない?」
「その大きな出来事をマッチョ連中に目が眩んで軽々しくOK出したのは他ならぬあなたでしょうが!!」
直孝に扇子を向けられ、家光はたじろいだ。
「だってだって! 逆にアレ、あんなすごい船で来てるのに追い返せると思う!? あの真っ黒ででかいやつがいっぱい!! あんなのでドッカンドッカンやられたらマジ無理じゃん!! 国ごと潰れるって!!」
それ以上にイケメンに惹かれたけど、という言葉は呑み込む。直孝は大きく息を吐いた。
「……確かにそれは仰るとおりです。あれほどの船に我が国が太刀打ち出来るとは到底思えません。殿の男色癖が原因とはいえ、開国と改元は致し方ないと私も思います」
「男色癖とか言うな。大体この時代、ホモはむしろ高尚で上流階級の嗜みだぞ? それなのにあのホモフォビアの、男のロマンが分からん小言の局に、大奥とかいう愛憎渦巻く女の戦場造られて、思う通りに遊べなくてストレス爆上がりだよ……」
「ホモフォビアの男のロマンが分からん小言の局が入ります」
突然の襖の外からの声に、将軍家光は震え上がった。
「お盛んなのは結構ですが、ご不満はお世継ぎが出来てからよーっくお聴きします」
眉の釣り上がった笑顔の女官が、襖を開けての伏せのご挨拶。家光は後退り、それに合わせて乳母が顔を上げて入り込んだ。
「殿、お話はどうなりました?」
「あ、ああ、うん、まあ、開国するよ。改元も」
「まあ。それではもう明治を迎えると? これから十五代までの長い時代を築いていくはずの幕府が、三代目で終焉を迎えると?」
春日局こと福の、蛇を思わせる目が、家光という蛙を硬直させた。代わりに直孝が補足する。
「それが問題なのだ。さすがにそれでは殿のご子孫に申し訳が立たんし、どこかでお家断絶なんてことにもなったら、水戸黄門が出来なくなってしまう」
福は直孝の補足を聞くや、ゆっくり首を傾げた。真っ直ぐ直孝を見つめる目も相まって、直孝には動く人形に見え、肝が冷えた。
「わたくしに案がございます」
福は黒い歯を見せつけて怪しい笑みを浮かべ、更に男二人を震え上がらせた。
「な、何だ、福」
家光の問に、福は顔だけ突然家光に向けた。
「明治は早すぎるから江戸っぽく、だけど改元するのであれば、是非『うぇど』にしましょう」
『……うぇど……?』
家光と直孝は鸚鵡返しするや、黙したまま顔を見合わせ、家光に至っては
「ださ……」
と口走ってしまった。福の顔が無表情になり、再び家光と目を合わせたまま、高速で畳を這い、目の前で家光の顔を覗き込む。
「お気に召しませんでしたかぁ〜? わ行には確かに『ゑ』という字もございますが、どうせ変体仮名として弾かれることになるでしょう? それとも、そもそもこの時代でさえ読み方は『え』が主流だから今更『うぇ』は古ぼけた時代遅れの匂いがすると? 鎖国とかいうグローバリズムと全く真逆の政策を提唱しながら外国の男に目が眩んだ殿が時代を語ろうとは、このわたくしは」
こうして江戸時代は終わり、新たにうぇど時代の幕開けとなったのであった。




