第三章:真実の光
シャドウの顔から血の気が引いていた。神崎の指摘は、彼の完璧な計画に、予期せぬひびを入れたのだ。彼は激しく動揺し、どもりながら反論した。
「そ、そんな馬鹿な!僕は一人でやった!誰の手も借りてない!あの装置だって、自分で手に入れて…自分で設置したんだ!」
「おやおや、影山さん。落ち着いてくださいまし。私はまだ、あなたが一人でやったわけではない、とは言っていませんわよ。ただ、あなたの計画には、一点だけ、非常に興味深い『死角』が存在するのですわ。」
神崎は、追い詰められたシャドウをさらに深く見つめた。その眼差しは、獲物の最後の足掻きを冷静に見定めるかのようだ。日向は、神崎の言葉に固唾を飲んだ。シャドウの計画は、彼の知る限り、すでに完璧な犯罪に見えていたからだ。
「あなたは、自身の配信中に、ヒカル☆さんの部屋に『何か』を遠隔で作用させた。それは、あなたの完璧なアリバイを維持するための、賢い選択でしたわね。しかし、その『何か』を『どのようにして、誰が』ヒカル☆さんの部屋に設置したか、そこが問題なのですわ。密室である以上、ヒカル☆さん自身が設置した、あるいは彼が信用していた人物しか、その装置を持ち込むことはできませんでしたわ。あなたは、その日、彼の部屋には行っていないと証言していましたわね?」
神崎の言葉に、シャドウの額に脂汗が滲む。彼は、言い逃れようと口を開きかけたが、言葉に詰まった。確かに、遠隔操作で攻撃したとしても、肝心の「装置」を誰かがヒカル☆の部屋に持ち込み、設置しなければならない。それは、密室である以上、ヒカル☆自身か、あるいは彼が信用していた人物しかできないはずだ。
「あなたが、自分の手でヒカル☆さんの部屋に装置を設置したとでもおっしゃるのですかしら?それでは、密室のトリックが成立しませんわ。あなたが部屋に侵入した形跡はないのですからね。そして、もしあなたが以前から部屋に出入りしていたとしても、ヒカル☆さんは警戒心の強い人物だったはず。不審な機器の設置を許すとは考えにくいですわ。となると…」
神崎は、追い打ちをかけるように言った。シャドウは顔を真っ赤にして、何かを言いかけ、しかし言葉に詰まった。その葛藤は、彼が誰かの存在を隠そうとしている何よりの証拠だった。彼は、自分の計画がまだ見破られていないと信じているかのように、必死に言葉を紡ごうとする。
その時、取調室のドアが開き、警視庁サイバー犯罪対策課長の佐倉玲子が冷静な面持ちで入ってきた。彼女のタブレットには、いくつかのデータが表示されている。その隣には、若くして頭角を現した天才プロファイラー、氷室蓮が立っていた。彼の目は、シャドウの心理を読み解くように鋭い。
「神崎警部補。クロノスの詳細解析と、対象マンションの過去の電波データ、そしてシャドウ氏の通信履歴を照合した結果、非常に興味深いデータが検出されました。これは、クロノスが検出した信号の『発生源』を特定する上で、決定的な情報となります。」
佐倉の言葉に、シャドウの顔色がさらに悪くなった。彼は佐倉の方を一瞥し、まるで全てを悟ったかのように震え始めた。
「シャドウ氏の通話履歴に、事件当日、ヒカル☆氏のマネージャーである田中雅也氏との、複数回の不審な通話記録が確認されました。それも、通常業務時間外に、非常に短い間隔で。さらに、マネージャーの田中氏のスマートフォンと、シャドウ氏の配信機材から、特殊な『リモートアクセスツール』の利用履歴が確認されました。これは、シャドウ氏の配信機材を、田中氏が遠隔操作していた可能性を示唆します。」
佐倉の報告に、日向は驚きの声を上げた。
「マネージャーが!?まさか、あのマネージャーが共犯だったんですか!?」
歩くんは、田中マネージャーが取調室で必死に「事故死」を主張していた姿を思い出し、その二面性に背筋が凍る。
しかし、神崎は、ただ静かに頷いた。彼女の目には、全てが見えているかのように。
「おやおや、やはりそうでしたわね。マネージャーさん、もう一度、お話を伺ってもよろしいでしょうかしら?」
神崎の視線は、シャドウではなく、佐倉が持っていたタブレットに映し出された、田中マネージャーの名前へと向けられていた。彼女の口元には、変わらぬニヤリとした笑みが浮かんでいた。
田中マネージャーは、神崎の前に座らされた。先ほどまでの憔悴した表情は消え失せ、代わりに、諦めと、そしてある種の達成感のようなものが混じり合っていた。氷室蓮は、田中の心理状態を冷静に分析するように、彼の挙動を注意深く観察している。
「田中さん。あなたは、シャドウ氏と共謀し、ヒカル☆さんを殺害しましたわね。シャドウ氏が遠隔で起動した指向性音響デバイスは、あなたがヒカル☆さんの部屋に持ち込み、設置したもの。そうでしょう?」
神崎の直接的な問いに、田中はふっと笑みを漏らした。それは、自嘲とも、あるいは狂気とも取れる笑みだった。
「…ええ、その通りです。私が、装置を仕掛けました。」
田中の自白に、日向は呆然とした。信じられない、という顔をしている。
「なぜ…なぜそんなことを…!あなたは、ヒカル☆さんのマネージャーだったでしょう!彼を一番近くで支えていたはずなのに!」
日向の問いかけに、田中は冷たい視線を向けた。
「支えて?笑わせるな!私は彼に利用されていただけだ!あの男は、私の企画力、マーケティング能力を食い物にして、肥え太った!私のアイデアでバズり、私の交渉で莫大な契約金を手に入れた!なのに、私には雀の涙ほどの報酬しか与えなかった!」
