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9.戦いの始まり

 レテナがそれに気がついたのは、あの山盛りになったポテトが空になり、全員の腹具合もようやく落ち着いてきた頃だった。


「……あれ? ねえ、あれってスカイベースじゃない?」


 窓の向こう、大空を航行する建造物を指さして、そう言った。

 彼女の言葉に、三人もそちらへ目を向ける。と同時に、三人が全員表情を険しくした。


「スカイベースは普段第五階層にいるはずだけどね?」

「何かあったと見たほうがいいだろうな」


 ナルターとリーブが言い、それに応じるようにしてカイトの胸元で端末が鳴る。


「はい。……はい。そうですか、わかりました。ただちにそちらと合流いたします」


 簡潔な短い通話。そしてそれが終わるや否や、カイトは立ち上がってリーブの前で手錠を取り出した。

 拒否する資格が自分にないことはわかっているが、思わずリーブは顔をしかめる。


「リーヴェット様、申し訳ありませんがご同行願います」

「……なんだ、何があった?」

「リゾートアイランドで事件だそうです。現場が非常に近いので、念のため拘束の上でスカイベースに引き上げろ、との命令でございます」

「なんだって?」


 拘束を受け入れながらも、今度はカイトの顔を凝視するリーブ。


 リゾートアイランドと言えば、第七階層きっての観光地だ。しかも立地は浮島で、デビルが出現した場合の避難は難しい。シェルターがないわけではないが、それでもその許容量は通常よりだいぶ劣るはずだ。

 だとすれば、すぐにでも駆けつけなければ……と、そこまで考えて、自分はダメだと思い至りリーブはため息をついた。


「リーブが疑われてるの?」


 一方、険しい表情を隠さないのはレテナだ。リーブの両手をつなぐ手錠を、じろりとにらんでいる。

 だが、それはお門違いだとリーブにはわかっている。カイトがこうしたくてしているわけではないのは、せっかくのかわいい顔の眉が下がり、伏し目がちになっていることからもわかる。


「はっきり申し上げてしまうと、そうです。あとは、現場の近くで万が一デビル化が進行した場合に抑制できない可能性がある、という考えもあるでしょう」

「……やれやれ、こんな現場は見たくないが仕方ないね。どれ、私も行って早く事件を片付けてしまおう」


 残っていたコーラを飲みほして、ナルターが立ち上がる。その目に、力強い輝きが宿っていた。リーブが久しぶりに見る、デビルハンターとしての義父の目だ。

 そして――まったく同じ目を持つものがもう一人。


「あたしも行く。できることがあるなら、あたしだって協力したい」


 レテナの言葉にリーブは、のど元まで出かかった否定の言葉を飲み込んだ。

 無理、と断じることはできない。彼女の、飛び抜けた射撃能力を目の前で見たのだ。しかるべき装備さえあれば、彼女は間違いなく一級の戦力になりうるだろう。そう、半分デビルになってしまっている自分よりも、よっぽど。


 そして思う。ああ、親子なんだな、と。顔だけでなくその心の内もまた、似通った本当の親子なのだと。

 そんな気持ちに、どことなくさみしさを覚えるリーブだった。だがもちろん、それを口にはしない。代わりに、謝罪を口にする。


「ごめん、おやっさん。それにレテナまで」

「何、気にすることじゃないさ!」

「そうよ! それに、あんたには恩もあるんだし!」


 二人の返答に、リーブはありがとう、とこぼして笑った。

 そして、


「行こう、カイトちゃん。スウォルさんの手を煩わせるわけにはいかないしな」


 カイトにそう告げ、席を立つ。


「はい。まずは飛空艇に戻りましょう」


 カイトもそう返し、懐から取り出したタオルでリーブの手錠を隠す。

 と同時に、周囲一帯にけたたましいアラート音が鳴り響いた。


 第一種警戒通報。デビルが近隣に出現したことを告げる、ミッドランドにおいて最も警戒すべき警報。

 その音に、あの日の光景が思い出される。だがそれを振り切って、リーブは表情を引き締めた。自分があれと同じことをするわけにはいかない、そう思いながら。



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 スカイベースが、リゾートアイランド動物園区域に直撃する。それは接岸ではなく、まさに直撃と言えよう。轟音と共にリゾートアイランド側の地面が大きくえぐれ、スカイベースの土台がそこにめり込んだ。明らかにすさまじい影響が出ているはずだが、双方にはさほどの衝撃はない。内蔵された衝撃低減装置が最大限の効果を発揮したのだ。

