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10.幸運という名の悪魔

「危ないッ!」

「きゃっ!?」


 突然上から現れ、室内に飛び込んできた人影。その姿を認識すると同時に、リーブはレテナに覆いかぶさった。もちろんやましい意味はなく、突然現れた人影が脅威だと判断したからだ。実際、直前まで二人がいた場所には、棒――ステッキがめり込んでいる。

 わずかばかり地面を転がり、その勢いを利用してリーブは体を起こしながら人影へ向かい合った。


「何者だ!」


 リーブの問いに答えるかのように、それがゆらりと立ち上がる。


 シルクハットがすらりと伸び、燕尾服の裾が優雅に靡く。カツ、と小気味いい音を室内にもたらしたのは、先ほどまで床にめり込んでいたステッキだ。そして振り返ったものは――白い仮面。


「おや、どうやら歓迎はしていただけないようですね」


 仮面から響いてきた声は、ノイズエフェクトがかかり元の想像がつかない。だが、そんなことは室内にいるすべての人間にとってどうでもよかった。

 青白くらんらんと輝く瞳が彼らを見渡している。考えるまでもない。デビルだ。


 そう認識すればこそ、その場に居合わせた隊員全員が一斉に武器を手に取った。


「あまり手荒な真似はしたくないんですよ? このまま見過ごして――」

「はあああっ!」


 デビルの言葉を遮って、隊員の一人が飛びかかった。それに合わせる形で銃声が幾重にも鳴り響き、デビルめがけて銃弾が襲い掛かる。

 そこに容赦はなく、ただ目の前のデビルを百パーセント殺すという意思が込められた連携だ。スウォルのような一騎当千には及ばずとも、人は連携を取ることで単純な数以上の成果を上げることができる――。


 はずだった。


 リーブには、その人型のデビルが一瞬肩をすくめたように見えた。そして、彼は目撃する。すべての銃弾が、デビルに届く前に地面に落ちるところを。とびかかった隊員が、地面に激突したところを。


「……!?」


 攻撃をしのがれた隊員たちに動揺が走る。だが、それでも彼らはゼロ課の一員だ。すぐに表情を引き締めると、先ほどと同じく機敏に行動に移る。


「遅いですね」


 だが、それ以上の展開は許されなかった。高速で動いたデビルがステッキを振るい、隊員たちを打ち倒したのである。まさに一瞬の出来事だった。

 それでもなお意識を手放さなかった幾人かが、震える手で銃をデビルに向けるが――。


「やめろ、それ以上は無駄だ!」


 リーブがそれを制した。


 もはや深く考えるまでもない。このデビルは、隊員たちの手には余る。異能力も持っていると、リーブには察しが付く。身体能力は言うに及ばない。


 ならば。


「俺が相手だ」


 一歩前に歩み出て、リーブは手錠の鎖を力任せに引きちぎった。そして、懐から剣を抜く。


「リーブ……!」

「レテナ、下がってろ。恐らく、あいつに遠距離攻撃を当てるのは難しい」


 後ろからの返事を待たず、リーブは一気にデビルに距離を詰める。そのまま最小限の動きで、突きを繰り出した。


「おっ……と、と? 私は君と戦うつもりはないんですがね?」

「ほざけ! これ以上好き勝手するのは許さねえ!」


 リーブの剣筋は、スウォルには及ばない。だがそれでも、ゼロ課で主任を務めるに足るレベルではある。怒っている口調ではあっても、その攻撃にはフェイントも織り交ざり、攻撃後の隙が大きい上段からの攻撃もしない冷静なものだ。狙うは急所のみ。右から、左から薙いで、あるいは突きを。

 猛攻。そう呼んで差支えないだろう。だが、デビルはそれらの攻撃をすべて防いでみせる。リーブからの一撃一撃を、巧みに動いてステッキで防ぐ。スターライト製の剣を防ぐそのステッキは黒く、これもまたスターライト製だろう。