田中の声には、抑えきれないほどの憎悪がこもっていた。氷室は、すかさず田中の心理状態を分析する。
「あなたは、長年の搾取に対する恨みと、自身の功績が正当に評価されないことへの強い不満を抱いていたのですね。そして、ヒカル☆氏の成功の裏で、常に自分の存在が隠されていることに耐えられなかった。そこで、彼の最大のライバルであるシャドウ氏を利用した、と。」
氷室の言葉に、田中は不気味な笑みを浮かべた。
「そうだ。シャドウは、ただの駒だよ。ヒカル☆への憎悪で凝り固まった、利用しやすい道具だった。彼に『ヒカル☆を潰す秘策がある』と持ちかけ、あのデバイスの存在を教えた。そして、私が彼の部屋に装置を仕掛け、シャドウに遠隔で操作させた。完璧な計画だったはずだ…誰も、私にたどり着くはずがなかった!」
田中は、まるで自分の犯罪芸術を語るかのように、傲慢に語った。
「おやおや、田中さん。あなたは完璧な計画だったと仰いますが、一点だけ、致命的な見落としがありましたわね。それは、『人間の感情』ですわ。シャドウ氏は、確かにヒカル☆さんを憎んでいたでしょう。しかし、その憎悪は、あなたに利用され、最終的にはあなたを裏切る結果となった。」
神崎は、静かに田中の目を見つめた。
「そして、あなたの計画にも、やはり『人間の痕跡』は残っていましたわ。クロノス。田中氏のSNSや電子メールの履歴を再度照合してくださいまし。特に、ヒカル☆氏の配信機材購入履歴、及びシャドウ氏との連絡が密になった時期に注目を。」
クロノスの無機質な声が響く。
「再照合完了。田中雅也氏の購入履歴に、事件で使用された指向性音響デバイスと酷似した型番の機器の購入履歴が複数確認されました。また、ヒカル☆氏の配信スタジオの電源系統に、田中氏が不正なアクセスを行っていた痕跡を検出。これは、デバイスを設置する際に、一時的に電源を確保するために行われたものと推測されます。」
佐倉玲子も、タブレットの画面を神崎に見せる。そこには、田中のスマホとシャドウのPCの間でやり取りされた、暗号化されたチャット履歴が表示されていた。佐倉の冷静な説明が続く。
「このチャットログは、田中氏がシャドウ氏に対し、デバイスの操作方法や、ヒカル☆氏の配信スケジュールにおける『隙』の情報を詳細に提供していたことを示しています。また、田中氏は、ヒカル☆氏のマネージャーとして、彼の部屋のセキュリティシステムを一時的に解除できる権限を持っていたことも確認できました。これが、密室への侵入経路です。」
田中は、その事実を突きつけられ、完全に沈黙した。彼の完璧だと思っていた計画は、神崎の洞察力、クロノスの正確なデータ分析、佐倉の技術的な裏付け、そして氷室のプロファイリングによって、完全に暴かれたのだ。
神崎は、田中をまっすぐに見据え、静かに語りかけた。その声は冷徹でありながら、どこか諦めを促すような響きを持っていた。
「田中さん。あなたは、ヒカル☆さんの成功の裏で、自身の存在価値が埋もれていくことに苦しんだのでしょう。そして、その苦しみが、あなたをこの犯罪へと駆り立てた。しかし、どんなに巧妙なトリックも、どんなに最新の技術も、あるいは人間の心の闇も、最後は『人間らしいミス』、あるいは『人間的な感情』がその綻びを見せるものですわ。あなたは、シャドウ氏への指示の中に、そして自身の感情の制御の中に、その綻びを隠しきれませんでしたわね。」
田中は、椅子に深く沈み込み、項垂れた。彼の顔には、もはや憎悪も傲慢さもなかった。残っていたのは、ただ深い絶望だけだった。
事件解決後、日向は神崎に問いかけた。
「神崎警部補。まさか、マネージャーが黒幕だったなんて…。僕は、ずっとシャドウが犯人だと思ってました。彼はヒカル☆さんのこと、すごく憎んでましたし…」
日向は、自身の見立ての甘さに打ちひしがれている。
神崎は、コーヒーカップを片手に、ニヤリと笑った。
「おやおや、歩くん。人間は、常に自分が信じたいものを信じる生き物ですわよ。シャドウ氏の憎悪は確かに本物でしたが、それはあくまで『駒』として利用されたに過ぎませんわ。真の犯人は、もっと狡猾で、自身の感情を隠すことに長けていた。だからこそ、あなたは彼を『事故死』だと信じかけ、彼の真の動機を見抜けなかったのですわね。」
その日の夕方、神崎はクロノスの端末に向かって静かに語りかけた。
「クロノス。今回の事件で、あなたも少しは『人間』について学べましたかしら?人間の感情、そしてそれが生み出すトリック、あるいはミスについて。」
クロノスのディスプレイが淡い光を放ち、無機質な女性の声が響いた。
「データ分析の結果、その可能性はゼロではありません。人間の行動パターンは、予測不可能な要素を多く含み、私のデータベースに新たな分析項目として追加されました。これにより、将来的な犯罪予測の精度が向上する可能性が示唆されます。」
神崎は満足げにニヤリと笑った。彼女の目に、新たな好奇心の光が宿る。
「フフフ、そうですわね。それは素晴らしい。ですが、クロノスくん、どんなにデータが膨大になろうとも、どんなに分析精度が上がろうとも、人間の心の奥底に潜む『謎』を完全に解き明かすことはできないでしょうね。だからこそ、私たちの仕事は、決してなくならないのですわ。」
神崎はそう言い残し、立ち上がった。




