鉢植亀
「美味しかった……クララさんとウンゲツィーファさんは、あたいのいのちの恩人……」
屋敷に帰ると、3日ぶりの食事にありつけたアナベルが、二人に繰り返し感謝の言葉を述べていた。
「アタシも助かったわ。それにしても、クララの料理の腕前は大したものね。宮廷の料理長かと思っちゃった……ツィツィも、アナに大事な虫を分けてくれてありがとうね」
「どういたしまして。お役に立てて何よりですわ。昆虫食というものは敬遠されがちですが、たんぱく質が豊富で味も悪くありません。もっと多くの人にその良さを理解して頂きたいと思っていましたの」
ウンゲツィーファは、そう言って膝の上に置いた虫籠を自分の子どものように撫でていた。というか、もう渾名で呼ぶほど打ち解けたのか……ツィツィって。まぁ、ウンゲツィーファよりだいぶ呼びやすいけど。
「おかわりをお持ちいたしましたよ……あらリヒト様、ティターニア様、おかえりなさいませ。お二人もお食事にいたしますか?」
クララの手には、ほぼ形が残ったままのコオロギが盛られた皿が。
アナベルはそれを、スナック菓子のように美味しそうにぽりぽりと口に運んでは咀嚼していた。
「ひっ……」
ティターニアさんはそれを見て微かに体を震わせ、隣の僕に聞こえるかどうかの小さな声で悲鳴を上げた。
「……ありがとう、クララ。でも、僕達はもう少しあとにするよ。アナベル達の食事が終わったら、鉢植亀のところにいるから呼びに来て貰えるかな?」
「かしこまりました。それでは、後ほど」
僕はティターニアさんを伴って、部屋を出た。
「……もしかして、ティターニアさんは昆虫が苦手なのですか?」
「お恥ずかしい話ですが、少しだけ。お気遣い頂き、感謝いたします」
ティターニアさんは、ほんとうに恥ずかしそうに、顔を僅かに赤らめて僕に頭を下げた。
国家と同等以上の戦力を持つという七妖に対して、少しだけ親しみやすさを感じた。
「ーーこちらが、育種研究のための部屋です。といっても、設備はほとんどありませんけど」
僕は、屋敷に併設された植物園ーー現在は、ハチの飼育小屋兼品種改良のための研究施設にしているーーへとやって来た。
「カメー」
ハチは僕を見つけると鳴き声を上げながら、丈高く育った背の稲を揺らしつつ歩み寄ってきた。
「これは、珍しい……亀の幻獣ですね」
「はい。未発見の種族であったので、鉢植亀と名付けました。愛称はハチです。ご覧頂ければお分かりになるかと思いますが、背の甲羅に空いた穴で植物を育てることが可能です。鉢植亀と植物とは共存しており、食物が無いときは背中の植物が光合成によって作り出した栄養を受け取り、逆に鉢植亀の方の栄養状態が良好であれば植物は通常よりも最大25倍の速度で成長します。それも、天候や気温にほとんど左右されることはありません」
単位面積あたりで考えれば、技術の最先端を駆使したハウスでの水耕栽培にも劣らない生産力である。まあ、一回の収量は僅かしかないのだが。
「25倍……もしそれが本当であれば、理論上は一年間に複数回、種の交雑を試行することができます。通常何十年とかかる理想個体の創出が、僅か数年で可能になる。このような幻獣がいたなんで、私もはじめて知りました」
ティターニアさんは、ハチを撫でながらそう呟いた。もしかしたら、鉢植亀の原種について何か知っているかもと思ったのだが……。森林地域が原産という訳ではないらしい。
このままだとハチは、ガラパゴス諸島ピンタ島のロンサムジョージよろしく、ひとりぼっちのまま生涯を終えることになりかねないかもしれない。
それは少し可哀相だなぁ。
「僕は、ティターニアさんとは違って育種の方は専門ではないのですが、ハチがいてくれたおかげで、帝都にいた数年の間に、いくつか良い稲の種を作ることができました……ただ、耐寒性に不安があるため、オステンヴォルケの気候でもちゃんと育つかどうか。もし良ければ明日、実際に苗を見ていただけませんか?」
「ええ、もちろんですとも。楽しみにしています。リヒトさんがどのような種を創られたのか、私も知りたいです」
育種学者の意見が聞けるのであれば心強い。ティターニアさんのオリーゼと僕の創った種。
2つの種がオステンヴォルケの秋を彩る未来を、僕は思い描いた。




