異人たちの集う街
国境を越えた砦から、ほど近い場所にある小さな街・ノラン。
ルクトたちはまず、ここに足を踏み入れていた。
「うーん、違う国だねまさに。」
「どっちかと言うと、ジリヌスじゃない国…って言うべきかもな。」
『確かにそうですね。』
「どっかでお酒売ってないかな?」
馬を引いて通りを歩きながら、4人はそんな事を言い合う。
国境を越えたという事実は、道往く者たちを見るだけで実感できた。
数本の短いツノを生やしている者。
アゴから下が鱗で覆われている者。
肌が青い者。
明らかに体型が人間と異なる者。
ひと目で魔人と判る者たちが、割と普通に視界に入ってくる。
メグラン王国が屈指の魔人流入国だという事実を鑑みれば、特に珍しい
光景でもない。しかし、ジリヌスにそこそこ滞在していたルクトたちに
してみれば、それなりに新鮮な光景なのもまた事実だった。
「…この分なら、人魔もそれなりに多いんでしょうね。」
周囲を見渡しながら、トッピナーがそんな言葉を口にする。
「何をするにせよ、ジリヌスよりは円滑に進んで欲しいなあ。」
「ま、少なくとも人間以外はお断りなんて話はないでしょ。」
相変わらず気楽な口調でそう答え、ガンダルクがパンと手を鳴らす。
「とりあえず食事。それが済んだら冒険者ギルドへ行こう!」
「ああ。」
『そうですね。』
「じゃあその前に酒…」
方針を決めた4人は、賑わう通りを元気よく進んでいった。
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街の情勢を知りたければ、とにかく冒険者ギルドへ行ってみるべし。
冒険者にとっては慣用句とも言えるこの法則は、かなりの正鵠である。
街を軽く流した後でギルドを訪れた頃には、ルクトたちはこのあたりの
現状をあらかた理解していた。
街は至って平穏である。ある意味、平時よりも平穏なのかも知れない。
何度もこの国を訪れているルクトとガンダルクは、その事実を何となく
肌で感じていた。冒険者ギルドまで足を運んだ時点で、ようやくその
感覚に具体的に思い当たった。
「なるほど、武装してる人間が極端に少ないからだな。」
「だから魔人たちが、いつも以上に普通に出歩いてるってわけね。」
「そうなの?」
『確かに平穏な感じですが…』
あまりピンと来ていないアミリアスとトッピナーが2人に問いかける。
「あたしはあんまり国を出る機会がなかったから、実感がないけど。」
「俺が前にメリフィスたちと来た時には、もっと頻繁にあっちこっちで
人間の冒険者との揉め事が起こってましたよ。1年くらい前です。」
「見た目で判りやすいからねえ。」
『なるほど…』
アミリアスが納得した声をあげる。
『ガンダルクの死去からまだ百年。いかにメグランと言っても、偏見や
差別といった問題はそうそう簡単になくなる物ではないって話ですね。
そう考えれば、ジリヌス王国の政策はある意味、荒療治でもあると…』
「言えるかなあ、そんな事…。」
浮かない表情でトッピナーが答え、あらためて周囲を見回した。
「確かに平穏かも知れないけれど、それは問題を起こす要因の片割れが
ごっそりいなくなった…ってだけの話でしょ。歪な状況でしかない。」
「ま、確かにね。」
そこはガンダルクも異論なかった。
問題が起こっていないのは、本質が改善されたからという訳ではない。
ただ単に、人間の冒険者たちが我も我もとジリヌスに向かっただけだ。
揉め事を起こす存在がいなくなれば当然、それなりに平穏が訪れる。
これはこれで、街のあり方としてはかなり不自然なのである。
「とりあえず、これを悪い傾向とは思わないでおこうぜ。」
皆の意見をまとめるように、ルクトが少し強い口調でそう言った。
「どのみち、世の中の情勢なんかはまだまだ不安定だ。落ち着くまでに
そこそこ時間もかかるだろうし、今あれこれと悩む事には意味がない。
平穏なら平穏なりにできる事を探すのが一番だろ。」
「なるほど。確かにそうね。」
『今しかできない事も、探せば結構あるかも知れませんね。』
「にゃはははは、いいね前向きで!そうこなくっちゃ!」
いかにも愉快そうに笑ったガンダルクが、あらためて号令をかける。
「んじゃ、いざ冒険者ギルドへ!」
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外と中とは大違い。
冒険者ギルドの正面カウンターは、何ともギスギスした雰囲気だった。
今さら疑問に思うまでもない。理由はひと目で判った。
さすがにカウンターに座る受付たちは人間が多いものの、訪れている
冒険者パーティーのほとんどが魔人のみ、または人魔との混成と思しき
編成のものばかりだからだ。こんな状況では、発注や受注がスムーズに
進むはずがない。外の往来とは逆の状況と言ってもよかった。
「うーん、混沌だね。」
「むしろ俺たち目立つよな。」
「まあねー。」
『普通の人間はいないんですけどね実際は…。』
そんな益体のない事を言いながら、4人はそそくさと掲示板に向かう。
何人かチラチラと視線を向けてくるのを察しつつも、あえて気にせず
依頼状況に目を向けてみた。
「…意外と、地味なのが多いな。」
「強力な魔人が暴れてるとか、その手の依頼は入ってないみたいね。」
「今そういうのあったら、さぞかし処理に困るでしょうね。」
この状況で魔人関連の依頼が少ないのは、不幸中の幸いだろう。
トッピナーは特別としても、やはりギルドとしては魔人のパーティーに
魔人討伐の依頼を出すのは難しい。まさに、ジリヌスが強行した改革の
とばっちりと言える難局だろう。
「とは言え、あんまりいい状況じゃないのも確かよね。」
穏やかではないカウンターに視線を向け、ガンダルクがそう呟く。
「バルセイユ復活が、メリフィスの差し金だったかどうかは判らない。
だけどあんな事が、もし今この国で起こったら。」
「どこで起ころうと、ガルデンの時よりもひどい事になるだろうな。」
「そうなる前に、何とかしてここのお偉いさんに会いたいもんね…。」
考えていても、答えは出ない。
しかし現状、この街で地味な仕事を請けてもあまり意味がない。
それならいっそ、個人営業の形式で移動しながら仕事を探し、並行して
為政者に会える道を探す方がいい。
ギルドの喧騒の中で、ルクトたちはそんな事を話し合っていた。
客観的に見れば、少し不注意な行動だったのかも知れなかった。
自分たちをじっと見つめる、魔人のパーティーの存在。
その視線に気づかなかった事も含めて。
メグラン王国での初日は、そろそろ日も傾く頃だった。