 だがそれもそうだが、何よりリーブは、目の前のデビルがまだ余力を残しているようにしか見えないことが気がかりだった。


「本当に君と戦うつもりはないんですが……ね!」

「ッ!?」


 次の瞬間、ぎらりとデビルの瞳が光った。それと同時に、リーブは己の身体が一気に重くなるのを感じてバランスを崩す。


 これは、この感覚は間違いなく――。


「て、てめえ……! やっぱり重力制御ネバーセイネバーだな!?」

「お気づきでしたか? ご名答です、君周辺の重力を三倍にしました」


 ふふふ、と笑うデビルを前に、倒れるわけにはいかない。リーブは気力を引き絞ってなんとか踏みとどまる。気づいていたからこそできたことだ。重力を操作していなければ、相応の有効射程を持つ銃弾が短距離で地面に落ちるはずがないのだ。

 と同時に、こいつはやばいどころの騒ぎじゃない、とも思う。


 重力制御ネバーセイネバーのような能力は、デビル化した存在のおよそ半数が獲得する異能力だ。しかし、完全にデビル化してしまうと生物としての理性などは失われてしまい、能力を使用できる状態ではなくなってしまう。だからこそ、能力そのものを使うデビルは極めて少ないのだ。

 だが、この目の前のデビルはそれをやってのけた。それも、能力はよりにもよってリーブと同じ。こうなると、デビル化の不安を抱えるリーブは圧倒的に不利だ。なぜなら、敵の能力は自分の能力でかき消せるが、それをやると自分がデビルに近づいてしまう。こちらは弾数に限りがあるのに、向こうは撃ち放題なのだ。

 さらに言えば、恐らく剣の腕でも――。


 そう考えていると、突如銃声が鳴り響いた。すぐに金属音にも似た嫌な音が続く。


「……くっ!」


 一切の揺らぎもなく銃を構えたレテナが、歯噛みした。硝煙が、銃口から上っている。


「レテナ……やめとけ、無駄だ。そいつの認識速度は人間を越えてる!」

「その通り、私はデビルですからね。お嬢さん、勇気と無謀は違います。大人しくしていればあなたには手を出しませんから、そのままでいてください……」

「……!」


 いとも簡単にステッキで銃撃を弾いて見せたデビルにぎらりと一瞥され、レテナは悔しそうに銃を下した。代わりに、殺意を込めた目線を向ける。

 しばらく、リーブはデビルと視線をぶつけあっていたが、先にデビルが視線をそらした。その青い視線が、今度はリーブに注がれる。


「……というわけで、リーヴェット・クレスシェーン君。話を聞いてほしいんですが、まだやりますか?」

「話、だと……!?」

「ええ、話です。おっと、申し遅れました。私はフォーチュン。あなたに幸運をお持ちしました」

「ふざけんな、開運グッズの押し売りならとっとと帰りな!」


 慇懃無礼に頭を下げて見せるデビル――フォーチュンに、リーブは吐き捨てるように言う。

 自分から幸福だの幸運だのと言ってくる相手に、碌なやつはいない。ましてやデビルだ。応じるだけ無駄だということは、今までの経験でよくわかっている。


「そうですかね……? 半分デビル化している君にとっては、なかなか有意義な話だと思うのですが……」


 フォーチュンのセリフに、リーブはにらみながら思考する。会話も駆け引きならば、無言もその一つだ。現状を打破する方法はないか? 必死に状況を精査する。


 重力制御ネバーセイネバーによる重力倍加。これは、リーブも持つ同じ能力で軽減してやれば解除できる。そして彼は、この制御を最低十分の一、最大十倍まで行える。三倍くらいは、さしたる苦労はないだろう。

 だが問題は、このフォーチュンなるデビルがどこまで重力制御ネバーセイネバーを使えるのか、ということだ。もしリーブよりも強く発動させることができるとしたら、それはイコール敗北だ。


