最終回・春満開
*前回までのお話*
タンポポの国へ無事たどり着き、和久、緑、そしてシャルルーと再会する美奈子達。それぞれ、別々の方法で現代のラブタームーラに帰ることに。
薄暗いコックピットに突然ライトがつき、計器類が忙しく動き始めた。
4つの冷凍睡眠カプセルが同時に開き、どこか機械的な声がこう告げる。
〔1億年が経ちました。さあ、みなさんお目覚めの時間です〕
しかし、誰1人として目を醒まさない。
見晴らしの塔の窓の1つが開いて、どこから飛んできたのか、金色に輝くチョウが入り込んできた。
チョウは4人の頭上をぐるぐると踊るように飛び回り、その直射日光にも似た光を浴びせかける。
「うーん……もう、朝?」まず、美奈子が伸びをして手で目を覆う。「なんてまぶしい光かしら。あたし、まだ眠っていた気分だわ」
続いて元之が、「実によく眠りました。こんなにすっきりした目覚めは初めてです」
「うう……そろそろ朝ご飯の時間か?」浩が目を開き、ようやく和久も起き出した。「なんだか、とってもいい夢を見ていた気がするんだけど、ちっとも思い出せないや」
全員が目を醒ますのを確かめるかのようにして、ヒカリアゲハは再び窓の外へと飛んでいってしまった。
全員がすっかり起き出すと、やっと自分達が永い眠りから目を醒ましたことに気がついた。
「あれから、もう1億年が経ったんだ……」浩が感慨深そうにつぶやく。
「永いようで短かったわね。もっとも、眠っていたんで時間が過ぎていることなんてわからなかったけれど」美奈子は半身を起こして、もう1度背伸びをした。
「そうだ、シャルルー達も三つ子山で埋もれているはずですよ。すぐに行って、館長に報せましょう」実のところ、館長はとっくにあきらめていて、ここ最近は発掘調査をしていなかったのだ。
「どんな姿で現れるのかなあ」と和久。
「そりゃあ、昔通り、虹色の肉のついた姿に決まってるぜ。今度は、『感性』を誰にも渡さない、そう言ってたろ」
「そして、その体の中には緑があの時のまましまい込まれているのよね」美奈子はわくわくと胸を弾ませながら言った。
「では、さっそく降りて館長に掘り出してもらわなくてはなりませんね。これですべてが一件落着です」元之が自信満々に胸を叩くのだった。
「1億年の間に、ロケットは6メートルも沈んじまってるそうだが、ちゃんと地下に穴を掘ってあるんだろうな」浩が少し心配そうな顔をする。
「それは大丈夫でしょう。長老のご先祖様にそう約束したのですから」元之は楽観的だった。
エレーペーターを降りていき、「ピュアリス! ドアよ開きたまえ」と呪文を投げかけると、ドアはスーっと音もなく開き、地下通路が延びていた。
通路には、長老が以前のまま立っている。
「やあ、お前さん方。旅はどうだったね?」
「えっ、公園番のおじいさん?!」浩が声を引っ繰り返した。「1億年も、ずっとここで待っていてくれたの?」
「まさか!」と公園番。「お前さん方が旅立ってから、まだほんの数分しか経っとらんよ」
「不思議ですねえ。我々は1億年を経験したというのに、見晴らしの塔の外にいる人にとっては、まるで時間の経過が存在していないのですから」元之はしきりに首を捻った。
「それがあの塔の魔法でもあるんじゃな。まあ、面倒な話はこれっきりにして、お前さん方はすることが色々とあるんじゃないのかね?」
「あ、そうだった。館長にまず報告して、それから和久のご両親、あたしのおとうさんとおかあさんにも色々と説明しなくちゃ。和久が帰ってきたと知ったら、みんなどんなに喜ぶかしら。それに緑。また、あたしの弟になるのよ!」
一同は地下通路を通り、公園番の詰め所から続々と姿を現した。
「眠っていたのはごく一瞬の気がするけど、不思議ね。何もかも懐かしく感じるわ」地上に出て、始めに口を開いたのは美奈子だった。
「ほんとうだ。あの噴水広場も、プラタナスの林も、まるでずっと見ていなかった気がするぜ。実際に向こうにいたのは、ほんの数時間なのによ」
「わたし達は眠っていたとはいえ、1億年を経験したのですよ。だからなのでしょうね」
「ぼくなんて、本当に数ヶ月を過ごしたんだからね。確かに懐かしいよ。やっぱり、こっちの時代のほうがいいなあっ!」和久は心からそう言った。
「まずは、館長のところに行かなくっちゃ」と美奈子。
