最終話 どうすれば避けられたのか
昭和二十年九月二日。東京湾。
戦艦ミズーリの甲板で、降伏文書に署名が行われた。
修はその場にいなかった。南方の基地で、復員の順番を待っていた。
だがラジオと新聞で知った。日本が正式に降伏した。マッカーサーが最高司令官として日本を占領する。
占領。
修は考えた。嘉永五年にペリーが来たときから九十三年。外国の軍が日本に駐留するのは、あのとき以来かもしれない。いや、あのときはまだ駐留ではなかった。今度は占領だ。
ペリーから始まった物語が、マッカーサーで一つの区切りを迎える。
◇
九月二十七日。
昭和天皇がマッカーサーを訪ねた。
アメリカ大使館。天皇がモーニングコートを着て、マッカーサーの前に立った。
修はこの会見の詳細をのちに知った。
天皇はこう言ったとされる。
「戦争に関する一切の責任は自分にある。自分の身がどうなろうとかまわない」
マッカーサーは驚いたという。天皇が命乞いに来ると思っていた。逆だった。自分の命を差し出しに来た。
修はその話を聞いて、二つのことを考えた。
天皇は責任を認めた。少なくともマッカーサーの前では。
だが本当に天皇に責任があったのか。
田中義一を叱ったら「怒るな」と言われた。満洲事変で不拡大を了承したが軍は無視した。御前会議で歌を読んだが誰も止まらなかった。
天皇は何もしなかったのか。何もできなかったのか。何もしないと決めたのか。
修には分からなかった。
源太に分からなかったように。弥一に分からなかったように。
分からないまま、三代が過ぎた。
◇
GHQは日本を造り変えにかかった。
農地改革。財閥解体。教育改革。婦人参政権。
だが修にとっていちばん大きかったのは、憲法だった。
昭和二十一年十一月三日、新しい憲法が公布された。日本国憲法。
十一月三日。明治天皇の誕生日だった。源太が産屋で桶を抱えた夜。偶然かどうか、修には分からなかった。
修は新しい憲法を、法律を学んだ目で読んだ。
天皇は「日本国の象徴」となった。統治権はなくなった。統帥権もなくなった。
そして第九条。
「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」
軍を持たない。戦争をしない。
修はその条文を読んで、源太と弥一が明治二十二年に首をかしげた夜のことを思った。
「軍のことは大臣が決めるんか、天皇が決めるんか、どっちや」
あの問い。答えが書いてなかった問い。書いてないから武器にされ、書いてないから誰も手綱を持てなかった問い。
新しい憲法は、その問い自体を消した。軍がないなら、軍を誰が統制するかという問題も存在しない。
五十七年前の隙間が、埋められた。
ただし、埋めたのは日本人ではなかった。占領軍が埋めた。
自分で開けた穴を、自分で埋められなかった。誰かに埋めてもらった。
修はそのことを、喜ぶべきなのか、恥じるべきなのか、分からなかった。
◇
東京裁判。
昭和二十一年五月から二十三年十一月まで、二年半にわたって行われた。正式名称は極東国際軍事裁判。
A級戦犯二十八名が起訴された。
東条英機。広田弘毅。板垣征四郎。松井石根。武藤章。
七名が絞首刑になった。
修は裁判の記録を読んだ。新聞にも載った。
修が注目したのは、裁かれた者たちではなかった。裁かれなかった者のことだった。
天皇は起訴されなかった。GHQが天皇を免責した。占領統治を円滑に進めるために、天皇の権威を利用する判断だった。
天皇の名前で戦争が行われた。天皇の名前で人が死んだ。だが天皇は裁かれなかった。
修はそのことについて、意見を持たなかった。
持たなかったのではない。持てなかったのだ。
源太にとって天皇は「あの赤ん坊」だった。弥一にとって天皇は「壁の向こうの人」だった。修にとって天皇は「ラジオの声」だった。
三代にわたって、柏木家の男は天皇を近くから見て、遠くから聞いて、それでも分からなかった。
天皇とは何か。
九十三年かけて、答えは出なかった。
◇
昭和二十一年から二十九年まで、天皇は全国を巡幸した。
沖縄を除く四十六都道府県を回り、焼け跡を歩き、人々に声をかけた。
修はある日、巡幸の一場面を道端で見た。
天皇が焼け跡の中を歩いていた。背広を着て、帽子を被り、ぎこちなく歩いていた。