 となると、今取りうる方法は……。


「どうせ……碌でもない話、なんだろ?」


 会話を続行。そして、外に出たスウォル、もしくはナルターが戻ってくるのを待つ。これしかないだろうと、リーブは結論付けた。

 一人で勝てないなら、人数を増やせばいい。単純だが、それゆえに強力な手段。問題は、頼りの二人が二人とも戻ってくる気配がないことだが……。


「いえいえ、そうでもありません。……おっと、いつまでも重力三倍は厳しいですよね、解除しますよ」


 加工音声で朗らかに笑いながら、フォーチュンは能力を解除する。刹那、リーブの身体の重みが嘘のように消え失せた。


「さて本題です。単刀直入に申し上げますが……リーヴェット君、『こちら』へ来ませんか?」

「……何?」


 フォーチュンの言葉に、リーブは立ちながら眉をひそめる。その意味が理解できず、鋭い視線を向ける。


「おわかりになりませんかね……? 我々デビルは、仲間を増やすことがその本能。つまり……あなたもデビルになりませんかと、そういうことですよ」

「はっ! 何を言い出すかと思えば!」

「私は本気ですよ? あなたは恐らく、私と同じ自我を持つデビルになれる。だからこそ、こうして囮もたくさん用意したんです」

「……!? 今回の事件そのものが、俺をおびき寄せるための罠だってのか!?」

「はい。最近あなたの周辺には必ずゼロ課がいましたからね。完全に引き離せないと判断して、こういう手段を取らせていただきました」


 リーブは絶句する。彼だけではない。周りにいる全員が、言葉を失っていた。

 なんというデビルがいたのか。自らの不覚を呪うよりも先に、そんな恐怖が襲ってくる。


「ああ、ちなみに『最強』の彼は当分戻ってきませんよ。私が彼に差し向けたデビルは、大きいものから小さいものまで五百はいます。

 芽生えて以降一切関知していないので、個々の実力はわかりませんが……まあ、私が目的を果たすまでの時間は十分あるでしょう。ハイアース人の元最強も同様です」

「……ちっ!」


 考えは見透かされているようだ。リーブは奥歯をかみしめてフォーチュンをにらむ。返ってきたのは、にやりと笑っていると思われる青い目。仮面の下では、さぞ口角が上がり切っているだろう。


 いかなスウォルとはいえ、さすがに五百のデビルは相手にできない。いや、彼ならそれらをすべて打倒しうるだろうが、時間がかかることは間違いないのだ。ナルターにしても、飛空艇でデビルと戦うのは難しいだろう。


 どうする。その自問を繰り返す。だが……現実は無情だ。


「どうでしょう、リーヴェット君? 応じていただくことはできませんか?」


 その問いは、最後通告と言ってもいいだろう。直前までの笑みが嘘のように、その青い目は全く笑っていなかった。


「……断る、って言ったら?」


 それでも言う。なるべく時間を稼ぐ。スウォルが、一秒でも早く帰ってくることを祈りながら……。


「実力行使しか、ないですね」


 リーブの返事に、フォーチュンはステッキの握りにあったスイッチを押す。すると、どういう仕掛けなのかステッキが一瞬にして剣へと姿を変えた。光を反射しない漆黒の刀身は、水に濡れているかのように揺らいでいるようにも見える。疑う余地なく、それがスターライト製の剣であることがわかった。

 そして、その剣をやや斜に構え、無手の左を身体の後ろへ持って行く。今まで無形だったフォーチュンが、構えを見せた。一瞬、奇妙な既視感を覚えたリーブだったが、


(本気で来る!)