「そうですね、まだ昼過ぎだから、発掘の準備には十分間に合いますよ」
公園番をそこに残すと、4人は見慣れた道をてくてくと歩いていった。
館長は博物館に見当たらなかった。いつもは、客に説明をするのにあちこちうろつき回っているのに。
「館長室だな、きっと」浩が言った。
そこで、廊下の突き当たりにある館長室に行くと、みんなしてドンドンとノックをする。
「なんだ、なんだ。ずいぶんと騒がしいじゃないか」文句を言いたげに館長が現れた。「おや、タンポポ団の面々じゃないか。やや、和久君もいるぞっ! ということは、すべてうまくいったのじゃな」
「そうなんです、館長。シャルルーもいますよ。もっとも、今は三つ子山に眠っているところですが」元之が言うと、館長は額にしわを寄せて、
「あそこは何度も掘ったんじゃが、骨1本とて出てこなかったわい。また同じことじゃないのかね?」
「でも、現に和久君がいるじゃありませんか。それが何よりの証拠です。詳しいお話はあとでするとして、すぐにでも発掘していただきたいのです」
館長はあごに手をやり、しばらく考えていたが、
「なるほど、それは確かにそうじゃ。それに、君たちには、これまでもさんざん助けられてきたからな。よし、今から発掘隊に連絡しよう。神よ、我が願いを叶えたまえ!」
館長はあちこちに電話をかけ、自家用車で4人をつれて三つ子山へと向かった。
しばらく待っていると、重機やら学術調査隊らが到着し、これまで何遍も掘ってきた同じ場所に鋼鉄の爪を突き立てた。
いくらも掘らないうちに、虹色の美しい肌が表れる。
「よーし、ここからは慎重になっ」館長が号令をかける。重機でそっとあらかたの土をどけてしまうと、あとは手掘りで丁寧にかき分ける。
2時間ほども経つと、ナナイロサウルスがすっかり露わになった。
「おおっ、これぞ神秘と謎のクビナガリュウじゃ!」館長は今にも踊り出しそうなほど喜んだ。「それにしても、いったいなぜ今見つかるとわかったんじゃね?」
「あたし達、1億年前に行ってきたんです。シャルルーは水のまだない星降り湖に落ちてしまい、それで三つ子山に来られなかった、というわけなんです」
「なるほど、どうりでなあ」館長はうなずいた。
「シャルルーを起こしましょう」元之が言い、その長い首を何度も揺すった。
ようやく目を醒ましたシャルルーは開口一番、「ああ、あなた方がわたしを起こしたと言うことは、すでに1億年経ったというわけですね」
「はやく、あたしの緑を出してちょうだい」美奈子が焦る。それを元之が止めた。
「まあ、お待ちなさい。わたしにいい考えがあるのですよ。それはですね――」4人と1匹は、頭を合わせてひそひそと話をする。「シャルルー、あなたにならそれができますね?」
「ええ、お任せください」とシャルルーは自身満々に答えた。
「館長、あたし達にしばらくシャルルーを貸していただけませんか?」美奈子は申し出た。
「それはかまわんが、こんな図体をしていては、目だってしょうがあるまい」
「それは大丈夫」と元之。「シャルルーは小さくなれるではありませんか。
「おお、そうじゃった、そうじゃった。ネズミほどにして、懐にでも収めておくといい」
タンポポ団はシャルルーに小さくなるよう頼み、美奈子の胸ポケットにしまい込んだ。
「夕方までにはお返ししますよ。もっとも、シャルルーが1億年前に帰りたいというのなら別ですが」
「わたし、しばらくこの時代にいようと思うのです」ポケットの中でシャルルーが言った。「昼間は複製のクビナガリュウとして博物館の大広間で眠り、夜になったら星降り湖に遊びに出かけることにします。坊っちゃんと一緒に暮らせるのなら、それも悪くありません」
「おおっ!」と館長は喜びの声を洩らした。「なんといい考えじゃ。わかった、夜は外に通じる扉の鍵を開けておくとしよう。これで、万事解決じゃわい!」
美奈子達は、シャルルーを連れて、美奈子の家に行った。
「うまく行くのかしら?」美奈子は少し心配げだ。
「大丈夫ですよ、美奈子さん。わたしにとって、坊っちゃんの『感性』は不必要なものです。また骨に戻ったりはしませんから」そうシャルルーは言うのだった。
おかあさんは相変わらずソファーに掛け、悲しげな溜め息をついていた。美奈子はその隣に座ると、静かにこう言った。
「あのね、おかあさん。あかちゃんね、魂が空っぽなんですって。『ある人』がそう言っているのを聞いたの」
