武陵桃源
わぁ~、やっぱり!
面積から想像していたが、これぞスイートルームという感じの部屋だった。っていうか これもう家じゃん!すごっ!
来る前はこんなに凄いとは思ってもみなかったので、テンションがめちゃめちゃ上がって来た!
廊下兼玄関ホールを抜け、リビングと思われる広い部屋に案内される。
低めのテーブルを囲む様に置かれた2台のソファに私達を座らせ、美花さんはフローリングに敷かれたふかふかの絨毯の上に正座しつつ
「こちらがこの部屋の鍵になります」
と言って、テーブルの上に鍵をおく。
形状から、複製するのが難しい鍵なんだろうなと思った。
「あとこちらにございますのは、当館の見取り図になっております。客室には露天風呂と内風呂がございますが、泉質の都合上、源泉かけ流しではありませんので、温泉をご利用されたい場合は2階にございます大浴場をご利用下さいませ」
ああ、なるほど。さっきの硫化水素の匂いからすると、知らずに中毒症状が出る可能性もある訳だし それもそうだろう。確か法律でもそう決まっていると、以前ニュースか何かで言っていた様な気がする。
リビングから窓越しに見える露天風呂をちらっと確認した。
「大浴場のご利用は午前6時から午後11時までとなっております。また時間帯によって男湯と女湯が入れ替わりますので、お気をつけ下さいませ」
へぇ~、あんまり温泉に来た事がないから良く分からないけど、気分的な問題なのかな?
「あちらの冷蔵庫に入っているお飲み物はサービスとなっております」
そう言って、廊下に続くドアの向かって右側に置いてある冷蔵庫を手で示す。
ドアの左側には棚も置いてあり、お茶の葉や湯沸しポットなどが置いてある。
テーブルの上に茶菓子とかも置いてある事だし、あとでお茶を飲むのも良いな。
「他のお飲み物をお求めの場合は、3、4階に設置されている自動販売機をご利用下さいませ」
さっきエレベーターの隣にあったアレね。
「寝室は和室と、ベッドが置かれた洋室の2ヶ所ございます。洋室はあちらのドア、和室はあちらの襖の先です」
リビングに入って左にある壁の、向かって左側に木製のドアがあり右側には襖があった。それらは私達が今座っているソファの正面に当たる。
因みに壁の手前、ソファに近い所には、台に載った大きめのテレビもあった。
「洋室は廊下から、和室は洋室から入る事も出来ます」
つまりリビングに向かう廊下の突き当たりに見えていドアの先が洋室という事か。
だとすると、玄関で入り口から正面に見えていたドアは多分トイレだろう。
「和室で就寝される場合、お申し付け下されば、私達がお布団の上げ下ろしをさせていただいておりますが如何なさいますか?」
「私は洋室のベッドが良いけど、お姉ちゃんはどうする?」
「私もベッドが良いかな」
「二人とも洋室で眠るので大丈夫です」
「畏まりました。また、ご滞在中にお部屋のお掃除等が不要な場合は、玄関のドアノブに札をおかけ下さい。その際は替えのバスタオル等のみ玄関先に置かせていただく形になります」
「はい、分かりました」
お姉ちゃんが答えた。
まあ私はどっちでも良いけど、ゆっくり寝てたいとか、あんまり中を覗かれたくないとかってあるよな。
「浴衣と羽織は、洋室にございますクローゼットの中に各種サイズご用意しております」
旅館と言ったらやっぱり浴衣だよね。そういえば中学の修学旅行で着て以来か。
「何かご不明な点はございますか?」
と、美花さんが尋ねてきたので
「どの客室も、間取りはここと同じ感じなんですか?」
と聞いてみた。
「はい、左様でございます...あっ、ただ1、3号室と2、4号室で部屋の向きが違うとか間取りが逆向きって事ははあるかな...あ、いや、ございますかね」
今少し素が出たのがちょっと面白い。
まあ、これはこの旅館の見取り図を見ても分かるけど、東西に伸びている廊下と平行で、やや横長の客室が2、3号室で、端に位置していて廊下に垂直で、やや縦長なのが1、4号室という事になる。
