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浩太朗の家に着くと浩太朗はひとりで現れた。父と妹は熱を出して寝込んでいるという。浩太朗は摩利子を見て一瞬びっくりしたような顔をした。
摩利子に初めて会った男はたいていビックリしたような顔をする。正彦は「浩太朗もやっぱり男だったんだ。」と思った。
駅へ行く道々、今夜の演奏される楽曲について、指揮者について、浩太朗は摩利子にあれこれ説明して聞かせた。摩利子はさすがに自らも芸術をやっているだけに的確に質問をした。浩太朗は珍しく饒舌だった。
彼の態度はまるで、きれいで優秀な女生徒を指導する先生にも似ていた。
「要するに今夜演奏される曲はみんなバレエの音楽なんです。だからバレエの舞台を想像しながら聴くといいと思いますよ。
2人の会話から弾き出された正彦はしらけた気持ちになった。しらけた気持ちの中にやきもちが含まれている事に彼自身気づかなかった。
3千人が入る渋谷のホールは満員だった。今夜の演奏曲は、ラヴェルの「ボレロ」「ラ・ヴァルス」「ダフニスとクロエ第2組曲」スロラヴィンスキー「春の祭典」指揮者はスイスのロマンド地方出身の名指揮者だった。
3人の席は真ん中の最前列だった。摩利子を真ん中に左右に正彦と浩太朗が座った。
「ボレロ」のあと僅かな間をおいて「ラヴァルス」が演奏された。ひとしきり続いた拍手が治まると「グフニスとクロエ第2組曲」が演奏された。
荘厳な古代の夜明けが精妙なオーケストラによって鮮やかに描きつくされた。摩利子は目を閉じ陶然としてそれを聴いた。
2度、3度と繰り返される音楽の高まりは性の悦びに似ていなくもなかった。
休憩の後、春の祭典が演奏された。叩きつけるような荒々しい奏法の打楽器群、金管楽器が吠え、打楽器が異様なリズムを刻む。
摩利子は目を閉じて観たことのないバレエの舞台を想像した。それは祝祭だった。古代人々の大地への讃歌だった。演奏が終わると芳醇な音の饗宴に酔いしれた。聴衆の熱狂的な拍手がホールを満たした。
この日以後、摩利子の画風は少しずつ変化していった。
暗い色彩が明るくなった。細部にこだわる絵から大胆な絵になった。教科書的な絵から彼女自身の個性を持った。




