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3.俺と魔法使いと魔族討伐(後篇)

 あの日、「討伐とは何なんでしょう」と彼女のこぼした疑問に、俺は驚いた。それはかつて騎士カーライルが魔王を討伐した時に、俺が父にこぼした疑問と同じだったからだ。

 俺の疑問に、父は「自分で考えろ」と言い、俺はまだその答えを見つけていない。だから、俺も彼女に、かつて父が俺に答えたように答えた。

「それは、自分で考えるしかないな」と。


 この王都に、数百年に渡って棲み続けている魔族がいると、噂だけは聞いていた。

 その“王都の魔”と呼ばれる魔族を討伐しろという任務が下りてきて、俺は上のやつらの正気を疑った。

 馬鹿か。

 相手はどんな魔族なのかも、どんな魔法を使ってどんな戦い方をするのかもまったくわからないのに、それを正面から乗り込んで行って倒せというのか。これだけ討伐のことを知られていれば、向こうにも迎え撃つ準備をされるだろうに、隠密の任務にする頭もないのか。

 自分を任務に入れろと言う騎士は多く、気の早い奴の中には既に倒した気になって騒ぐ者もいた。なんておめでたいんだ。

 さらに、問題の“王都の魔”が何をしたのかといえば、「まだ何も」だそうだ。なのにわざわざ自ら手を出して盛大に噛まれようというのか、上は。

 そうこうしているうちに話は進み、騎士カーライル自身が“王都の魔”にあたることに決定し、騎士団内の騒ぎは収束した。


 師団から今回の討伐に派遣されて来たという魔法使いは2人……ヤレットとエディトだった。この2人が派遣されたということは、師団はどうにか体裁よく穏便にことを収めたいのだろうとは思うのだが、問題は騎士カーライルまで持ち出してきた騎士団か。

 騎士カーライルの元へと赴き、要約すれば「自分以外は足手纏いだから手を出すな」という彼の言葉を聞きながら、ふと、以前から考えていたことを尋ねてみる気になった。

「カーライル殿にとって、討伐とは何ですか?」

「王国と民に害なすものを討つことだ」

 カーライルは笑みを浮かべながら、一切の躊躇も迷いもなく言い切った。何をわかり切ったことを、と言わんばかりの態度だ。

 その様子に、俺は、ああ、こいつは幸せ者なんだなと考え、納得した。騎士カーライルは、これまでそのきれいなお題目を疑うような羽目に陥ったことはないのだろう。王国の正義を自分の正義として疑わずにいられるのは、たぶん、幸せなのだ。


 討伐のその日、予想通り俺たちは待ち伏せられていた。騎士カーライルと、俺と、魔法使い2人以外は結界で締め出された。エディトの解除魔法があっても騎士カーライルは少年の姿をした“王都の魔”に翻弄され、エディトを人質のように取られ、もう少しで呪いまで掛けられるところだった。

 しかし結果は散々だったにも関わらず、騎士カーライルの名声に傷が付くことを恐れた上は「“王都の魔”は追い払われた」などと発表したが、本当に、モノは言いようだ。


 翌日にはいつもの通り、討伐終了後の報告書を持ってエディトがやってきた。いつもと違って何かを言いたげにしている彼女は、ついに意を決したように……多分ずっと抱えてきたのだろう疑問を俺にぶつけた。

「小隊長殿は、何なんですか?」と。


 彼女らしく正面からか来たのか、と。

 とうとう、避けられないところに追い込まれてしまったな、と思う。


 そして俺も、もうはぐらかすことはせず、魔の森にいた魔法使い……魔王のこと、彼が渡した指輪のこと、そして俺の家族と血筋のことを淡々と語った。だが、最後に問われた「俺は何か」という疑問には、どうしても答えることができなかった。「わからない」としか言うことができなかった。

 少し前なら、迷わず人間だと答えていただろう。だけど、今は本当にわからなくなってしまっていた。俺はいったいどっちなんだ。種族としても中途半端、騎士としても中途半端……俺は何を拠り所にして立っているのだろう。