 と同時に、スカイベースから多くのゼロ課隊員たちが飛び出していく。先陣を切るのは、住人の避難を優先しつつ、彼らをデビルから守る精鋭たちだ。隊長スウォルの後継者になりうるであろう実力者たちがひしめくこの部隊にとって、ある程度の量のデビルなど物の数ではない。


 だが、そんな彼らもさすがに今回のデビルの数には驚きを隠せなかった。

 飛び交う鳥たち、走り回る獣たち。そのほとんどが、星屑を体外に露出させ異形化を完了したデビルだったのである。デビルという存在は星屑により伝染するが、それでもこれだけ多くの、しかも雑多な動物たちが一斉にデビル化するなど、常識ではありえない。


『隊長! 至急増援を頼みます!』

「了解、第二、第三部隊も投入する! こちらスウォル、第二、第三部隊展開せよ!」


 現場からの報告を受けるや否や、スウォルは即座に決断する。極力戦力を温存する手法を普段は取っているが、そう言っている場合ではないことはモニター越しからも明らかなのだ。


「……いきなりしょっ引いて悪かったな」


 一通りの指示を終えて、ようやくスウォルが振り返る。それに自嘲気味に笑って見せて、リーブは両手を上げた。


「いや、いいんです。状況はわかってますから」


 手錠はいまだにつけられたままだ。パイプ椅子に座ってはいるが、両隣には隊員がいていつでも拘束、もしくは首をはねられるようになっている。

 レテナがそれに不満を訴えたが、モニターに映し出された現場の様子を前にしては、さすがに思考の外へ追いやるしかなかった。


「ど、どうなってんのよ……!?」

「見た感じ、ほとんどの動物がデビル化してますね。能力に覚醒してるやつはいないみたいですが……もしかするともしかしますよね」

「リーブの言う通りだ。そんなやつが出ないように祈るしかない……おっと」


 話を途中で切り、スウォルは無線を取る。


「第一リーダー! 十時の方向からたくさん来るぞ! 備えろ!」

『了解!……うおおおっ、ダチョウ! ダチョウの群れだ! サブリーダー、ここは俺が引きつける……』


 しばらく、そうしたやり取りが続く。その際、スウォルの指摘は毎度的確なのでリーブが口をはさむことは何もない。たまに意見を求められるが、大体は既にスウォルの中で決まっていることへの同意を求めるものだ。