夕陽が沈んでいた方向から考えて、2、3号室は南向きのテラスに露天風呂があるみたいだから、1、4号室はそれぞれ東向きと西向きのテラスに露天風呂があるという事だろう。
「他に何かご不明な点はございますか?」
お姉ちゃんの方も何も無さそうだったので
「いえ、大丈夫です。ありがとうございました!」
と、お礼を言った。
「もし何かご用件がございます時は、内線でフロントの方へご連絡下さい。それではごゆるりとお寛ぎ下さいませ」
美花さんはそう言って立ち上がったあと、リビングと廊下の間のドアの辺りで再び正座し
「失礼致します」
と言って一礼し、丁寧にドアを閉めて出ていった。
「なんか凄い所に来ちゃったね、お姉ちゃん」
「ええ本当に。ちょっとびっくりしちゃった......それはそうと華凛ちゃん、夕食の前に早速温泉に入ってみない?」
「え~!良いよ私は!お風呂だったらここにもあるから、気が向いた時に入るし」
バスの中で寝てたとはいえ、わざわざ大浴場に行く気力も体力も無かった。
「うぅ...やっぱりお姉ちゃんと入るのやだ?」
そう言ってお姉ちゃんが悲しそうに涙目になる。
う~、お姉ちゃんのこの表情に私は弱い。
「わっ、分かったわよ!行けばいいんでしょ行けばっ!」
お姉ちゃんの表情がパッと明るくなる。
はぁ、なんか上手くのせられた気がしないでもないけど、まぁいいか。
「うふふ...あっ、でも確か温泉に入る前に軽く茶菓子を食べた方が低血糖を防げて良いとか聞いた事あるし、取りあえずお茶にでもしましょうか」
へぇ~そうなんだ。訳もなくサービスで置いてあるだけかと思ったけど、ちゃんと意味があるんだな。
お姉ちゃんが入れてくれたお茶を飲みつつ茶菓子を食べる。
「うっま!!」
こんなに美味しいなら、幾つか家に持って帰りたい位だった。
「ほんと、凄く美味しいね」
私の様子を見て嬉しそうな表情をしつつ、お姉ちゃんがそう言った。
雪の勢いが強まる外の様子を暖かい部屋から眺めながら、お茶と茶菓子でホッと一息......。
なんか風流な様な贅沢な様な、静かでゆったりした素晴らしい一時だった。
「じゃあ、そろそろ着替えて温泉に行く?」
お姉ちゃんが切り出した。
あぁぁぁ~~、ゆったりし過ぎて忘れてた~!
はぁ、気が重い......。
落ち着いていて何処か高級感を感じさせる洋室でスキーウェアを脱ぎ、綿の浴衣に着替える...まあまあ暖かい。当然暖房が効いてるのもあるけど、この旅館の断熱性はかなり凄い気がする。しかも遮音性まで優れているのか、周辺の音は殆んど聞こえない。
.........まあ、酔っ払ってでもいなきゃ騒ぐ人なんていないだろうけど。
浴衣の上にウールの羽織を着ると、もう盤石といった感じで、下手をすると暑い位かもしれない。
「お姉ちゃん、大浴場に行く前に軽く部屋の中見て回っても良い?」
と聞きながら お姉ちゃんの方を見ると、お姉ちゃんも着替え終わっていた所だった。
「ええ、もちろん!私も見たいし」
髪を上でまとめてるお姉ちゃんも、なんか新鮮で良いなと思った。
「じゃあ先ずは隣の和室から...」
私はそう言って、洋室と和室の境にある襖を開け、ちょっとした段差を上がった。
は~。い草の香りに癒される......。
広さは洋室よりも少し狭い位か。
襖を開けっ放しにしておけば、洋室と和室で結構な広さの部屋になる感じだ。
南側は障子が閉まっており、開けて見ると そこには更に窓があって、外のテラスが見えた。
「次は内風呂ね」
そう言いつつ私はリビングに向かう。
リビングへの襖を開けると、正面の壁には、右側にカメラ付きインターホン、その隣には室内の空調を操作する液晶パネルがついていた他、真ん中辺りにドアがあったので、開けて中に入る。
そこは洗面所兼脱衣所になっており、更に左右にドアがあった。
右手の木製のドアの先はトイレになっていた。
......もしかしてトイレ二つあるの?