「俺が何かわかったら、俺にも教えてくれ」


 何かを堪えているような表情の彼女に、そう言うのがやっとだった。


 それから次の討伐任務が降ってくるまで、まるまる1ヶ月が過ぎた。

 その間に彼女が師団寮を出たという噂を聞き、何かあったのかとは思ったが、自分から尋ねに行くことはしなかった。“王都の魔”討伐後の騒ぎもすっかり収束し、王都にまた以前と変わらない日々が過ぎるようになっていた。

 そして1ヶ月ぶりの任務で彼女に会うと、何故か晴れ晴れとした様子に見えた。魔力が上がったように感じてそう聞けば、師団寮を出て良い師匠に付けたので、みっちりと魔法の訓練をしていたのだと言う。最初の任務の時のように詳細を確認すると、驚くほどに彼女の魔法の腕は上がっていた。


 魔物が出たというヴァルドウの町へ赴き、調査を始め……すぐに、領主の館に魔族の混血だと思われる子供が隠されていることが判明した。しかも、虐待された、ひどい様子の子供が。

 今にも死にかけている子供を、今すぐにでも助けに行くと言い放つ彼女を慌てて止める。ただの人間ではなく、混血の、しかもまだ赤ん坊と言ってもいいくらいの子供なのだ。助けてそれで終わりというわけにはいかない。

 だが、彼女は妙にきっぱりと、笑って言った。

「小隊長殿は、前にどちらだと思うかと尋ねましたよね。考えて、思ったんです。どちらだっていいんですよ。種族なんて些細な問題なんです」

 驚き呆気に取られる俺に、彼女は早口で続けた。曰く、害をなしているかが問題なので、種族は問題じゃない。討伐とは、害なすものを討つことで、特定の種族を討つことじゃない。あの子供は魔族の血筋だが、虐げられているのだから助けるのが当然だ。なぜならそれが彼女が魔法使いとして師団にいる理由なのだからと。


 昔、何故そんなに騎士になりたいのだと、父に尋ねられたことを思い出す。ずっと忘れていたが、そうか、同じだったのか。


「わかった、俺も同行する」


 そう告げたとたんに慌てだす彼女の姿がおもしろい。今更のようにあたふたと、見つかったらただじゃ済まないのになどと言い出す。誰が行っても一緒だというのに。

 だが、せめて日が暮れるまでは待ったほうがいいだろうと、一度宿舎代わりにしている宿へと戻った。


 ──そして日暮れを待つまでの間に頭が多少冷えたのか、エディトが俺のところを再度訪れ、段取りを変えたいと言い出した。俺も、エディトに先ほど感じた魔力の出処について、ちょうど尋ねたいと考えていたところだった。


 変えたいという段取について促すと少々挙動不審ながら説明を始めたが、どうにも歯切れが悪く……とうとう先程感じた魔力について追及すると、“王都の魔”自身が出張ってきた。やはりな、と思いつつもさらに説明を促して唖然とする。“王都の魔”を師としたことはともかく、彼女はあの子供を養子にするつもりであるとも言うのだ。

 どことなくバツが悪そうに、責任取って子供を引き取り、“王都の魔”にベビーシッターと教育係をやらせるという彼女に脱力した。これまでもわりとどうしてそこへ行くのかという発想をすることがあったが、これはやりすぎではないのか。

 あれこれ考えていた自分がなんだかとても馬鹿らしく滑稽に感じ……もう、彼女の案にでも何でも乗ってやろうという気分になって、「わかった」とだけ答えた。


 結局のところ、“王都の魔”まかせの行き当たりばったりな段取りではあったのだが、どうにかうまく事は進み、子供を逃しつつ任務を達成することもできた。

 “王都の魔”は、意外にも本気で腹を立てていたようだった。余計なことまでしてくれたと思わないでもないが、ほぼ彼のおかげで任務も含めてどうにか収拾がついたと言っても過言ではない。後始末には少々手間取ったが、こちらの目論んだとおりの結末へ持ち込めたのだ、僥倖と言っていいだろう。


