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異世界農楽集  作者: 夢忌無意味
第七章 農楽談儀
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農林「天」

「ところで、育種って何? あたしの前で専門用語を使うときは、ちゃんと解説もして」

 ティターニアさん、ヴィヴィアン、アナベル、カーモスを連れ、件の苗代に向かっていると、聖女様からそうクレームが入った。


 ちゃんと説明したって、聞いてくれないくせに!


 僕がどう説明しようか少し考えていると、専門家であるティターニアさんがその解説の初っ端を請け負ってくれた。


「生物は進化の過程で、集団中の個体に突然変異が絶え間なく起こります。その結果生じた変異は子孫に遺伝するので、長い年月の間に集団中に蓄積され、個体間に多様な遺伝的変異をもたらします。たとえば人間でも、背丈、肌の色、運動能力などに様々な特徴がありますよね」

 カーモスは、ティターニアさんの言葉にふんふんと頷いた。


「人間社会では狩猟採集生活が終わって、定住生活と農耕が開始されると、野生植物から食用に利用できる植物を栽培するようになり、それが栽培植物と呼ばれるようになったんだ。そして植物の集団のなかから、少しでも収量の多い個体を選別して栽培していった。これが育種の原点なんだよ」

「ふーん。要は人間に都合のいい農作物を見つけるのが、育種ってことね。品種改良みたいなものかしら?」

 いつも聞き流す僕の言葉にも、カーモスはしっかりと耳を傾けてくれた。


 ティターニアさんがいるとちゃんと話を聞くようになるのか。不思議。


「そう理解して頂いて構いません。生物がもつ性質ないし状態の中で遺伝によって決定されるものを形質と言います。たとえばイネであれば、もち・うるち性、芒の有無、稈長、早晩性、病害抵抗性、冷害耐性、収量などが形質です。この生物の形質を望ましい方向に改良するのが育種、その原理・技術を研究するのが、育種学というものなのです」

「なるほど、よくわかりました。リヒトよりも分かりやすい説明だわ」

 ティターニアさんの解説にカーモスはそう呟いた。


 僕は少しだけ傷付いた。


「ーーこの苗が、僕がインウィクトゥス帝国大学の農林学部で作り上げた『農林“天”』という品種です。ティターニアさんが生み出したオリーゼは、飢餓を減らすことを目指したものですが、僕は農村を守るために、この種を作り出しました」

「農村を守るとは、どういうことです?」

 ティターニアさんは、今のところ順調に育っている“天”に触れながら、僕を見た。


「ハチで育ててみて分かったのですが、オリーゼは寒さに強く、また穂の重量で倒伏が起こってしまわないように稈が短くなっています。そのため、肥料を多く与えればその分だけ多くの収量が期待できる……そうですよね?」

「ええ、その通りです。ハーマキャのように農地に適した平地が少ない山間にある村では、単位面積あたりの収量をいかに増やすかが課題になります。肥料の入手が困難な貧しい農村の痩せた土地でも一定の収量が期待できますが、その真価は肥料への感応性の高さにあります。そして、多く稔った穂を支えられる太く短い稈も、特徴です」

 とても理に叶っている。しかし、それには農村と農民を疲弊させる問題も潜んでいる。


「農林“天”はその逆に、名前の通り、天に向かって伸びるような背丈の高い稲です。そのため、肥料が多過ぎれば稔った穂の自重で倒伏が起こりかねません。そもそも、肥料への感応性がとても低いのです」

「……どうしてそんな種を創ったのですか?」

 ティターニアさんをはじめ、そこにいた皆が首を傾げた。


「“天”は、ですから肥料をほとんど必要としません。そのため、土地の地力を奪わないのです。農民は肥料の購入による経済的な負担を負わず、農村の地力も消耗しません。土壌環境への負荷を最小限に抑えることが可能です」

「確かに……オリーゼを導入した地域では、肥料を与えれば与えるだけ収量が上がるために、農民の方々のなかにも欲が芽生えました。豊作をあてにして借金をしてまで肥料を購入したり、不必要に多く施肥したため土地の環境が変わってしまったり……」


「そういった負の部分の責任をティターニアさんやオリーゼが負う必要は、もちろんありません。人の欲というものは度し難いものです。“天”は、その欲を少しでも軽減させることを目的としています。人間が自然を収奪することがないように……」

 自然と人間がお互いに助け合う、ハーモニーの世界に。


「リヒトって、ときどき物語とかの黒幕みたいな思想を垣間見せるわよね。優しい性格ってのも度が過ぎれば考えものだわ」

「確かに。一歩間違えれば闇堕ちして、恐怖で平和な世界を築き上げようとするタイプの魔王になりそうだわね。アタシたち年長組が、ちゃんと見ててあげないと」

 カーモスとヴィヴィアンが、後ろでコソコソと話していた。微妙に聞こえてるぞ。


「そして何より、味が良いのです。毎日この米だけを食べていても、決して飽きるのとがない。『農林“天”』はそんな種なのです」

 僕は、胸を張ってそう言った。

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