Project - 1『We can work it out』
今日も空は青い。
喧騒に紛れ、人々は動く。恋をする。子孫を残そうとする。
「お仕事なにやってらっしゃるんですか?」
「は?」
「だから、城之内さんって、お仕事なにやられてるのかなって?」
笑い、泣き、そして人はまた立ち上がる。うまくいかないことも多いが時々うまくいったりすることもある。そして働く。働く。馬車馬のごとく働く。自分のために。自分の子供のために。老後のために。人類の未来のために。
未来。
そう、それははたして未来が続いていくと仮定しての話だ。
カウンター越しに女将が語りかけてくる。女将といっても年の頃はまだ三十代半ばくらいだろう── 人なつっこいような、何とも近寄りがたいような美貌とオーラを兼ね備えている。その様相は銀座にいてもおかしくないほどなのに何故こんなところでこじんまりとした飲み屋を営んでいるのか不思議なくらいだ。また、そんなアンバランスさがまるで映画に出てくる女優のようなミステリアスさを醸し出してすらいる。
「だっていつもお一人でこんな夜中に飲みにいらっしゃるでしょ?」
「ああ。い、いやぁ、たいした仕事じゃありませんよ。はは……はっはっは……」
「あら、教えてくださらないのね。笑ってごまかすなんてひょっとしたらなにか悪いコトでもなさってるんじゃありませんの?」
そう、人は誰しも未来があると信じてやまない。終わりがくるなど思いもしない。少なくとも自分だけには。
「そうですね~。いや、実はそうかもしれませんよ」
「嘘。冗談よ。そんな悪いコトできるお顔じゃゃありませんわ城之内さんは」
「えーと、それってつまり悪いことの一つもできないようなツマラナイ顔に見えるってことになるんですかね? 僕は」
「ほほほ」
「あっ、今度はおかみさんが笑ってごまかしましたね?」
城之内一。それが僕の名だ。商売柄とはいえおかみさんが名前を覚えておいてくれたことに対し僕の胸は少しばかり踊った。
誰も七年後に自分が死んでしまうなど── 七年後に人類滅亡の危機が訪れようとしているなど、夢にも想像してはない。露ほども。
それは僕もその一人だ。いや、僕だってその一人のはず、だった。そう、三週間前までは。あの運命の日までは……。
「ほほほ……ごめんなさい。野暮でしたわね。お仕事のことなんて聞いちゃダメよね。あたしったら」
「まあこんな飲み屋ですし、何をやってるかわからないくらいがちょうどいいでしょう。はは……」
「でもこんなに遅くまで飲んでて大丈夫なんですか? お近くにお住まいなの?」
「あ~……いや、その」と僕は天井を指差す。
そう、僕はこの建物、東中野アパートメンツの六階に住んでいるわけで。
アパートメンツとはいっても八階建てのそこそこ大きなビルであり、一階にはこういった飲食店がテナントで入っている。さらに上の階には不動産事務所や整体マッサージなどもある。二階にはネイルサロンや卓球教室もあり、そして僕が勤める〈研究室〉はその階にひっそりとあった。
つまりこの建物には僕の住居と仕事場、そしてこうやって一杯飲むための居酒屋までついているというわけなのである。
── お仕事なにやってらっしゃるんですか?
仕事。僕の仕事。
僕が未来のために働いている“仕事”。
それは、このアパートで〈とある一匹の猫〉を飼うことだった。七年後に訪れるであろう人類滅亡の危機。今のところその危機を回避できるかもしれない唯一の存在であるその猫。彼は見かけはどこにでもいるようなただの猫。真っ白な毛並み、脇腹の辺りにただ一点だけ黒いぶちのある何の変鉄もないオス猫だった。
彼の名は、いや、プロジェクトネームは“リョーマ”と名付けられていた。