 ようやく王都へと戻れた時には、あれから10日も経っていた。

 子供はどうしただろうか、はたして“王都の魔”に子守なんて芸当が可能なのか。かなり気に掛かっていたこともあり、報告書を提出しにきたエディトの誘いに二つ返事で乗って、彼女の家を訪れた。

「……本当に、いたのか」

 エディトの家から出てきた“王都の魔”に、思わず呆然と呟いてしまう。やつも、俺が来るなんて聞いてないと文句を言っていたようだが……こいつと同居と言ったが、本当に大丈夫なのか? 「ユールは周りの住人には“彼女”だと思われてますから」とエディトは言うが、問題はそこじゃない。

 “王都の魔”に続いて出てきたのは、半妖精の女の子だった。半妖精からうっすらと感じる、覚えのある魔力に一瞬考え込みそうになったところで、エディトがいつもの、彼女が“美少女”にカテゴライズする相手の時に必ずやる挨拶を始めた。

 なんで彼女はあんなに“美少女”が好きなんだ。わからん。


 子供は、あの地下牢にいた頃に比べて、見違えるほど元気になっていた。今は姿を変えていないのか、色以外、耳も角も魔族の姿になっている。舌足らずに言葉を話す子供に、エディトは“幸福”を意味する“フェリス”という名前を与えた。

 “名を与える”という行為は、今も昔も変わらず、相手のすべてを自分が負うという宣言と同義であると思う。エディトは、フェリスに名前を与えることで、この子供の今後を全て背負うと決めたのだ。

 そして、フェリスを養い子としたことで、彼女は何かを決意したようでもあった。


 「フェリスの顔を見る」という理由でエディトの家を訪ねることがすっかり日常化したある日、“王都の魔”が、訳知り顏でにやにやと笑いながら俺を見ていることに気づき、思わず顔を顰めた。

「何か用か」

「そんな心配しなくてもさあ、エディトとはそういうことにはならないから大丈夫だよ、黒森の長子?」

「……その名で呼ぶのはやめろと言っただろうが、“王都の魔”」

「じゃあ、君もそう呼ぶのはやめてよ」

 ふぉー、と呼びながら駆け寄ってきたフェリスを抱き上げ、俺は溜息を吐く。どうもこいつは苦手だ。魔王のように、何か見透かされているような気になる。

 ふと、フェリスから魔力を感じた。集中してみると、これは……。

「おい、印をつけたのか」

「……だって迷子になったら困るし?」

 相変わらずにやにやとする“王都の魔”を睨む。

「エディトに知れてみろ、就職させられるぞ。きっと、まずは師団への入団斡旋から始めるだろうな」

「えっ?」

「エディトのことだ、無職のヒモ男のところへなんか、嫁にやる気は断固ないだろう。わざわざ印までつけて、残念だったな」

 ヒモとか酷いなあ、別に嫁にってわけでもないのに、とぶつぶつ言う魔族が、ふと思いついたように、またにやりと笑う。

「君のほうこそどうなのさ」

「何がだ」

「エディト全然気づいてないと思うよ? もっとも、エディトの場合、そういう気がないっていうより、意識してそういう気を起こさないようにしてるって感じだけどね」

「……何の話だ」

「睨まないでよ、自分でわかりやすい行動してるくせに。僕、これでもエディトにはちゃんといいようになってほしいんだよね。あの子のことは気に入ってるから。

 あ、君のことも嫌いじゃないよ。斬られたのは根に持ってるけど」

「そうかよ」

「だから、エディトにはたぶんストレートに言わないとわからないと思うよ」

 わかっていることを、この魔族に改めて言われるのはかなり腹立たしいと実感する。


 ちなみに、「夢を見るのはもうやめた」ときっぱりと、しかしどことなく寂しそうに言う彼女に、思わず「俺のところへ来ればいい」と言ってしまったのは、この数日後だった。

 さらにそのすぐ後に、可愛らしいコブと、どうでもいい特大のコブを付けたまま、エディトは俺のところへと来た。


 彼女がいれば、俺はこの王国でも騎士を続けられると思う。



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