左手は曇りガラスの扉になっていて、先は案の定 内風呂になっていた。結構広い。
サッシ部分がしっかりしているのか、細めの人ならギリギリ通れそうな曇りガラスの小窓がついているにも関わらず、全然寒くない。
浴室に入って左手、つまりテラス側には厚めのドアがあり、開けるとそのまま露天風呂に行ける様になっていた。
因みにテラスへはリビングや和室からも行けるようになっている。
露天風呂といっても半露天風呂という感じで、大きめの窓ガラスを開け閉め出来る様になっているが、目の前に広がる針葉樹林の鮮やかな緑をしっかり感じられる作りになっている。
板張りのテラスは流石に涼しい感じがするが、それでも窓が閉まっていれば、今の格好だったら寒いとまでは全然思わない。凄いな、この旅館。
また、流石にテラス内では風が窓を叩く音や通り過ぎる音が聞こえるが、それでも現在の吹雪の状況を考えると大分静かだなと感じる。
目の前の針葉樹林は高さが大体15m程で、この旅館の3階部分と同じ位の高さに見える。
つまり、4階からは森を多少見下ろす形になっている。
窓に近づいて景色を見てみた。
窓から露天風呂の間は1m程度といった所だろうか。やっぱり窓辺はちょっとひんやりする。
窓にくっついて下を見てみる。
地上までの高さは大体17m位ありそう。
あと、少し奥まった感じで窓がついているからか、左右にやや死角になる部分があった。
うーん、それにしても良い景色だな。
よし、探索は大体こんな感じかな。
客室を出る前に、玄関ドアの正面にある扉を開けてみる――やはりトイレだった。
部屋の鍵はお姉ちゃんに預かってもらい、私達はエレベーターで下に降りる事にした。
エレベータの扉が開くと、上は綿製の黒のパーカー、下はジャージ素材の黒のジョガーパンツ、短めの髪が濡れてツンツンという出で立ちの若い男性が立っていた。背は170cm位だろうか。
私達が脇へ避けると、そのままスマホをいじりながら、エレベーターを背に廊下を左折していった。
お姉ちゃんが2階のボタンを押してエレベーターの扉が閉まる前に、ドアを開ける音が廊下に響いていたから、恐らく403号室の人なのだろう。
あの髪の感じと、エレベーターに残る微かな温泉の匂いから考えて、大浴場に行った帰りだったんだろうな。
ああ、それにしてもやっぱり気が重い......。
私のお風呂嫌いは筋金入りなのだ。
特に何かトラウマがあるという訳でもないんだけど、なんというか面倒臭さが勝ってしまって、どうしてもシャワーだけで済ませてしまう。
エレベーターが2階に到着し扉が開く。
見取り図でも ちらっと確認したが、ここはエレベーターの左右がトイレになっていて、エレベーターを正面にして左側が女子トイレ、右側が男子トイレになっている。まあ、風呂場と食事処が近いのだから、こういう配置なのも頷ける。
因みに窓は4階の廊下と同じ様についていた。
...そんな事よりも、この2階に私の心をときめかせる施設の名前が見取り図に書いてあったんだけど...。お風呂には入らなくていいから、私としては早くそっちに行ってみたいんだよな......。
後ろ髪を引かれる想いを抱えつつ、私達はエレベーターを背に廊下を左折する。
客室で言えばちょうど3、4号室に当たる部分が男湯と女湯になっている。
今の時刻、女湯は4号室の方みたいだ。
温泉の効能とかも書いてある案内板の様なものを見る限りでは、どうやら午前6時と午後3時に配置が変わるらしい。
まあ早い時間から わざわざ入りに来ようなんて思わないから別にどうでもいいか。
さっさと入って、早くあっちの部屋に行こう。
私達は女湯に入っていった。
脱衣所は割と狭いけど、宿泊者数を考えれば こんなものだろう。手早く浴衣や下着を脱いで籠に入れる。
「ふふ、なんかワクワクするね」
お姉ちゃんが楽しそうに微笑みながら言う。
当然私はそうでもないが
「あ~、うん、そうだね!」
と言って合わせた。
二人で大浴場に入る。温泉の匂いが鼻についた。
......というか誰も入ってないな。貸し切りみたいで得した気分かも。
先ずは手早く備え付けのシャンプーで髪を洗い、ボディソープで体を洗ったあと
「じゃあ私、先に入ってるね」
と言って私は温泉の方へ向かった。
「は~い!あっ、お風呂に入る前にちゃんと かけ湯してね」
お姉ちゃんが髪を洗いながら言う。
「うん、わかった~」
まあ、熱そうだし、いきなり入ったら余計に体が疲れそうだしね。
そんな事を思いながら、桶にお湯を入れ体にかける。
「っ!!~~~っ!!」
ちょっと熱くてビクッとして鳥肌が立ってしまった。
お姉ちゃんには悪いけど、これはますますさっさと上がらないとだな。
私は足をお湯につける。
う~~~っ!!やっぱりちょっと熱いな。しかもなんかピリピリするし......酸性だからなのか?