周りに人が集まっている。万歳を叫ぶ者もいた。泣いている者もいた。黙って見ている者もいた。
天皇が一人の女に声をかけた。
「お元気ですか」
女は泣いた。何も言えなかった。
修はその光景を見て、禁門の変のあとに源太が焼け跡を歩いた話を思い出した。道端に座っていた女。子どもを抱いて、煤で真っ黒で、何も言わなかった女。
八十二年前、焼け跡を歩いたのは中間の源太だった。
今、焼け跡を歩いているのは天皇だ。
御所の中から出られなかった天皇が、焼け跡を歩いている。壁の中にいた天皇が、壁の外に出てきた。
それが良いことなのか、遅すぎたのか、修には分からなかった。分からなかったが、天皇の足元が瓦礫で危うく揺れたとき、修は思わず一歩前に出かけた。
壁の仕事だ。それは弥一の仕事だった。
修は足を止めた。自分は壁ではない。もう壁はいらない。
たぶん。
◇
修は東京の家で、箱を開けた。
辰次の万年筆。源太の手紙。弥一の手紙。松田の手紙。キヨからの訃報。
箱の中に、九十三年が入っている。
修は一つずつ手に取った。
万年筆を握った。インクはない。三十年以上前に乾いた。
源太の手紙を開いた。「はよ戦争やめてくれ。弥一を返してくれ」。筆圧が最後の行だけ太い。
弥一の手紙を開いた。「見届けてくれ」。字が震えている。
松田の手紙を開いた。「英霊で買った土地と言われたら、そうかなと思ってしまう。思ってしまう自分が怖い」。
修は手紙を箱に戻し、蓋を閉じた。
◇
修は紙を広げた。
万年筆ではなく、鉛筆を手に取った。辰次の万年筆はもう書けない。だが修の鉛筆は書ける。
修は書き始めた。弥一が「見ることをやめるな」と言った。見たものを書き残すことが、見ることの続きだと修は思った。
修は書いた。佐吉が源太に言った言葉から。産屋の夜から。桶を抱えて走った夜から。
全部は書けない。全部を知らないからだ。壁の中にいても、壁の外にいても、見えないものがある。
だが見えたものだけは書ける。
嘉永五年から昭和二十年まで。九十三年。
分かったことも書いた。分からなかったことも書いた。
分からなかったことのほうが多かった。
修は最後にこう書いた。
「見ることをやめるな」
弥一がわしに言った言葉を、わしは読む者に渡す。
◇
柏木修は昭和六十年に死んだ。七十四歳だった。
枕元に箱があった。辰次の万年筆。源太の手紙。弥一の手紙。松田の手紙。
そして修自身が書いた原稿。
最後に何か言いかけたかどうかは、誰にも分からなかった。
修の傍らに子はいなかった。修は結婚しなかった。戦場から帰ったあと、家庭を持つことができなかった。理由は語らなかった。
柏木家の血は、三代で途絶えた。
だが箱は残った。
箱と、原稿が。
◇
三天皇 開国から玉音までの93年間
了
三天皇 開国から玉音までの93年間
あとがき・付録
──あとがき 敗戦国にならなかった分岐点──
この物語は「どうしてこうなったのか」を九十三年かけて描いた。ここでは逆の問いを立てる。「どこで止められたのか」。
因果の流れの中に、少なくとも八つの分岐点がある。上ほど回避の現実性が高く、下ほど低い。
◇
分岐点① 1905年 ハリマン協定を受け入れる(第十一話)
小村寿太郎が潰さなければ、南満洲鉄道は日米共同経営になっていた。アメリカは満洲の利害当事者となり、門戸開放政策との衝突が構造的に消える。日米対立の起点そのものが生まれない。回避の現実性は最も高い。桂太郎首相はすでに仮合意していた。小村一人の判断で閉じた道だった。
分岐点② 1928-29年 張作霖爆殺を厳正処罰する(第十四話)
河本大作を軍法会議にかけ、実刑を科していれば、「やっても罰されない」の前例が成立しない。満州事変の石原莞爾と板垣征四郎は「前回は罰されなかった」を根拠に動いた。前例を断てば次が来ない可能性がある。天皇が「二度と介入しない」と決めず、処罰を見届ける側に踏み込んでいれば、歴史は変わり得た。
分岐点③ 1931年 満州事変を止める(第十六話)
政府が不拡大を実行し、関東軍を原隊に戻す。天皇の統帥権発動が必要で、憲法上は可能だが、田中事件のトラウマで天皇は沈黙した。止まっていれば国際連盟脱退も日中戦争も起きない。ただし天皇以外にブレーキが存在しなかったこと自体が、明治憲法の構造的欠陥だった。
分岐点④ 1933年 リットン報告書を受け入れる(第十七話)
