王子のその後
『わた、私はそんなっ!殿下に虚偽なんて言っておりません!そうでしょう殿下?!私、オフィーリア様が私に何かしたなどと、言っておりませんっっ!そうですよね?』
恐怖に顔を引き攣らせながらも、最後には口角を上げた、庇護した気でいた女の弁明する姿が浮かぶ。
「くそっっっ!あの女さえっ!あいつさえっ……!」
『躍起になられても、娘は帰ってきませんがね……』
射る様な目で貫かれた宰相の最後の眼差しが、苛立ちの色を変えさせる。
「すまないっすまないっっ」
『私は何もやっておりません!』
涙をこぼして捕らえられた、悲痛な姿に手を伸ばすが届かずに宙を掻く。
「オフィーリア……オフィーリアっ!」
腕が過ったがオフィーリアは花びらに覆われて、幼い日のオフィーリアに姿が変わる。
『およめさんに……』
「オフィー……リア……っ!」
大切だと感じたことは嘘では無かったはずなのに、あの日からやり直せたらと願望が見せる幻は
『 もうなれないね 』
「ぐぅぅっっっ……すまない……」
「ぅ……ぅ゛あああああっ!」
絶叫を上げて身体を起こした。
今日もまた過ちの夢と、苛む声が聞こえる。
「ハァ……ハァ……ハァ……くそっ、すまない、すまない……知らなかったんだ……!」
まだ明け切らない時間にこうして飛び起きるのは何度目だろう。
あの葬儀の日から、まともに眠れない日々が続いている。
寝台の上で懺悔を繰り返すうちに、日が差し込み薄らと部屋が明るくなってくると、使用人が朝の身支度のために静かに入ってくる。
殿下の顔を見るなり、表情を一層暗くする使用人に目もくれずに、ぼんやりと窓の外へ視線を向けていた。
どうしてもっと周りの言葉を聞いて知ろうとしなかったのか?
どうして簡単に惑わされて、気づかなかったのか?
幾つもの後悔が降り積もって、息が苦しくて仕方がなかった。
最初は好ましく思っていた。
一緒に勉強を頑張る姿も、笑顔で励まし合った。
同じ菓子が好き、同じ香りが好き。
幾つもの共通点を見つけては、くすぐったく思った。
それは成長するにつれて、少しずつ変わっていった。
厳しいと評判の教師に褒められていたのが羨ましいと思った。
彼女の周りには、いつも彼女を慕う者が多く集まった。
はっきりと注意されることが増えた。
長い時間共有して、同じところを見つけていったはずなのに、いつの間にか違うところばかりを探してしまっていた。
「どうして……」
答えを探して考えに耽る。
その時、胸の奥底にあった小さなものに、ようやく気づいた。
「あぁ……そうか……俺は…………」
信じられない思いで、その気持ちを噛み締める。だけど、もう目を逸らすことができない。
目からは失望の涙が溢れる。抑える様に手で顔を覆うが、隙間からは止めどなく涙が溢れていく。
「俺は……君に嫉妬していたのか……」
コトリと胸の奥で音が鳴った気がした。
父である国王に呼ばれ、応接室へと向かう。
入った先では、父と母がソファーへと並んで座り、息子の到着を待っていた。
「遅れました」
「いや……またやつれたか?ちゃんと寝てるのか?」
「…………。ご用件は」
「ええ、そろそろ二ヶ月も経つことですし、新しい婚約者を選定しておかなくてはならないでしょう?王室に入るための勉強もありますし」
やつれた息子を前に、取り繕った笑顔で用件を述べた王妃だが、息子はピクリとも反応を返さなかった。
「……両陛下にお願い申し上げます。私は二度と婚約者を持つことを拒否します」
「なっ!それではどうやって血を繋ぐのですっ!」
「その役目は弟にお願いいたします。私は辺境でも何処でも構いません。将来は臣籍降下し、臣下としてこの国を支えます」
「お前は王家としての義務も権利も全て放棄するというのか!」
「どうしてそんなっ!」
息子の宣言を聞いた国王夫妻は、カッとなって息子を問い詰めるが、その昏い瞳に見返されると息をのんだ。
「私には無理だ……誰かの手を再び取るなど……抱ける気もしない。ハハ、無理でしょうこんなでは……どうしようもありません」
「お前っ……もう忘れろ。不幸な行き違い…事故だと思え」
「無理です。私が、無知で愚かな私が、大事な人を死なせました。事故などと、思えるはずもありません」
「どうしてそう頑固なの……苦しいだけではこの先どうしていくつもりです?一人きりでどうするつもりなの。忘れる努力も必要ではなくて?」
「いっそ私の事をお忘れください。王家の一員として公務は致します。それ以上は……」
俯いて唇を噛み締めた息子の手が、震えていることに気付いた国王は、これ以上は言うまいと「もう良い下がれ」と声をかけた。
ゆらりと立ち上がった殿下は、臣下の礼を執ると、応接室を去っていった。
「……あれはもう無理だ。諦めて好きにさせよう」
「諦めるには早いですわっ、時間が経てばきっと……!」
「時間をかけても難しいだろう。それに回復を待ってから見繕っていては、色々無理がある。もう下の子へ期待をかけた方が良い」
「見捨てるのですかっ!」
「我らは王家。悠長に待つ事を許されぬ立場。常に最善を選び備えておかなければならない。……それだけだ」
「……申し訳ございません、先に失礼いたしますわ」
顔色を悪くした王妃は立ち上がると、足早に応接室から出ていった。
「仕方ない。仕方ないではないか…」
誰もいなくなった部屋で、国王の呟きが小さく響いていた。
第一王子の臣籍降下は一年後に発表された。
辺境ではなく、一代限りの公爵家を新たに興しての降下となった。
彼は生涯伴侶を持たず、厳しい目で王家を見守り、公平な目で見極める姿勢から、法務官として生涯を捧げる。
生涯独り身ではあったが、彼の常に公平であろうとする姿勢は周囲の尊敬を集め、慕う人々に囲まれるようになった。
いつかの彼女の様に。
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おまけではございますが、楽しんでいただければ幸いです。