テンションだだ下がりだが、えーい毒を食らわば皿までだ!
私は覚悟を決めて少しずつ全身をお湯に浸からせて行く。
あぁ、やっぱりこんな熱いの耐えられな......おっ?おおおっ!?
なっ、なんだこれっ!?疲れがお湯に...溶けて...いく......?ふっ、ふにゃぁ~~。
かけ湯をしてお湯につかろうとしていたお姉ちゃんが、私の様子に気付きニコニコする。
「湯加減はどう、華凛ちゃん?」
「おっ、温泉って凄い...ね...お姉...ちゃん」
まるで瀕死の状態の様な喋り方になってしまったが、信じられない位の心地良さに、ある意味 私は瀕死だった。
はぁ~、それにしても本当に凄い!
気持ち良さも勿論なんだけど、なんか寝た時並みに疲れがとれていく感じがする。
というか今からまたスキーに行っても良い位だった。行かないけど。
窓の外は吹雪いていて良く見えない。
天気が良かったら崖上からの景色が綺麗だったろうな。
それにしても私達が歩いている時に、この吹雪に遭わなくて良かったなと心から思う。
もし遭っていたら、遭難しているレベルに見える。
この辺りの天気予報によると、2日間大雪で断続的に猛吹雪になるらしく、最低気温は氷点下15~20度という、私の感覚でいえば恐ろしい数値になるとの事だったのだが、温泉のお陰もあってか、窓が大きくても全然寒いとは思わない。
ああ~ずっと入っていられるなぁ~。
ふとお姉ちゃんの方を見ると、健康的な朱みを増した顔が弛みきって溶けた様になっている。多分私も同じ様な感じなんだろう。
「良いお湯ねぇ~華凛ちゃん~」
「そうだねぇ~お姉ちゃん~」
「でもずっと入ってるとのぼせちゃうから~適度に休憩しましょう~」
「は~い、お姉ちゃん~」
一旦お湯から出て窓際で涼む。
ふぃ~、涼しくて気持ち~。
そうしてある程度涼んだら、またお湯に入る。
ふぅ~、溶ける~。
こんな事をお姉ちゃんと一緒に何度か繰り返し、最後に再びお湯に入る。
「今日は1日楽しかったね」
お姉ちゃんが楽しそうに言う。
まだ夕食もあるし、お楽しみもあるしで私の1日は終わっていないのだが、確かに楽しかった。昨日までの不安が嘘みたいだ。
「うん。特賞当ててくれて...ありがと、お姉ちゃん」
お姉ちゃんが顔をパッと輝かせて凄く嬉しそうな表情になる。
「明日はどうしようか?天気予報では大雪になるみたいだけど...」
一応、週間天気予報も見つつ予定を立てたんだけど、そもそもこの地域は、 この時期の殆んどが大雪みたいで、何処に予定を入れるか凄く悩んだ。
でも、この時期を逃すと行けそうもない感じだったので、それならまだ天気が回復しそうな時を見計らって行こうという話になり、前後で2~3日余裕を持ちつつ、今日から2泊3日の旅行を決行したのだった。
「うーん、温泉も気持ち良いし、旅館でのんびりしてれば良いんじゃないかな。元々その予定でゲームとか本も持って来てる訳だし」
「そうだね。ふふ、なんか嬉しいな。華凛ちゃんとこうしてゆっくり出来るの」
「うん、そうだね」
ちょっと私の顔が赤くなってしまった気がしたのは、温泉の熱さのせいに違いない。
「そろそろ上がろっか?」
お姉ちゃんが優しく微笑みながら言った。
浴室から出ると時刻は午後5時を優に過ぎていた。
...えっ?私、1時間近く入ってたの!?
「はぁ~、ほんと良いお湯だったね華凛ちゃん」
「うっ、うん。そうだねお姉ちゃん...」
まさかお風呂嫌いな私が、こんな簡単に籠落されてしまうなんて......。
「お風呂...好きになっちゃった?」
ギクッ!
