繭出ずる姫君
明くる晩のパーティーは、より婚約御披露目の色味が強く、昨日の列席者に加え、婚約者である某侯爵令嬢の関係者が多く見られた。
辺境伯に伴われてウンゲツィーファ(この名で彼女を呼ぶのは少し憚られるが、当人は渾名も含めてむしろ気に入っているとの事なので、こう呼ばせて頂く)が会場へ入ってきた。
彼女は広間の明かりから身を守るように、白い丈長のドレスの上から、白いシルクのショールを纏い、頭には白いベールを被っていた。
「リヒト殿下。これが娘のウンゲツィーファでございます。光に大変に弱いので、このように何重にも布地で肌を隠しております無礼をお許し下さい」
辺境伯はそう言うと、ウンゲツィーファに挨拶を促した。会場の興味の視線は、主役の兄君と侯爵令嬢達から、僕たち二人に移っていた。
「こんばんは、リヒト殿下。こんな風にして約束を守って下さったのね。この部屋の明かりの下では、貴方の素敵なお姿は眩しすぎて見ることができないのですけれど、会えて嬉しいわ」
ウンゲツィーファは感情に乏しい平坦な声ながら、僕との一日ぶりの再会を喜んでくれた。
「ええ。ですが、お身体の事情を知りもせず引っ張り出してしまったようで申し訳ありませんでした」
「お気になさらないで。このベールを被っていれば、少しくらいは平気ですのよ」
そう言って、ウンゲツィーファは顔を覆う布にそっと触れた。その僅かな風で、体を覆っているショールがふわりと舞い上がり、やがて元に戻った。
「そうしていると、蝶になるのを繭の中で待っている蚕のようですね。良くお似合いですよ」
「あら、素敵な褒め言葉ね。私、蝶になる虫のなかでも蚕が一番美しいと思っているの。そう言って貰えると、嬉しいわ」
小さな二人の子供の会話に、会場が耳を傾けていた。ウンゲツィーファは、奇異の目で見られはするが、忌避されるという感じではなさそうだ。
――「光の皇子と話をしているのは、誰かしら?」
――「辺境伯秘蔵の、魔蟲愛づる姫君だよ」
――「あら、本当にご息女がいらっしゃったのね。ただの噂だと思っていたわ」
そう囁き合うのが聞こえる。辺境伯を見ると、少し周囲の反応を気にしている様だ。そこまで、彼女を疎ましく思っている訳でもないらしい。
「リヒト。折角、同じ年頃の友達ができたのだから、二人で遊んでいると良い。どうです、辺境伯?」
「ええ。それが良いでしょう。ウンゲツィーファ。殿下に邸を案内して差し上げなさい」
彼女は辺境伯がそう促すのに従って、僕の袖を引いて会場を出た。
「私、パーティーって初めて。あんなに沢山の人がいるのね。ちゃんと見た訳じゃないけれど、篝火に羽虫が集まっているみたいだったわ」
「君は、いつもあの蔵のような部屋にいるの?」
辺境伯家であれば、自宅でのパーティーはそれなりの頻度で行われていることだろう。 邸の中に居れば、嫌でも目につくと思うが。
「御父様が、あの蔵に居なさいって」
「閉じ込められているの?」
「そうなのかも。でも、ちっとも嫌じゃないわ。あの小屋の方が、虫と遊ぶのに都合が良いのよ」
ベールの下で、彼女は誇らしげに笑っているような気がした。
強がりではなく、本当に虫が好きなのだろう。彼女は、良くも悪くも嘘を言うような性格ではなさそうだから。
「でもね、御父様や御兄様が催しているパーティーのことも、ほんの少しは気になっていたの。だから、貴方が御父様に言って、あの部屋から連れ出してくれたことは嬉しかったわ」
だからこの言葉も、きっと嘘や気遣いではないと、そう思いたい。
「昨日、とっておきの虫を見せてあげるって約束したでしょう」
明るい邸の中よりも、暗いところの方がウンゲツィーファにとって快適ということもあり、僕たちは昨日と同じく邸の裏手にある蔵に入った。