 そう判断し、剣をとっさに正眼に構えた。その直後。


「重力十倍!」


 フォーチュンは、攻撃せずにそう宣言した。


「ぐ……ッ、うおおおおおっ!!」


 途端に、リーブの身体を十倍の重力が襲う。もはや、立っていることは不可能だ。みしみしと身体が悲鳴を上げ、たまらず両手をついてしまう。


「主任!」

「無理しないでください!」

「リーブ!」


 周りから声が聞こえる。ありがたい、と思う反面なんでそこまでしてくれるんだ、とも思うリーブだった。


 自分はもう、人間じゃないのに。それでも、どうしてここまでしてくれるのか。

 わからない。わからないが、それでも彼は――やはりどこまでも、デビルを倒すことを目指してデビルハンターになったのだと、改めて自覚した。

 そう、デビルを倒す。あの日、両親を奪ったデビル……それに連なるすべてのデビルを、必ず倒すのだと。そのためなら、手段は選ばない。


 リーブの目が、ざわりと青に変わった。


「無茶な! 病状が悪化しますよ!」


 周囲から、そんな声が聞こえた。だが、それを無視する。そしてリーブは、砕けよとばかりにかみしめた歯を必死に押し上げ宣言した。


「重力……ッ、十分の一ッ!」


 その瞬間、彼の身体は十倍の重力から解放された。そして同時に、一気にフォーチュンへと飛びかかる。剣は下段に、そこから逆袈裟にフォーチュンの首を狙って。


「おお……!? ま、まさか既に十倍率まで操作できるとは……さすがに思っていませんでしたよ!」


 リーブの行動は、言葉通りフォーチュンには予想外だったのだろう。抑圧から解放されたバネのごとく、すさまじい勢いで振るわれた剣への対応が、数瞬の遅れを見せていた。もう少し反応を遅らせてくれれば、その首をはねられたのだが……。

 そこまではいかなかった。つばぜり合いだ。重なり合う剣を境に、二つの青い瞳が交錯する。方や喜色、方や怒りという違いこそあるが、その色合いはまったく同じ。


「素晴らしい! まだデビルになりきっていないのにここまで力を使いこなせるとは!」

「けっ……、お褒めに預かり光栄だな」

「ふふふ、どうやら私も本気を出したほうがよさそうですね」

「ああ、そうしてくれよッ!」


 フォーチュンが、拮抗していた力をふっと抜いた。だが、退いたのではない。リーブの押す力を利用する形で、滑るようにして横に抜けたのである。

 ぬるりとした嫌な感触が切っ先から伝わってきたのを感じ取り、リーブはかすかに眉をひそめた。とはいえこれは、剣同士の戦いならばよくあること。それに対応できないほど、彼の腕は低くない。感触があったと同時に、慌てることなくそちらに合わせて剣を動かす。相手がずれようとしているなら、間近からカウンターをしているなら、それだけの距離を与えなければいい。


 リーブの対応に、フォーチュンはさすが、とだけつぶやいて一旦距離を取った。それもつかの間、やはり右手に構えた剣を前に突き出した形で一気に距離を詰めてくる。その瞬発力はさすがデビル、人間が出しうる速度ではない。

 しかし、日ごろからデビルと戦ってきたリーブにとっては、犬や猫が化したデビルのほうがよっぽど素早く感じる速度だ。二本足で立つ人間が出しうる速さなど、所詮そこまでのものではない。


 が――。


「ッ!? な……ッ!?」


 突き出された切っ先が、不意に伸びた。それをすんでのところでいなして、リーブは慌てて距離を取る。

 が、当然のようにフォーチュンはそれを許さない。追随し、容赦なく斬撃を放ってくる。そしてその斬撃も、リーブの予想よりも早く自分に届く。まったく予期していなかった攻撃に、どうしても防戦に徹するしかなかった。


(伸びる? いや違う、直前で急にスピードが上がるんだ!)


 守りに専念し、当たれば致命になりうる攻撃を数回防いだところで、リーブは気がついた。

 ある一定のところまで近づいた刃が、突然速度を上げて飛び込んでくるのだ。つまりフォーチュンは、踏み込みから攻撃直後までと、そこから先では剣を振るう速度を変え、リーブの認識をずらしているのだ。そしてそこに、ブレはまったくない。ある種の美しささえ感じる、正確な制御だった。


 と、リーブがそこまで認識した直後。今度は、攻撃の速度が上がる距離が変わった。今までは正確だったその範囲が、アトランダムに変わったのである。


「くうう……っ! こなくそ……っ!」


 当然、対応はそれまでと段違いに難しくなる。それをなんとか、天性の感覚だけでかろうじて防ぐリーブだったが、それ以上のことは完全に封じらている。この命を賭けたやり取りに置いて、攻撃ができないということは致命的だ。攻撃ができない以上、勝ちはないのだから。


 そこまで考えて、リーブは意を決して前へと踏み込んだ。直後、フォーチュンの剣が彼の脇腹を切り裂く。赤い鮮血が飛び散った。


 ――まだ俺は人間なのか。


 この場において、そんな場違いな感想がふっとリーブの脳裏をよぎった。デビル化が完了していれば、当然青い血が出るはずだから。その事実に、彼はかすかな安心を得た。


 そうだ。


 自分はまだ、人間なのだ。デビルじゃない、ならばやることは、目の前のデビルを倒すこと!