報告書は日本を全面否定していなかった。満洲に自治政府を置き、日本の権益を一定程度認める妥協案だった。受け入れれば国際的孤立は避けられた。だが新聞が「侮辱」と煽り、世論が退路を塞いでいた。日比谷焼打と同じ構造で、政府が国民に勝利だけを見せてきた代償がここで出た。
分岐点⑤ 1938年 「国民政府を対手とせず」を言わない(第二十一話)
近衛声明を出さず、トラウトマン工作による和平交渉を続ける。蒋介石は条件次第で応じる姿勢を見せていた。和平が成立すれば日中戦争は終わり、南進の動機が大幅に弱まる。最も「言わなければよかっただけ」の分岐点。南京陥落の高揚感と軍の強硬論に近衛が流された。
分岐点⑥ 1940年 三国同盟を結ばない(第二十三話)
ドイツ・イタリアと組まなければ、アメリカ・イギリスを自動的に敵に回すことはない。石油供給が続く可能性がある。日中戦争が続く限り摩擦は残るが、最悪のシナリオへの加速は遅らせられた。
分岐点⑦ 1941年7月 南部仏印に進駐しない(第二十三話)
これが石油禁輸の直接の引き金だった。北部仏印の段階ではアメリカはくず鉄禁輸にとどめていた。南部仏印に入らなければ石油は止まらず、「備蓄二年の時計」が動き始めない。御前会議で決定しなければよかった。
分岐点⑧ 1942年6月 ミッドウェー後に講和を模索する
空母四隻を失った直後、日本はまだ東南アジア全域を保持していた。交渉に入れば、一部返還と引き換えに体面を保った講和の可能性があった。ただし仲介者がいない(連盟脱退済み)、「負けた」と認められない、大本営が敗北を隠蔽中、という三重の障壁があり、現実性は最も低い。
◇
八つの分岐点は三つの層に分かれる。
第一層(①②)── 入口で止められた。日米対立の構造そのものを防げた段階。一人の外交判断、一つの軍法会議で歴史が変わった。最も低コストで最も効果が高い。
第二層(③④⑤)── 走り始めた機械を止められた。憲法の欠陥と元老の死と世論の暴走が重なり、止めにくくなっているが不可能ではなかった。制度ではなく個人の決断に依存している点が危うい。
第三層(⑥⑦⑧)── もう止められなかった。前段の選択肢をすべて使い果たしたあとの分岐点。理論上は回避可能だが、世論・軍・天皇の沈黙という構造が選択肢を事実上消している。
物語の言葉で言えば、①と②は手綱を持てた瞬間で、③以降は手綱を持つ者がいなくなったあとの坂道だ。
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──付録 参考文献──
この物語は小説であり、登場人物の柏木家は架空である。だが背景となる歴史的事実は実際の出来事に基づいている。以下に、本作を書くにあたり参照した、あるいは読者がこの時代をより深く知るために推薦する書籍を挙げる。
【通史・概説】
半藤一利『昭和史 1926-1945』(平凡社ライブラリー)
昭和の開戦から敗戦までを語り口の平易さで描いた通史。本作の昭和編の骨格はこの本に多くを負っている。
半藤一利『昭和史 戦後篇 1945-1989』(平凡社ライブラリー)
戦後編。GHQ占領から高度成長期までを扱う。最終話の背景。
加藤陽子『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(新潮文庫)
日清から太平洋戦争まで、なぜ戦争が選ばれたかを学生向けの講義形式で解説。「どうしてこうなったか」という本作の問いに最も近い一冊。
三谷太一郎『日本の近代とは何であったか──問題史的考察』(岩波新書)
明治憲法の構造的問題、統帥権の独立、元老制度の意味を制度論として分析。本作の「書いてないものはどうなるのか」の問いに学術的な裏づけを与えてくれる。
司馬遼太郎『坂の上の雲』(文春文庫・全八巻)
日露戦争を中心に明治日本の青春を描いた国民的小説。本作の日露戦争の章は、この小説の視点を意識しつつ別の角度から書いた。
【個別テーマ】
戸部良一ほか『失敗の本質──日本軍の組織論的研究』(中公文庫)
ノモンハン、ミッドウェー、ガダルカナル、インパール、レイテ、沖縄の六つの作戦を組織論で分析。本作の「学ばない構造」の主題はこの本に負うところが大きい。
半藤一利『ノモンハンの夏』(文春文庫)
