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異世界農楽集  作者: 夢忌無意味
第五章 種まき桜の満開の下
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夜の土


 さて、ヴァッハフォイアー辺境伯領側の要求は、大々的な回収は人目につかない時間に行うこと。人員の斡旋、馬・荷車の貸付、インフラの整備、賃上げなどの交渉はそちらの要求をかなり反映させる心積もりであるので、早急に回収量を増やして欲しいということであった。


 これは疎水事業が現実味を帯びてきた。しかし現状ではまだこちらに対応できるキャパシティがないので、今後継続して協議を進めることになった。


 ヴァッハフォイアー辺境伯領での事業が成功すれば、将来的に他地域での事業参入も視野に入る。とは言え、いまは目先のことを考えなくてはならない。


 今日は特に屎尿の排出量が多い宿屋や歓楽街を重点的に回収を行う。こういった富裕層や栄養状態が良好な人間が集まる場所から出た屎尿は、そうでない地域よりも格段に肥料にしたときの質が上がるため、優先度は自ずと高くなる。


 貴族はうんこまで貴くなるのである。


「お話しした通り、軍隊糞虫(アーミースカラベ)は貴重な魔蟲ですから、可能な限り人目には触れさせないようにしなくてはなりません。また、屎尿を移動させると間違いなく臭いが巻き上がります。ですので辺境伯領側の要望通り臭気の被害を最小限に抑えるため、回収は夜間に行います。そして明け方までにノルマ分、屎尿500キログラムを回収。オステンヴォルケへ帰投します」


 そういえば、かつてイギリスでは屎尿は(ナイト)(ソイル)と呼ばれていたそうだ。


 ヨーロッパの糞尿は、パリでは街路に投げ捨てらる“フライング・トイレット”という投棄のされ方がなされ、イギリスでもテムズ川に垂れ流され、悪臭や河川汚染が病気の温床になるなど、かなり大きな社会問題になっていた。


 一方で近年の研究によって、イギリスでも人糞肥料(下肥)の利用が行われていたらしいことも分かってきた。「下肥」は「Night Soil」、それを運搬する人は「Night Man」と表記される。

 夜に運ばれるから「夜の土」、あるいはその色の黒さから「夜の土」と呼ばれていたらしい。


 同じうんこでもオシャレな響きである。 

 


 閑話休題(あだしごとはさておき)


 近世の日本にしてもそうだが、こうした下肥の活用の裏には、都市における廃棄物処理の組織化、農業における施肥技術の経験や理論の蓄積、都市と近郊農業地域の間の交通機関の発達が不可欠であった。


 施肥については僕の知識とカーモスの魔法があれば問題はない。しかし、廃棄物処理組織としては人手不足が深刻である。交通機関に至っては、財政赤字のオステンヴォルケでは手の施しようがない。


 まずは辺境伯領に上手く寄生……ではなく共生関係を築き、財政面での懸案事項をクリアしなければ。


 来年の同じ時期、どこまで解決できているだろうか。そんな鬼が笑いそうな未来のことを考えた。


「作業開始は酒場の営業が終わる夜12時。朝市のはじまる朝七時の一時間前までに作業は終了させます。あと五時間ほどありますので、食事を済ませ仮眠でも取りましょうか」

 僕らはそうして英気を養い、日付が変わった頃、第一回「夜の土回収作戦」を実行した。


 事前に30匹程にまで繁殖させた軍隊糞虫(アーミースカラベ)を、人のほとんど居なくなった歓楽街に放す。路上に投棄された糞はこれで問題なく回収できるはずだ。


 歓楽街表通りの裏にある細い川には、その処理能力を超えて投棄された「夜の土」が溢れていた。ひとまず、これは手作業で柄杓で肥桶に汲んでいった。

 

「うーん。これでは効率があまりよくない。建屋ごとに桶を配った方がいいのか?」

 これは要件等リストに追加だな。


 東の空が白くなり始めたころ、無事ノルマは達成した。この歓楽街表通りという狭い区画だけでいえば、そうとう衛生状態と汚臭は改善したのではなかろうか。 


「さて、それじゃあオステンヴォルケに帰ろうか」

 僕はウンゲツィーファの言い付け通り、軍隊糞虫が直ちに帰投するフェロモンを塗った箱を開いた。スカラベの大群は箱にみっちりと収まり、集合体恐怖症の人が見たら発狂するような状態になっていた。


 30匹ほどしかいなかったのに、この数時間でほぼ倍くらいに増えている……ネズミ算的に考えて、純粋な回収能力だけでいえば、ひと月ほどで辺境伯領全域をカバーできる数になるのではないだろうか。


 増えすぎても何か問題があるかもしれないので、すこし数を調整する必要があるかもしれないな。


 そんなことを考えながら、夜の土を満載した馬車で、オステンヴォルケへ帰った。

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