 自分もあそこに行ければ。センティだって、あそこにいる。そうは思うが、それが許されないこともリーブにはわかっている。


 することもないので、最前線に立つ同僚には悪いが周囲を見渡し気を紛らわす。


 両脇の隊員二人は、緊迫した表情で直立不動を貫いている。レテナは、混乱しつつもなんとか少しずつ状況に適応し始めている。カイトは、目を閉じて何かを考えている様子だ。

 ナルターはいない。武器を取ってくると言って、スペースラボへ文字通り飛んで行った。その際に、レテナに例の試作品を予備のマガジンと共に渡して。


「スウォル様」


 そんな中、喧騒を貫くようにカイトが一声上げた。一瞬にして、司令室に静寂が訪れ、周りの視線が彼女に注がれる。


「どうした?」


 スウォルが問う。


「リゾートアイランド全域から、多量の星屑の気配を感じます。まるで網のように、土台の浮島全体を覆っています」

「網のように……? 外から見てそれとわかるようには見えない……まさか、ガス管とか水道管の類か」

「恐らく。……そして、それらは等間隔に並んでいます。これも恐らく、としか言えないのですが……理性、知性を持ったデビルが関与している可能性があります」

「……そうか」


 カイトの進言に、司令室が騒然となる。先ほどまでの喧騒とは違う。混乱が多分に含まれた、質の悪いものだ。


「カイト、近づけば場所は正確にわかるな?」

「はい、まず間違いなく」

「わかった。特殊工作班をお前に任せる、アイランド全域を調べ、見つけた星屑は即時除去しろ」

「仰せのままに、スウォル様」


 そして返事をするや否や、カイトは素早く身をひるがえした。それは、その小さな身体が発揮したとは思えない速度で、あっという間に司令室からいなくなる。

 それを見送る暇もなく、レテナが誰にともなく問いを投げかけた。


「知性を持ったデビルなんて、存在するの!?」

「「する」」


 答えたのは、スウォルとリーブだった。返答を受けて、レテナが交互に二人を見る。


「人間がデビル化すると、そういうデビルになることがある」


 解説の口火を切ったのはスウォルだ。


「そうなった場合、デビルを増やし破壊を行うというデビルの本能を、人間特有の狡猾さで実行する。結果どうなるか? 災害レベルの被害が出る。

 ただ死傷者が出るだけじゃない、そいつらもいずれデビルになることを考えると、よっぽど大地震や大津波のほうがマシだ」

「……俺もそうなる可能性がある。だからこそ、こういう風に扱われてるんだ」


 お手上げ、と言わんばかりに両手を上げて、今度こそ自嘲を前面にしてリーブは乾いた笑いを浮かべた。それに合わせて、じゃらり、と手錠の鎖が鳴る。

 それを、レテナは絶句して見つめる。だが、すぐに復帰した彼女は、更に問う。


「……な、なんで……なんでカイトちゃんに星屑のことがわかったのよ?」

「あいつも優秀なデビルハンターだからな」


 今度の問いには、リーブも答えられなかった。

 だが、代わりに答えたスウォルの答えに納得できたものはこの場にいないだろう。レテナはもちろん、リーブだって彼の返答には首をかしげた。両隣の隊員もそれは同じだが、彼らの場合納得どうこうより、カイトがかわいいからさほど気にするつもりがないというほうが正しい。


「デビルハンターってだけで、そんな、物質の存在に気がつくなんておかしいでしょ?

 ソナーじゃないんだし、あの子……、……見た目年を取らないってのと、関係してるの?」

「さあな……おっと、第三リーダー、お前はそのまま避難誘導に徹しろ!」

『了解です!』


 レテナの更なる問いをごまかして、スウォルは指示にかじりつく。それは、むしろ肯定しているも同然と言えた。


 レテナのみならず、リーブにとってもカイトは謎の多い存在だ。

 スウォルのメイドではあるが、その戦闘能力は実はリーブにも匹敵する。リーブにすらできないスウォルの二刀流を唯一模倣できるのは、彼女だけなのだ。メイド服を身にまとい、純白の長手袋が握る二振りの剣は、決して彼女に似合うものではないが。それでもなおその剣戟は演舞にも似て、見るものを魅了する。


 だが何より不思議なのは、今のように発揮される不可思議な探知能力である。カイトはゼロ課の隊員ではないが、スウォルのメイドということでちょくちょく現場にも赴く。その際ゼロ課の士気が上がることは副次的な効果ではあるが、一番はやはり、その探知能力なのだ。

 星屑やデビルの位置を察知する力。それも成功率は極めて高い。その真偽は、カイトが随行した際の被害が激減することから明らかだ。


 そんな彼女を、リーブはスウォルと出会ってからおよそ八年見続けている。だが結論は出ない。カイトのことになると、スウォルは答えようとしないのだ。ナルターは事情を知っているようだが、やはり彼も答えてくれない。

 だからリーブは、推察するしかない。もしかしてカイト・シルヴィスというあの少女は、実は人間ではなく……。


「……! 総員伏せろ!」


 リーブが思考の無限回廊から抜け出せないでいると、不意にスウォルの絶叫に近い声が部屋いっぱいに響き渡った。

 何事かと思うよりも早く、リーブはその場に伏せる。長年彼のもとで戦ってきたからこその、脊髄反射的な反応だ。

 そしてそれとほぼ同時に、司令室の壁がいとも簡単に砕けて巨大なデビルが飛び込んできた!