「まあっ、じゃあ、やっぱり死産なのね?」その目から涙がこぼれ落ちる。
「最後まで聞いて。あたしの胸ポケットに魔法のクビナガリュウがいるのよ。彼女とは博物館で会っているわね。もっとも、生きているとは思わなかったでしょうけれど」
「ああ、あの虹色のきれいな骨のことね。それがなにか関係あるの?」
「シャルルーって名前なんだけど、今、心臓の中に緑の『感性』が眠っているの。『感性』って、魂と同じでしょ? それをお腹の赤ちゃんに宿らせるのよ」
「そんなことができるの?」まだ懐疑的なおかあさんだったが、かすかな希望の光が目の奥でキラリと輝いた。
「わたしならできます」シャルルーがポケットから顔を出し、おかあさんの顔をじっと見つめた。優しく、思いやりのある目だった。
シャルルーはポケットから這い出してきて、お母さんの腕の上に乗った。すると、虹色の体がいっそう光を放ち、小さな緑色の光の球がそのお腹へと吸い込まれていった。
「あっ……」おかあさんが思わず声を出す。
「どうしたの?」美奈子が心配そうに言う。
「今、あかちゃんが、わたしのお腹を蹴ったわ!」
タンポポ団の全員がお互いの顔を見た。
「成功ですね!」元之が言い、浩がだまってうんうんとうなずく。
「やったーっ! ばんざーい!」和久は黙っていられず、涙に顔をぐちゃぐちゃにして叫んだ。
「これで、緑君は、正真正銘、美奈ちゃんの弟になったわけですね」元之は、まるで自分のことのように喜んだ。
「きっと、運命だったのよ」と美奈子。「あたしが百虫樹に触れたときから、そしてヒカリアゲハを逃がしてあげたときから、すべて決まったことだったに違いないわ」
それから4年の月日が流れた。美奈子達は中学に進学していた。浩達と同じクラスだったのは偶然とは思えなかった。おそらくは、小学校の校長の申し合わせに違いなかった。
例の見晴らしの塔のもとへ、4つになったばかりの緑を連れて散歩に行くと、久しぶりに公園番のおじいさんと出会った。
「おうおう、久しぶりじゃな。そうか、この子が緑の生まれ変わりというわけなんじゃな。4歳なら素質は十分じゃ。これからは、おまえさんがわしの代わりに魔法使いになるのじゃ。覚悟はできているかな?」
「ぼくが魔法使い?」
「実はね、緑。あたしも、ここにいるみんなも魔法使いなの。あんたが魔法使いになってくれれば、ちょうど5人になるのよ」美奈子が説明した。
「うん! ぼく、魔法使いになるっ」生まれるまえのことはすべて忘れてしまった緑であったが、その素直な性格は元のままだった。
「よろしい。では始めよう。パラミラス! この者の本当の名前を思い出させたまえ」公園番は呪文を唱えた。とたんに、緑は自分の本名がクラテリウスであることを知った。「さあ、わしの名前を忘れさせるんじゃ」
「うん。クラテリウス! おじいさんの本当の名前を忘れさせて」
「さて、これで5人の魔法使いが揃ったわけじゃが、1つ頼みがある。今から1年と3ヶ月後に小惑星が地球に衝突するのじゃ。1人1人の魔法ではどうにもならぬ。そこで集合魔法を使うのじゃよ。さ、みんな手をつなぎ、その小惑星を心に思い描くのじゃ。十分にイメージが湧いたら、各自自分の名を叫び、こう言うのじゃ。『小惑星から地球を守り給え!』。いいな、がんばるんじゃぞ」
そこでタンポポ団は手をつないで丸くなり、イメージを膨らませた。不思議なことに、不気味に迫ってくる小惑星が誰の頭にも浮かんできた。
「クラテリウス!」
「シノアラス!」
「シュラルクス!」
「リラディス!」
「ピュアリス!」
そして同時に呪文を唱えた。「小惑星から地球を守り給え!」
太陽の光より強烈な光線が真っ直ぐに伸び、雲間を突き破っていった。5人の心の中で、小惑星が粉々になる様子が、まるでその場で見ているかのようにありありと映し出された。
「どうやら成功したようじゃの」公園番はニッコリとほほえんだ。「これでわしの役目はすべて終わった。ちょいと旅に出てくるとしよう。いつかまた、お前さん方と会える日を祈っておるよ」公園番はきびすを返すと、ゆっくり去って行った。
ずっと遠い日、誰が5人の魔法使いかはわからねど、「タンポポ団」という名前だけはいつまでも残り、語り継がれたとのことである。
・長い間お読みくださり、本当にありがとうございました。