「らああああっ!!」


 裂帛の気合を込めて、リーブは全力で突いた。多少のダメージは仕方がない。肉を切らせて、骨を断つ――。


 しかし。


「――!? ば、バカな!?」

「いいえ、現実ですよ」


 にたり、とフォーチュンの目が笑った。その瞳孔の中に、顔を驚愕に染めたリーブが映っている。


 攻撃は、かわされていた。いや、かわされた、という表現はおかしい。

 周囲の目から見ても、当事者のリーブから見ても、回避は不可能だったはずなのだ。いや、フォーチュン自体に攻撃が当たらなかったわけではない。敵の左手を貫くことはできた。それは切っ先から伝わってくる感触からも、飛び散る青い血潮からも明白だ。だが、そういうつもりではなかったのだ。

 リーブは、フォーチュンの頭を狙ったのだ。デビル退治の鉄則、神経器官の破壊を遂行するために。そしてその狙いは外れていなかったし、それを回避される可能性もなかったはずなのだ。


 なのに。


 リーブの剣は、フォーチュンが後ろ手に回していた左手に逸れたのだ。何かにぶつかったわけでもない、それでも明らかに、何かに誘導されるようにして、当初の狙いは完全に外れてしまった。


 そして。


「はっ!」

「……ぐッ!」


 今度はリーブが、攻撃後の隙を突かれる番だった。

 フォーチュンは貫かれた左手を気にするぞぶりも見せず、剣を振るってリーブの剣を弾き飛ばした。緩やかに回転しながら、剣が宙を舞う。


 それを認識すると同時に、リーブは急いで距離を取る。だがもちろん、フォーチュンはそれを許さない。目の前に、色も慈悲もない白い仮面が迫る――。

 不意に銃声が鳴り響いた。発生源はレテナだ。銃口は、なぜか天井を向いている。


 誰もが無駄なことを、と思ったその瞬間。


「ぬぐ……っ!?」


 直前まで虚空で落下を待つばかりだったリーブの剣が、フォーチュンの背中に刺さっていた。


「マジか……!?」

「く……ッ、その射撃の腕、甘く見ていましたよ……!」


 フォーチュンだけでなく、リーブも目を見張る。


 レテナは、弾丸をぶつけることで剣の軌道を変えたのだ。それによって回転の勢いは増し、何もない床に落ちるはずだった剣はフォーチュンの背中へと落下した。彼女が、超一流の腕を持っていたからこそできた芸当と言えるだろう。


「どうやら、なりふり構ってはいられないようですね……!」


 しかしそれは、結果的にフォーチュンの逆鱗に触れてしまったと言っていいだろう。

 そのセリフと共に、強力な重力力場が発生したのである。その範囲は、司令室全体。かなりの広さだ。均一ではないが、さすがにこの範囲となるとそうはいかないのだろう。


 最も強烈な重力にさらされたのは、言うまでもなくリーブである。彼が自身の能力から算出した推定値は、重力五十倍。立つとか立てないとかいう以前のレベルの重力だ。十分の一に軽減が可能なリーブでなかったら、即死だろう。


 周囲には、そこまでの重力はかかっていない。それでも、一番離れたところにいるレテナにすら三倍から五倍くらいの重力がかかっていることが、リーブにはわかる。彼とて、重力制御ネバーセイネバーの使い手なのだ。

 しかしこうまでされたら、リーブには重力を軽減させること以外にできることはない。やろうと思っても、できない。できるはずがない。今リーブが重力制御ネバーセイネバーを解除すれば、周りの人間も死ぬのだ。


