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殺人鬼食堂  作者: 高瀬凪
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【1品目】目覚め

ハァ……ハァ……


なあ……泰嗣たいじ……


……俺達は、何のために産まれてきたんだ?


ハァ……ハッ、ハァ……


だって……


生きたいったって……




こうやって……

逃げ続けるためだけなのかって……




何か鋭利な針に突かれたように、ざいじんの意識は覚醒した。特に衝撃は無かったと思う。にも関わらず、仁の閉ざされていた目は今やずっと前から起きて生活していたかのように開いている。視界に入るのは……黄色と緑が絶妙に混じり合った陰気くさい光……蛍光灯?

「あっ、目、覚めた」

次いで、聴覚が刺激を受け取った。少し平たい感じの、可愛らしい声だった。

仁はその声の主の姿を一目見ようと、身体を起こした。筋肉がきしんで痛む。同時に背後で、ガラガラ、と何かが崩れる音がする。

仁の目が、一人の少女を捉えた。

薄い桃色のパーカーに、青いデニムズボン。髪は2つ結びにされていた。

「大丈夫そ?」

「あ……うん」

この少女は……誰なのだろうか。いやそもそもなんでこんな所にいるのだろうか。

「タイジって誰?」

「え?」

「言ってたじゃん。さっき。タイジって」

うなされていた、ということだろうか。しかしいくら頑張っても、タイジはおろか、何も思い出すことができない。……記憶喪失!?

「ここって……!?」

「ん? ここ?」

仁は小さく頷いた。夢遊病みたく無意識に迷い込んだのか、それとも。

「これ見たら分かるよ」

すると少女は、どこから拾ってきたのか───と思ったが実際は仁の背後の段ボールにそれがぎっしりと詰め込まれている───、一冊の冊子を仁の前へ放り投げた。パサリ、と軽い音がした。拾い上げてみると、そこには簡素なゴシック体でこう書かれていた。


″MENU″


「……?」

メニュー? ということは……ここはレストランか何かなのか? それにしてはかなり廃れたように感じるが……。

しかしその予想は正しかったようで、さらに下を見てみると、″カツ丼″だったり″生姜焼き″だったり、確かに様々な料理が写真付きで記載されていた。

「ここは食堂。まあ、今は使われていない食堂だと思う。そこに何らかの理由で閉じ込められたってわけ」

少女は淡々と告げる。仁は理解にまず時間をかけた。蛍光灯から、ブーン、と音が鳴る。それに伴って光がわずかな点滅を繰り返している。

そこから数秒かけて、ゆっくりと恐怖心が仁を支配していった。

「閉じ込め……られた?」

「うん」

少女はあっさりと頷いた。

次の瞬間、仁はばっと立ち上がっていた。少女の身長は思ったよりも低く、仁が彼女の表情を見るには首を下に曲げないといけなかった。それで寝違えたかのように首が痛んだ。

「そんな……じゃあ、じゃあ逃げないと!」

割と大きな声が出てきて、部屋中に仁の声が響いた。すると少女はなぜか舌打ちして言った。

「そう。脱出しないといけない。行くよ」

「えっ……」

「ほら、早くついてきて」

もう少女は部屋の出口に歩き始めていた。ずいぶんあっさりと事が進みすぎているが……とりあえず、後を追った。メニューの冊子が、パサリと床に落ちて、微動だにしていなかった。



「そっちには行かないで」

気味悪い光が果てしなく続く通路、そこから壁がくり抜かれたようにつくられた部屋の入口に足を踏み入れようとした仁を少女が止めた。

「え?」

「行き止まりだから」

その部屋を覗いてみると、なるほど確かにテーブルと椅子が並んだだけの光景が見えた。どこかに通じていそうな出口はない。しかしここが、仁が初めて見ることになった″食堂らしい場所″だった。

あの物置風の部屋から出た後は、延々と廊下を歩くだけだった。途中幾度となく分かれ道もあったが、少女は迷いなく、こっち、あっちと道を選んだ。おかげで道に迷うなんてことはなかった。

一体この2つ結びの少女は何者なんだろうか? 仁はうっすらとそんなことを考えていたが、口にはしなかった。得体の知れない───人間味のないその無機質な目に、仁の顔がまっすぐに貫かれそうだったので。

