姫君との約束
彼女は小屋の戸棚から宝石箱を取り出すと、そっと、蓋を開いて見せてくれた。
「宝石……いや、これは繭?」
宝石箱の中には、パールやサファイアのような丸い宝石のような繭が、いくつも入っていた。
「そう。これは宝玉蚕の繭よ。宝玉蚕は、宝石を食べて繭を作るの。解けば、宝石でできた絹糸が紡げるわ。ある国の商人が父に売り付けたものを私が貰って、殖やしたの」
「すごいや……もしかしてウンゲツィーファは、テイマーの才能があるの?」
特別な動物や昆虫を操るには、魔術とは別に調教術というスキルが必要だ。王族の血統であっても、滅多に持っている者はいないという。
「そうみたい。だから、魔蟲愛づる姫君って渾名なの」
「素晴らしい才能だよ。やっぱり君は特別なんだね」
彼女は被っていたベールを脱いで、僕に差し出した。
「ここの蝶の刺繍、真珠の絹糸でしているの。風に舞う鱗粉はサファイアで。どうかしら」
「凄く素敵だよ。本当に……これを被ったいた君は、お伽噺のお姫様みたいだったよ。この刺繍って、もしかして自分で?」
ウンゲツィーファは誇らしそうに胸にベールを抱いて、微笑んだ。
「ええ、そうよ。好きなの。刺繍したり、糸を紡いで何かを編んだりするの」
「すごいね。君といると驚くことが沢山あって退屈しないよ」
「私も、貴方のようなお友達が出来て、うれしいわ……そうだ」
そう言って、彼女は別の宝箱を開けると、一本の輝く白い紐を取り出した。
「これ、髪結いのための紐。ムーンストーンでできた糸で編んでいるの。王子さまへの贈り物よ。友情の印に。貰って下さる?」
「もちろん。でも、こんなに素敵なもの、僕が貰っても?」
「うん。その為に編んだのだもの。貴方は髪が長いから結んであげる。もっとこっちへいらっしゃって」
僕はウンゲツィーファの側に座って、髪を馬の尻尾の様に結って貰った。ときどき、彼女の細くて柔らかい指がうなじに触れて、擽ったかった。
「……今度会ったとき、御返しがしたいのです。何か欲しいものはありますか? 何でも言って下さい」
「本当に、何でも言っていい?」
「うん。こんなに素敵なプレゼントを貰ったんだから。当然ですよ」
僕がそう言って頷くと、ウンゲツィーファは宝玉蚕を手のひらに這わしながら呟いた。
「私は虫籠の中の蚕なの……」
「籠の中の鳥ではなくて……?」
「蚕はね、完全家畜化された唯一の昆虫なの。何世代も何世代も、人の手によって手厚く育てられたことで、普通の虫が出来ること全部、出来なくなってしまったの。自分で食べ物を取ることも出来ない。葉にしがみつく事もできずに、風が吹くとすぐに飛ばされて、落下の衝撃で死んでしまう。羽化したとしても体が重くて飛べはしない」
「……なんだか籠の中からでない方が良さそうに聞こえますけど」
「それでもね、蚕は人の着物を作るためじゃなくて羽化するために繭を作るのよ……だから、私もいつかきっと。ねえ、光の王子さま……」
「はい、なんでしょうか。虫愛づるお姫さま」
「もし本当に何でもお願いを聞いてくれるのなら……いつか、私に外の世界を見せて欲しいの」。
――そうして、僕はそんな幼い日の約束を守るため、このたびヴァッハフォイアー辺境伯邸を訪れたのである。