「なっ、なに言ってんの!たまたま温泉が凄かったってだけでしょ!べっ、別にお風呂そのものをいきなり好きになったって訳じゃないし!」
思わず声が裏返ってしまった。
お姉ちゃんが嬉しそうにニコニコ微笑む。
......家のお風呂で入浴剤色々試してみようかな......。
廊下に出て、一旦大広間の方を確認しておこうという事で、廊下の反対側を目指す。
途中、老夫婦とすれ違った。
夕食は午後9時までだし、多分今から温泉に入りに行くのだろう。
奥さんの方は浴衣と羽織が良く似合う美人という感じで、お姉ちゃんとはまた違う髪のまとめ方をしてる。
背は私よりちょっと低い位だろうか。
旦那さんの方は白髪混じりのボサボサショートの優しそうな人...だが、何処と無く油断の無さや、周りを観察している感じも見受けられるので、もしかしたら同業者か、警察の人なのかもしれない。背は170cmちょっとだと思う。
すれ違い様
「お嬢さん達、温泉はどうだった?」
と旦那さんの方が聞いてきたので
「まだ入ってたかった位、すっごく良かったです!長湯してのぼせない様に気を付けた方が良いかも」
と答えた。
「ははは!そりゃあ良いな!うん、気を付けるよ。ありがとう」
旦那さんが笑顔で去って行った。
あの偶に無意識に出てる射貫く様な視線の感じは、まあ間違いなく刑事さんだろう。
刑事さんと知り合いだからか、なんとなく直感で分かる。
年齢の感じからいって元刑事さんかもしれないけど。
さっ、そんな事よりも大広間とその先へ...!
私達が歩き出すと今度は一人の男性とすれ違った。
黒のジャージを着ていてマッシュカット。年齢は20歳前後といった感じで、無線のイヤホンをつけて、スマホをいじりながら歩いている。
ぶつからない様に脇に避けつつ、私達は大広間の前に到着した。
黒いテーブルが8台あり、椅子はそれぞれに6脚ずつある。
部屋は最大6人位泊まれそうだから、椅子の数もそれに合わせているのだろう。
客室は和洋折衷という感じで、建物の中全体は旅館というよりはホテルの様になっていて、紺を基調とした色合いで落ち着いた雰囲気を醸し出しているのだが、この大広間は高級感のあるシックな色合いにまとめつつも、節々にそれとなく和を感じさせる様な絶妙な作りになっていた。
へぇ~良い雰囲気だな。そもそも全体的に凄く良い旅館だし、これは料理も期待出来そうっ!!
さっきからお腹が空いて仕方ない。
スキーをしたからというのもあると思うけど、温泉に入ったあと急に空き始めた感じがするから、これも温泉の効果なのかも。そういえば効能に食欲増進って書いてあった気がするし。
さっき見取り図でも見たのだが、大広間はどうも厨房に繋がっているらしい。
エレベーターや自動販売機が置いてある箇所が、部屋がある箇所に比べて幅がない為、客室がある3、4階は、片仮名の"コ"の字を南向きに向けた様な形をしているのだが、1、2階はその空白部分が埋まって長方形になっている。
フロントに美花さんが現れた時、エレベーターの裏手に当たる箇所から出て来た。つまり2階の厨房に当たる位置に、1階は事務室があるという訳である。
今日の夕食に胸をときめかせていた所、男湯からさっきの黒ジャージの男性が慌てて飛び出して来た。
「なんでアイツが......!」
声は聞こえなかったが、口の動きからそう言っている様に思った。因みに私は目が良い。
...まっ、そんな事はどうでも良いか!私は待望だった大広間の隣にある部屋へ向かった。
そう、ゲームコーナーである!
まさか山奥の旅館でそんな場所があるとは思ってもみなかったので、テンションがめちゃめちゃ上がっているのだ!
......まぁ、でも流石にこんな高級そうな所で、私が好きそうなゲームなんてある訳ないよね。
精々卓球台とかUFOキャッチャーが置いてあるとかそんな感じの......。
......えっ?
えぇぇぇぇぇ!?
確かにUFOキャッチャーや卓球台も置いてあるのだが、ほとんどがアーケード筐体で埋まっていた。しかも部屋の奥(南側)の方には、対戦出来るように向かい合わせになって設置された筐体まであった。
なっ、何ここの旅館!!凄すぎでしょ!!
私のテンションの異様な高まりを察知してか、お姉ちゃんがニコニコする。
よし、夕食の後は絶対にここに来てゲームだ!!