すると。

「……」

突如、少女が足を止めた。ぶつかりそうになったが、ギリギリで耐えた。あと少しでも前のめりになっていれば、仁の頭が少女の背中にヒットし……悲惨なことになっていたかもしれない。

「後ろ」

「えっ?」

「後ろに人がいる。話しかけて」

少女に言われて、仁は振り返った。

途端に、心臓が跳ねてどこかに行ってしまいそうな驚愕をおぼえた。

10メートルほど先に、男がいた。緑と黄色が混じった、まさにこの食堂を照らす光のような服と帽子を被り、こちらをじっと見ている。それだけならまだ良いのだが、肩には冬に多くの子供たちの相手をする老人みたく白い大きな袋を担ぎ、2メートル以上ありそうな身体を向け、そして何より───悪魔のような赤い目で、こちらをじっと見つめていた。

「話しかけて」だって? ムリ。ムリだ。一瞬で分かった。この人はヤバい。

自分達と同じ境遇の人かもしれないという考えは捨て、再び少女の方を向いた。

───いない。

少女がいない。どこに? どこに行っ───

いた。しかし衝突しかけたその時の背中は、もうずいぶんと小さくなっていた。

長い長い廊下の、はるか30メートルほど先に、その背中は見えた。しかしなぜかはっきりと見えたその顔は───

笑っていた。あの無表情な顔がこうも変容するのかと恐ろしくなるくらいに、若干の焦りと、それを上回る歪んだ笑みが、こちらを見ていた。

え? どういうこと? だって───

その瞬間、仁の身体が反射的に背後を向き、後ろに退いた。あの大男がこちらにもう迫っていた。赤い目が仁の目とかちあった。

仁はとにかく必死に、腕をめちゃくちゃに振りながら走った。すぐに、少女が笑いながら消えていった分かれ道に着いた。確か左に曲がっていたはずだ。



その少女───うら明理あかりは、意地汚い笑いを浮かべながら廊下を爆走していた。

我ながら何という完璧な作戦なのだろうか。あいつはこの食堂にいる″あれ″が、自分達を狙っているとは知らない。そして話しかけるように言って一瞬の隙を作ると同時に自分は逃げる。取り残された者は″あれ″にどうすることもできずに捕まる。その間に自分は″あれ″の射程圏内から外れることができる。

逃げ続けるには本当に理にかなった作戦だった。若干3名───あいつと、彼に出会う前におとりにした2人───は不幸になったが。仕方ない。自分の企みに気がつけなかったのが悪い。ま、気がつくなんて無理だけど。

ぜえ、はあ、という自らの息遣いが聞こえてくる。息が切れてきた。そろそろいいだろうか。

前を向いた。

その息が止まった。



きゃあ、という悲鳴が仁の耳に入ったのは、その時だった。もちろん、少女が曲がった左から聞こえてきた。

曲がって、その先を見た。

もう1人いた。先程の大男と同じ服装、同じ防止、同じくらいの背格好、同じ赤い目の男が、あの少女を2本の腕で捕まえ、持ち上げていた。少女の口には服と同じ色の手袋が当てられていたが、今度は怯えきってほぼ全開まで開いた目でこちらを見ていた。

「~~~!」

何かを伝えようとしてもがく少女を見ながらも、仁は硬直するばかりだった。ただ、博物館に展示された地獄絵でも見ているかのように。

やがてその男は、担いでいる袋を下ろし、その口を広げたかと思うと、乱暴に少女を詰め込んだ。もう何の音も発さなくなった袋を再び担ぐと、すぐに仁の方に目をやった。

赤い目。大柄な身体。所々出っ張っている白い袋。

全てが、全てが仁に、飛びかかってくるようだった。

後ろからも来ている。もう逃げられない。今度は自分が、自分が───

目の前の男が腕を伸ばしてきた。

目をぎゅっと閉じた。

腕を掴まれた。

引っ張られた。

───真横に。

「……え?」

目を開けた。壁が目のすぐ前にあった。

どういう状況だ? あの男は? 

「大丈夫ッスか?」

突如、幼い声がした。

その声の方を向いた。

「突然誰か叫んだんで、こっちに来たッス。この道細いんで、あの″職員″は入って来られないッスけど、いずれ包囲されるッス。早く逃げるっスよ!」

早口で仁にそう告げる、ショートヘアの少女が目の前にいた。

「えっ、今どういう状況……」

「それは後ッス!」

仁の腕が、細い手に引っ張られた。

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