「ぐ……ッ!」


 そんな彼の前に、悠然とフォーチュンが立つ。その目が、らんらんと輝いている。比喩ではない。本当に、輝きを放っているのだ。色はもちろん、青。


 がらん、とその背中に突き刺さっていた剣が無造作に床を転がされる。青い血が尾を引いていた。


「さすがに、素質があるだけに一筋縄ではいきませんでしたね。それに、彼女の力も見誤っていました。そこは素直に反省すべきですね」


 輝いてはいるが、決して笑ってはいない目を、リーブに向けるフォーチュン。


「ですが、これで終わりです。さあ、私と共に参りましょう」

「だ……れ、が……ッ、ぐあッ!?」


 拒否と同時に、リーブはその右腕を貫かれた。まさに問答無用だ。

 そして、彼を貫いた得物――フォーチュンの右手が、その目と同じく青く光りだした。それは静かに明滅を繰り返している。その明滅が、リーブの体内へ注がれていく。


「――君に幸あれ」


 フォーチュンが、ささやいた。そして直後、音もなくリーブから離れる。

 刹那、周囲を支配していた重力力場が消え失せ、それと入れ替わりにリーブがどう、と床に倒れ伏す。だが、既にその変化は始まっていた。


「ぐ、……う、あ、あああああッ!!」


 青い光――デビル因子を直接注入されたリーブの右腕が、肥大化を始めた。骨が砕けるような音を周囲に響かせ、肉体が殴られるような音を奏でながら、――そして、彼の身体にこれ以上ないくらいの激痛を与えながら。


「リーブ!」

「主任!」


 レテナをはじめ、動ける者全員が彼を呼ぶ。だが、リーブに返事をする余力など欠片もない。彼にできることは、悲鳴……いや、絶叫を上げることだけだ。そして、そんなリーブに近づけるものなどいない。完全なるデビル化が、始まっていた。


 その様子を満足げに確認すると、フォーチュンはもうそこには目もくれず、一目散にその場から撤退する。スウォルがセンティを伴って戻ってきたのは、その直後だった。


「先輩っ!」


 リーブを見るや否や、センティは血相を変えてリーブに近づこうとして――途中で他の隊員に止められる。羽交い絞めにされて動けなくなっても、それでもなお前へ進もうとする。


「先輩……っ! しっかり、しっかりするっすよぉ!」

「やめろセンティ! お前も巻き込まれるぞ!」


 だが、スウォルの一声で彼女は動きを止めた。表情を絶望に染め、脱力してその場にへたり込む。

 彼女は、こんな突然の別れなど望んでいなかった。まだもう少し、もう少しだけ……リーブとバカをやっていたかった。だが、これがどこまでも覆しようのない現実なのだ。そう思うと、涙が自然にあふれてくる。


 一方スウォルは、さすがと言えた。苦渋の表情は隠さなかったが、それでも彼はセンティが膝をつくと同時に、胸元に入れていたスイッチを押す。

 それは、リーブに取り付けられた発信器型の腕輪に組み込まれた装置を作動させるもの。デビルの意識すら刈り取る、強烈な麻酔を打ち込むためのものだ。


 装置は、危なげなく自らの使命を全うした。組み込まれたプログラムに従い、腕輪の内側から麻酔針を放つ。それは星屑と化し、硬くなっていたリーブの皮膚をたやすく貫くと、その体内に麻酔を一気に注入した。


「――――!!」


 もはや、リーブは叫び声すらあげられなかった。程なくして、青く染まった瞳がぐるんと白目を剥く。

 そしてその意識に連動していたのか、肥大化していた彼の身体の変化がぴたりと治まる。のたうちまわっていたリーブが、完全に動かなくなる。


 だが、これで終わりではないことはここにいる全員が理解している。むしろ、これが始まりなのだと、全員が知っている。麻酔が切れれば、そこに待っているのはデビルとして暴れることだけだろう。


 ――殺してくれ。


 それが、意識を失う直前に彼が抱いた、「人間リーヴェット・クレスシェーン」としての最後の意思だった。


ラスボスの実力お披露目会。

剣で戦うものと銃で戦うもののタッグで敵と戦わせるっていうのは、思っていた以上に難しくて悩みました。

ラストバトルではもうちょっとレテナを活躍させてあげたいところです。

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