今やっても良いんだけど、時間的に中途半端だし、取りあえず今はタオルとか置きに行きがてら、夕食まで部屋でテレビでも見てのんびりしてよう。
部屋へと戻る途中 誰ともすれ違わなかったが、廊下を曲がる時、音がしたのでそちらをふと見ると、さっきのジャージ姿の男性がビール缶を持って404号室のドアを開けていた。ビールはそこの自動販売機で買ったのだろう。
気にせず、私達は自分の部屋に戻り、リビングのソファにどっかと腰を下ろしつつ、大画面のテレビをつけた。
「お姉ちゃん、なんか見たい番組とかある?」
「ううん。特に何もないから、華凛ちゃんが好きな番組観て」
「わかった」
あと30分位だし、適当にニュースでも見るか。
ニュース番組にチャンネルを切り替えると、ちょうど少年犯罪についての特集をやっていた。
ああ、そういえばこの前もあったんだっけ。
あれは確か通り魔傷害事件だった。
犯人はすぐに取り押さえられて捕まったと聞いた気がする。
特集では6年前にあった男子学生バラバラ殺人事件について触れられていた。
ああ、確かにそんな事件もあったな。
小学生の頃の私は、どうして人間がそんな事をするのか不思議だったから、図書館とかに行ったりして色々犯罪心理学とかを勉強したんだっけ。
確か事件自体は1月の寒い時期にあったから、学年は跨ぐけど その年の夏休みの自由研究も兼ねてやってた気がする。なんか私だけ浮いてたんだよな、あの研究発表の時。
このバラバラ殺人の犯人は、被害者と同じ学校の生徒3人で、度を越えたいじめで被害者を殺してしまったので、死体を隠す為にバラバラにしたという話だった。
確か、修学旅行でスキー教室に来ていた時に起こった事件だったんじゃなかったっけ。
そんな事を考えていたら、特集の方でも その様に語られていた。
そうそう、それでバラバラにした死体を、雪の中に場所を変えながら埋めたんだけど、3人の不審な行動を目撃していた生徒が結構いたし、被害者に対するいじめが前からあった事も知られていたから、彼がいなくなった理由を警察に問い詰められた時に、3人の内の1人が自供して、死体が雪の中から見つかったって話だった。
「ねえ、お姉ちゃん」
「うん?」
「死体の解体って、どれ位の時間かかるものなの?」
特集を見ていて、なんとなく気になったので聞いてみた。
「そうねぇ......」
お姉ちゃんが顎に手を置いて、地面の一点を見つめながら話し出す。
「解体の度合いにもよるけど、頭部、手足、胴体に分けるとかだと、なんの知識も技術も無い人がやったら、10時間くらいはかかるんじゃないかな。
ただ、ある程度訓練を積んでいる人がやるなら、メス一本で3時間以内に出来るっていう研究もあるよ。
関節部分は靭帯とかを適切に切りつつ、後は頸椎間の椎間板とかをメスで時間をかけてゴリゴリやる感じね」
そう言ってテレビに視線を戻す。
「この3人グループの場合は、協力しながらやったと思うから、多少は早かったかもしれないね。
多分、1人は見張りに立って周りを警戒しつつ、2人で分担して解体したとかじゃないかな。道具は宿泊先とかに偶々あったんだろうね」
「なるほどね」
しかし修学旅行で生徒も多い状況では、当然誤魔化しきれるものではない。それでも解体する手間を惜しまず、リスクを犯してでも死体を隠そうとする――そこには保身という事以上に、犯人の根底にある行動原理を感じずにはいられなかった。
それにしても"いじめ"が原因か......。
遺族は今でも やり場の無い怒りを抱えている事だろう。
幸運にも私が今まで通って来た学校では、そういった事はなかった。
いや、もしかしたら知らなかっただけで本当は隣のクラスとかであったのかもしれないけど、少なくとも私の周りでは起こってない。
いじめられている方にも問題があるなんて言っている人もいるけど、いじめという形で私刑に処する事を是とするのは、法治国家に生きる国民として論理的にどうかと思う。
......と、そんな事を考えている内に、夕食の時間が迫ってきた。
「そろそろ行こうか、華凛ちゃん」
「うん!」
弾む足取りで私は大広間へ向かう。
ああ、どんな料理が私を待っているのだろう!楽しみだな~♫




