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殺人鬼食堂  作者: 高瀬凪
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3/3

【3品目】無理しないで




「いや、ごめんよ……驚かせて……」

明日花あすかがいる壁と向かい側の壁にもたれかかって息を吐いたその少年の名は、つつみしんといった(ここで気がついた、この場所は部屋のくせに窓がない)。特徴的なのはその体格で、仁から見ても、流石に″職員″まではいかないものの、かなり大柄な体つきをしていた。明日花と交互に見るとその差は一目瞭然だ。しかし喋り方はかなり温厚だった。むしろ少し気弱そうな印象さえ与えていた。

「いやほんとッスよ……なんでドア叩いたんスか……そのまま入ってくればいいのに……」

座り込んだまま、力のない声でその明日花が言った。キッチンバサミが床に転がって、蛍光灯の陰気な光を反射している。

じんももちろん安堵していた。″職員″ではなかったこともそうだが、何より仲間が増えたこと。これ以上に心強く感じることはない。……仲間が増えたら増えた分だけ、誰かが裏切る可能性は高くなるわけだが。仁はあの名前も分からずに消えた少女を思い出した。

「……とりあえず、いくつか質問いいッスか?」

ようやく明日花は進都の方を向いて立ち上がった。キッチンバサミも拾い上げ、テーブルの隅に置いた。カララン、と金属質の音が響いた。

「うん……」

「まず、何か知ってるッスか? 何でもいいッス。この場所のことでも、″職員″……あの赤い目の人達のことでも」

「ううん。分からない」

即答だった。

予想通りだったのか、それに落胆する様子も見せず、続けて質問する。

「あたしたちに会うまで、誰かといたッスか?」

「……うん」

「何人ッスか?」

「……5人。ぼくを合わせて」

「今1人ってことは、はぐれたんスか? それとも……」

「……1人やられて、散り散りになった」

「てことは、まだ生きてる可能性はあるってことッスね?」

「…………うん」

「ありがとッス」

そう告げると、明日花はテーブルのキッチンバサミを再び手に取った。ペットボトルほどの大きさがあるように見えるそれは、明日花の小さい手には少し手に余っているように感じられた。

「じゃあ、その人達と巡り会うのを目指しながら、移動するッスよ」

1人、ドアに向かう。そしてちらりと振り返る。ついてこい、と言わんばかりに。

仁は大きな戸惑いを感じた。移動するということは、確かに人に会う確率を上げるかもしれない。しかしそれは同時に、あの″職員″とやらに出くわす可能性も高くなるということだ。

仁はそんなことを心配しながら、しかし声には出さずに、明日花の後をつけようとした。進都との接触の前の行動から分かるとおり、明日花は自分よりもずっと冷静な判断ができる。自分が下手に意見するよりは良い結果になるだろう。

だが進都の方はそうは思わなかったらしく、弱々しい声を漏らした。

「えっ……」

もちろん、明日花が反応しないわけがなかった。

「どしたッスか?」

再び明日花の視線を浴び、進都は、あっ、とこれまた弱々しく声を発した。

「あっ、えっ、えっと……ううん。何でもない。うん。そう、もう一回、会えるといいな、なんて、うん……」

「大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。うん」

仁が声をかけても、進都はその頼りない姿勢から変化することはなかった。

その時。

突如明日花が、進都の方へまっすぐ歩いた。進都とは対照的に、頭頂部から芯が刺さっているかのように、歩くときの姿勢が綺麗だった。

進都はそれに対して震えながら一歩後ずさりした。きっと、意見にたてついた代償を味わうことになると思ったのだろう。

だが明日花は進都の目の前に立ったかと思うと、次いで彼の顔を見上げた。遠くから見れば親子に見えるほどの身長差があった。

「大丈夫ッスよ。危険であることも分かってるッス。ただ、あたしたちは何も、人に会いたいというだけで危険を冒すわけではないッスよ。ここは行き止まりで、″職員″が来たときの逃げ場がないッス。その時は、誰かを犠牲にして進まなくちゃならない。それは分かるッスね?」

素早く小刻みに、何度も頷く進都。

「でもそれは、誰か1人が死ぬってことッス。それはあんまりじゃないッスか? それなら、人を集めて、なおかつ脱出への手がかりを探した方がいいッス。怖いのは分かるッスよ。なんなら……あたしも、身体が震えてるんじゃ、と思うときだって、いや、常に思ってるッス。でもいつまでもそう思ってたら身体なんて動かないッス。身体が動かなければ、脱出なんてできないッスよ。あたしには……まだ″やりたいこと″があるッス」

″やりたいこと″が、やけに強調されていた。

「だから、何が何でも脱出してやるって思ってるッス」

そこまで言い切って、明日花はにかっと笑ってみせた。横顔しか見えないが、それはまさに、花だった。明日のために咲く、一輪の美しい花。

「あたしもいるし、ジンさんもいるッス。1人じゃないッスよ!」

そうして明日花は豪快に進都の肩を叩───こうとしたが、手が届かなかった。それで、今度は背後に回り、進都の背中を思い切り叩いた。バシン、と音がした。

「……ありがとう。元気出てきたよ」

進都もそれで、少し笑んだ。

「それじゃ、行くッスよ。無理しなくていいッスからね」

再び、明日花がドアへと進んだ。仁とすれ違うその一瞬、こう言っていた。

「ジンさんも」

だから、こう返した。

「……明日花さんもね」


「よし、オッケーッスよ」

ドアを開けた明日花が、左右を見回した後言った。それで明日花につづいて仁、進都の順に、ドアから出た。黄色と緑を絶妙に混じり合わせた陰湿な光が、より一層強くなったような気がした。

……。

仁は思った。

″……ありがとう。元気出てきたよ″

進都のこの言葉。

疑っているわけではない。本心かもしれない。ただ、この時の顔が、妙に引っかかっていた。安堵するというよりも、どこか諦めたかのような、そんな表情をしていたような気がする。

だが仁は考えないことにした。気のせいかもしれないし、何か意図があっても、それを深掘りするメリットはない。

ドアから出る直前に食器棚から取り出したステーキナイフを、握りしめた。これでもかというほどに。

そして、他の2人とともに、前進を始めた。


この様子を、1つの人影がじっと見ていたということは、3人の中の誰一人、気がついていなかった。

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