「きゃあああ!?」

「こ、これは……っ!」


 レテナの悲鳴が響き、詰めていた隊員たちが目を剥く。

 無理もない。リーブのみならず、スウォルもこれには驚いたのだから。


 飛び込んできたもの。


 それは、象だった。象の顔だ。


「……マジかよ」

「パアオオオオッォオ!」


 リーブのつぶやきに、象のデビルが鳴き声で応じた。


 壁を貫いたのは、象デビルの顔だった。全身が司令室に入ってきたわけではない。だが、下手したらその顔だけで通常の象と同じくらいのサイズはあるのではと思われた。少なくとも、小象より大きい顔をしていることは疑う余地もない。

 そしてその象牙は、青白く輝いていた。星屑だ。長く鋭利な、槍を思わせる牙。それが今まさに、この狭い空間に向けて振るわれようとしていた。


「――させるか……よ!!」


 だが、それよりも早くスウォルが飛び出した。瞬く間もなくその手に二振りの黒い剣が現れ、目にもとまらぬ速度で象デビルの片目を潰しながら外へ。そして飛び降りながらもなお、象デビルの身体めがけて何重もの連撃を浴びせかける。


「パッ! オ、オオオオッ!!」


 象デビルがたまらず悲鳴を上げ、司令室から顔を引き抜く。


「リーィィィブ! すぐ戻る、それまで指揮は預けたぞッ!」


 そんな悲鳴をかき消すかのような、スウォルの怒号が司令室に響いてくる。半デビル化したやつに指揮権の委譲とかありえねえ、と思いながらリーブが慌てて風穴まで駆け寄ってみれば、既にスウォルは三体の象デビルを相手に一人で大立ち回りを演じているところだった。


「な、な……あ、あんなの、あんなのに勝てるわけが……!」


 リーブの隣に来たレテナが、青い顔でうめくように言った。それに対して、そう思うよな、と考えるリーブ。

 だが、象デビルが三体現れた程度ではスウォルの勝利は揺らがないだろう。それは信頼であり、それと同時に確信でもあった。スウォルはそう、最強のデビルハンターなのだから。


 スウォルの音速の剣が、衝撃波を放つ。何十歩も離れたところにいるはずの象デビルの耳が千切れ飛んだ。

 返す刀で、背後の象デビルを真横から切りつける。肉が千切れる衝撃音が鳴り響き、象デビルの前脚が二つとも根元から切断された。

 そしてその勢いのままに跳躍、空中で身をひねりながら三体目の象デビルの脳天をかち割る。青い血が噴水のごとく吹き出し、青空がまた違う青に染まった。


 それらが、すべて一瞬のうちに行われた。三体のデビルの悲鳴もまた同時に上がり、既に二体の象デビルが戦闘不能に陥っている。残る一体も、時間の問題だろう。


「……な、に、あれ……」


 その一瞬を見ていたレテナが、今度は白い顔で絞り出すように言う。


「あれがスウォルさんだ。昨日最強って言っただろ?」


 リーブの答えに、彼女はもはや頷くことしかできなかった。そしてそのタイミングで、三体目の象デビルも星屑の象牙ごと顔を三分割されて、地面に沈む。

 勝敗は決した。誰もがそう思った。だが、敵はまだ残っている――。


「ちっ、数だけは出てきやがる。ここの園長には悪いが……全部殺処分もやむを得ないかもしれんな!」


 ひゅ、と空気が切り裂かれる音が鳴る。黒い刃が、踊るかのごとく迫る悪魔たちを屠り去っていく。

 それはもはや戦いではない。一方的な虐殺ともいえる。だが、その虐殺を止めるものはいない。なぜならこれは、正当防衛なのだから。


 そんなスウォルの獅子奮迅を、遠目に見ている人影があった。スカイベースの頂上に立つそれは白い仮面に燕尾服、シルクハットにステッキといういでたちをしている。仮面から覗く瞳は、青。

 それがひとりごちる。


「さすがとしか言いようのない動きだね。……ですね。やはり、彼とは顔を合わさず直接ことに及ぶ作戦で正解のようです」


 表情はわからない。だがその目は、明らかに笑っていた。


「さて、では……仕上げとまいりましょうか」


 そしてそれは跳ぶ。そのまま地面へ――まっさかさまとはならず、壁に足を着けてそこを駆け下りていく。


 目指す場所は、象デビルが風穴を開けた場所……司令室。そこで佇む、あの青年だ。

 仮面のデビルは、さらに速度を上げる。その動作に変わりはほとんどない。だが、速度だけが爆発的に上昇した。そして――。


ようやく本格的な戦闘回です。日常回長かった……要半生ですね、この辺りは。

次回、リーブVS仮面のデビルです!

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