ノモンハン事件を詳細に追う。隠された敗北の実態と、その隠蔽がもたらした帰結。
半藤一利『日本のいちばん長い日──運命の八月十五日』(文春文庫)
玉音放送に至る二十四時間を分刻みで再現。宮城事件の全容。第二十六話の直接の参考。
堀栄三『大本営参謀の情報戦記──情報なき国家の悲劇』(文春文庫)
情報を軽視した大本営の構造を内部から描いた回想録。「届かなかった報告」の主題に直結する。
吉田裕『日本軍兵士──アジア・太平洋戦争の現実』(中公新書)
餓死、病死、自殺、「戦病死」の実態を統計と証言で明らかにした研究。ガダルカナル、インパールの兵の死を理解するための必読書。
NHKスペシャル取材班『日本海軍 400時間の証言──軍令部・参謀たちが語った敗戦』(新潮文庫)
海軍軍令部の元参謀たちが戦後に行った反省会の記録。ミッドウェーの隠蔽、統帥権の問題を当事者の言葉で伝える。
【天皇】
『昭和天皇独白録』(文春文庫)
昭和天皇自身が語った開戦から終戦までの回想。御前からの視点として参照した。ただし戦後に語られた記録であり、記憶の選択と整理が入っている点に留意が必要。
原武史『昭和天皇』(岩波新書)
昭和天皇の政治的役割を制度と個人の両面から分析。
伊藤之雄『明治天皇──むら雲を吹く秋風にはれそめて』(ミネルヴァ書房)
明治天皇の生涯を一次史料に基づいて描いた評伝。本作第一話の産屋の場面の時代考証に参照。
【日清・日露戦争】
大谷正『日清戦争──近代日本初の対外戦争の実像』(中公新書)
日清戦争の全体像。旅順虐殺事件の章を含む。
横手慎二『日露戦争史──20世紀最初の大国間戦争』(中公新書)
日露戦争を日本側・ロシア側の双方から描いた通史。
【満洲・日中戦争】
小林英夫『満鉄──「知の集団」の誕生と死』(吉川弘文館)
満鉄の成立から崩壊までを扱う。ハリマン事件の経緯を含む。
笠原十九司『南京事件』(岩波新書)
南京での出来事を史料に基づいて検証。
山室信一『キメラ──満洲国の肖像』(中公新書)
満洲国の構造と実態。「五族協和」の虚実。
【太平洋戦争の個別戦闘】
武田一義『ペリリュー ─楽園のゲルニカ─』(白泉社・全十一巻)
ペリリュー島の戦いを一兵卒の視点で描いた漫画。戦場の日常と非日常を静かな筆致で伝える。
梯久美子『散るぞ悲しき──硫黄島総指揮官・栗林忠道』(新潮文庫)
栗林中将の生涯と硫黄島の戦い。アメリカ駐在経験と、それでも戦わざるを得なかった男の姿。
クリント・イーストウッド監督『硫黄島からの手紙』(映画・2006年)
日本側の視点から硫黄島を描いた映画。栗林の人間像の参考として。
【戦後・占領】
ジョン・ダワー『敗北を抱きしめて──第二次大戦後の日本人』(岩波書店)
GHQ占領下の日本を、日本人の内面まで含めて描いた大著。
袖井林二郎『マッカーサーの二千日』(中公文庫)
占領期のマッカーサーと日本の関係を描く。天皇との会見の章を含む。
日暮吉延『東京裁判』(講談社現代新書)
東京裁判の経緯と論争点を整理。
【シベリア抑留・満洲引揚げ】
辺見じゅん『収容所から来た遺書』(文春文庫)
シベリア抑留の実態を一人の男の遺書を軸に描いた記録文学。
藤原てい『流れる星は生きている』(中公文庫)
満洲からの引揚げを体験した女性の手記。開拓団の崩壊と逃避行の記録。
中国残留孤児問題については、NHKや各地方紙のルポルタージュが多数ある。
【近代日本の構造を考えるために】
丸山眞男『日本の思想』(岩波新書)
日本社会の「無責任の体系」を論じた古典的評論。「誰も手綱を持たなかった」構造の思想的背景。
山本七平『「空気」の研究』(文春文庫)
日本社会を支配する「空気」の力学を分析。五一五事件の世論や、御前会議で誰も止まらなかった構造を理解するために。
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この物語は、上記の書籍をはじめとする多くの先行研究と証言の上に成り立っている。ただし小説としての脚色が入っており、歴史的事実の正確性を保証するものではない。本作で興味を持った出来事や人物については、ぜひ原典にあたっていただきたい。
物語は読むものだが、歴史は調べるものだ。
見ることをやめるな。




