豊穣の巫女…そして裏切り
アリスティーヌは神殿に入った。10人の巫女達と入れ替わりである。
アリスティーヌと一緒に入ったのは9人だった。
神殿の中には黒い大きな水晶が飾られており、それに向かって巫女達は毎日祈りを捧げるのだ。
9人の巫女達と共に、毎日、国の豊穣を祈る日々。
祈れば祈る程、力が奪われていく。
巫女達は皆、日に日に顔色が悪くなり、やせ衰えていた。
10年、祈り続けなければならないのだ。
しかし、祈らなければ…良い水が常に湧き出て、作物が良く育ち、
国土は緑に溢れて潤っているこの帝国が、滅びてしまうかもしれないのだ。
全ては帝国の為…
アリスティーヌ達、巫女は必死に毎日毎日祈った。
アリスティーヌ達が祈り続けて3年経った。皆、やせ衰えて歩くのもやっとで…
3年前に任期を終えた10人は生きているのだろうか。
もしかしたら、身体が弱った末に亡くなってしまったのではないだろうか。
ここは神殿の中、外の情報は入って来ない。
「ここは地獄よ。」
ある日、巫女の一人、テレーシアがアリスティーヌに向かって涙ながらに訴える。
アリスティーヌはテレーシアを慰めるように、
「わたくし達のやっている事は国の為になる誇り高い仕事なのよ。」
「でも…もう、わたくしは、疲れて疲れて…辛い…」
他の巫女達も涙を流しながら、
「ここから出たい。もう、こんな辛い事、続けたくない。」
「私も…いくら国の為とはいえ、身体がきつくて…」
テレーシアがひそひそ声で。
「逃げましょう。こんな所から逃げましょう。」
アリスティーヌが驚いたように、
「逃げるって…??」
他の巫女達も同意する。
「神殿はまさか私達が逃げ出すとは思っていないから、警戒は緩いわ。
今度、信者たちが集まる集会があるじゃない?その時に大勢人がくるから紛れて逃げれば逃げ切れるわ。」
「そうしましょう。」
10人の巫女達は、集会の日に神殿から逃げ出すことにした。
何千人と信者が来るのだ。紛れてしまえば解らない。
アリスティーヌは、誇り高い精霊の巫女の仕事を、ほっておいて逃げたくはないとは思ったが、身体が辛いのは事実である。
今なら、かろうじて歩く事も出来るのだ。
だったら、逃げるしかない。
皇太子レティストを頼ろう。頼って助けて貰おう。
そして、集会の日、巫女達は信者達に紛れて、逃げ出す事に成功した。
アリスティーヌは皇宮に向かう。
ああ…皇太子レティスト様…わたくしを助けて…
皇宮の門へ向かう。
どうやって中に入ろう…
アリスティーヌが困っていると、偶然、皇宮の馬車が門から出て来た。
皇太子の紋章が着いている。
アリスティーヌは馬車へ入り寄った。
「わたくしですっ。レティスト様っ。」
開き、レティストが顔を出した。
「誰だ?お前は…」
「わたくしです。アリスティーヌですっ。神殿から逃げ出してきました。
あまりにも辛くて。助けて下さいませ。」
「こんな女は知らん。」
ショックだった。自分の事を知らないと言われたのだ。
馬車の中から声がする。
「皇太子殿下。どなたですの?」
「知らない女だ。」
「まぁ…嫌ですわね。変な女に付きまとわれるなんて。」
馬車は行ってしまった。
待っていてくれると言ってくれたのに…
待っていてくれると…
フラフラと道を歩いて、ふとショーウインドーに映る自分の姿に愕然とした。
神殿の中に鏡はなかった。
痩せこけて、あばらが浮き出て…目は落ちくぼみ、あれだけ美しかった顔は様変わりしていた。
「きゃっーーーーーーーー」
涙がこぼれる。
何もかも失ってしまった…美しさも愛も何もかも…
アリスティーヌはその場で泣き崩れた。