【25品目】復活
小鳥の囀るような森の中、その鳴き声を上書きするかのように、バイクのエンジン音がけたたましく鳴り響いた。
「うし、着いたぞ」
俺は後ろで地図をまじまじと見ていた泰嗣に言った。それでもまだ地図から目を離さなかったので、掌を彼の背中に打ち付けた。ドン、という太鼓のような音が鳴り、泰嗣の意識が俺に向いた。
「着いたのか」
「さっきそう言った」
泰嗣がバイクから降りる。土と靴が触れ合い、ぐしゃ、とわずかに掘られる音がする。それがより一層、緊張を高めた。
しかし至極普通に泰嗣の肩を叩いた。
「行こうぜ」
「ああ」
そして俺達は森の奥へと消えた。目には、信じられないほど巨大な豪邸の、その赤い屋根が見えていた。
視界が少しずつ光を取り戻していく。顔の上の重たい何かが、徐々に取り払われていく。ぼんやりとした光を放つ蛍光灯が、仁の目を見つめていた。
───ここは?
第一にはまずそう思った。もうここに来てから随分と時間が経っていたが、それでもそう感じた。錐体細胞が働き始めたせいか、途端に蛍光灯の光が目を過剰に刺激し始めて、思わず左を向いた。
その時仁の目に入ったのは、しゃがみこむ誰かの姿だった。こちらに背を向け、何やら手を動かしている。ポニーテールにした栗色の髪に、白い服───これは自分と同じカッターシャツだろうか───、そして紺色のプリーツスカートが映っている。背は明日花と仁の中間くらい。
「…だからちゃんとしてね? あなたももう中学生なんだから…」
戻ってきたばかりの聴覚が声を拾う。その高く柔らかな声質から、女性だと分かった。
「…うん。いい子」
そう呟くと、彼女はゆっくりと立ち上がり、こちらを振り向いた。
目が合った。少し間が空いた。最初に彼女が浮かべた色は驚きだった。目を少しばかり見開いて仁を見ていた。多分仁の表情もそれの鏡映しだった。
誰だろう、と一瞬思ったがすぐに、もしかすると彼女が助けてくれたのでは、と感じた。記憶が鮮明になってきた。自分達は″職員に″追われていて、命からがら逃げきった───信じられなかったが、そういったところだ。そして…その後のことはよく覚えていないが…彼女と合流し、今に至るのだろう。そんな過程が、なんとなく予想できた。
すると。
「大丈夫ですか!?」
途端に少女がこちらに駆け寄ってきた。その言葉とは対称に、安堵を浮かべていたような気がする。少女は仁の前に辿り着くとすっと座り込み、仁の肩に目をやった。そこで仁は、カッターシャツの下、自身の肩に何かが巻き付いている感触があることに初めて気がついた。タオルと違い、ごわごわしていない。もし包帯なら、どこにあったのだろう。
「どこも痛くないですか?」
「あ、はい…」
「よかった…」
やはり、この少女が自分を助けてくれたのだろうか。しかし何者なのだろう。こんなおっとりしてか弱い感じの女の子が、一体どうやって包帯やらテープやらをかき集めたのだろう。自分達と同じように厨房なんかにこっそり入ったのだろうか。できないことはないが。
仁がそう感じた時、奥から何か鋭い、しかし頼りない線を感じた。その発生源に目をやった。
少年がいた。髪は長く、軽くパーマがかったくせ毛を手で伸ばせば目がまるまる隠れそうだ。黒いパーカーに茶色の長ズボンという服装だ。そんな少年が体育座りをして顔をうずめ、しかしちらりとこちらを見つめている。その中には興味とか好奇心とかよりも不審や嫌悪が勝っていた…ような気がして、少し戸惑った。
「あ、ライ! 大丈夫、大丈夫だよ。言ったでしょ、この人は…」
すぐに少女がライと呼ばれた少年に駆け寄る。ライは体育座りを崩さないまま、すぐに少女の袖を軽く引っ張っていた。
「良い子、良い子だね…」
ライの背は少女とほぼ変わらなかったような気がする。にもかかわらず少女はライに対し、まるで小さい親戚の子をあやすように接した。その光景に、少しだけ、ほんの少しだけ、違和感を感じた。だがすぐに引っ込んだ。
型は違うとはいえ、結構似ていた。敬語といい、しっかりした部分といい、まるで───
───!
思い出した。
「明日花さんは!?」
仁はばっと立ち上がった。拍子に肩に焼けるような痛みが走った。
「あ、傷が…」
少女が言うのもお構いなしに、視線をめちゃくちゃに動かし、その姿を確かめようとした。
すると。
「……明日花さん?」
いた。灯台下暗しというやつだろうか。仁のすぐ隣で先程までの仁と同じように座り込んでいた。目が開いている。つまり生きている!
仁は自身の中に言い切れない気持ちがこみ上がっていくのを感じた。思い出してきた。この部屋───もしかしたら間取りが同じなだけで全く違う部屋かもしれないが───に辿り着いた頃には、明日花はもう力なく仁に身体を預けているだけだったのだ。それは単なる気絶ではないと仁に確信させるものがあった。かつてない焦燥と恐怖が仁を貫いていたのだ。
それだけに、仁は叫んだ。身体の痛みに反して、いや、身体が痛んでいたから、ずいぶんと大きな声が出た。
「明日花さん! 無事だったんだ…良かった…!」
そうして明日花の手を握った仁。少しして明日花の目が仁に向けられた。ますます強く握った。
「ジンさん…ありがとうッス…本当に」
穏やかな声だった。穏やかな顔だった。それがもう、仁に底知れない安堵をもたらした。
少女はそんな2人を、微笑ましく見守っていた。しかししばらくして、何かを思い出したかのように2人に近づいていった。
少女含め、誰もが違和感に気がついていなかった。




