夜の襲撃者
わずかに出ていた雲も晴れ、空には星が瞬いていた。
ついさっきまでパチパチと勢いよく燃えていた焚火も、申し訳程度の
炎を揺らめかす程度になっている。しかし、冷え込みは緩かった。
結局、ルクトたちはその日のうちにノランの街を後にしていた。
情勢がほとんど読めない以上、国境近くの街にダラダラと滞在する事に
さほどの意味はない。正直言って、時間の無駄でしかないだろう。
何ができるのかは皆目分からない。それでも、為政者にコンタクトを
取ろうと思えば王都か首都に向かうのは必須だ。ジリヌス王国に対する
この国の指針が完全に固まる前に、何かしらの行動を起こしたい。
常に目的は曖昧ながらも、いちいち迷わないのが彼らの強みだった。
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「…なあガンダルク、トッピナーさん。」
「うん?」
「なーにー?」
食事を終えた2人に、ルクトが声をかける。ちなみにトッピナーの方は
ノランの街で買い求めた酒を独りで飲み、ご機嫌ほろ酔いだった。
「料理しようとか、本当に考える事ないのか?」
「ないなあ。さいわい飢えて死ぬ体じゃないし、率先しては…。」
「女性は家で料理してればいいって考えは古いよぉゼリアス君!」
さらに酔いが回ってきているのか、トッピナーが変に饒舌になる。
「ゼリアス君て…」
「魔人との和合は、同時に社会への女性の進出をも促す結果になった。
ギルドの職員とかだけでなく、女性だけで冒険者パーティーを組んで
大いに戦果を上げてる例も多いよ。それを考えれば、男だ女だと偏狭な
視点でモノを言う感覚は時代遅れになりつつある。分かるでしょォ?」
「いや、別にその理屈に異論はないですよ。だけど…」
複雑な表情を浮かべながら、ルクトはあらためて2人の顔を見比べる。
「それは一回も食事を作らない理由にはならないでしょうが。」
「うーん…」
「いや、うーんじゃなくて。何で俺ばっかりがやってるんですか?」
「まあルクトが一番上手いし。って言うか、そもそもまともに作れるの
あんただけだと思うし。仕方ない話なんじゃない?こればっかりは。」
「ちょっとは努力してくれよ…。」
「アステアの先代魔王は料理なんてしないんですよ。お分かり?」
「都合の悪い時だけ魔王に戻るのはやめろってのに!!」
「アハハー、星がきれい。」
「笑ってないで!!」
『ルクトさん』
他愛ない会話は、地面に突き立てられたアミリアスの言葉で遮られた。
『誰か来ました。多分魔人です。』
「夜襲か?」
『おそらくは。』
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シュン!
3人の座る隙間から、一本の短い矢が風を切って飛び込んできた。
狙い過たずそれは焚火に飛び込み、そしてパッと青白い閃光を散らす。
それによって、周囲は昼間のような明るさに包まれていた。
ダン!
光に目を射られたルクトたちの隙を見逃さず、4つの影が舞い降りる。
どうやら背後から同時に駆け寄って跳躍し、ルクトたちと焚火を同時に
飛び越えて着地したらしい。それぞれ光を背にするような形で相対し、
目の前の相手に挑みかかってくる。ガンダルクとトッピナーには1人、
ルクトにだけ2人が向かってきた。
ガキッ!!
短い棍棒のような一撃を、ルクトは左右それぞれの篭手で受け止める。
しかし、相手は2人同時。膂力では敵うはずもなく、そのまま後方に
押し込まれる。相手はこのまま、彼を地面に組み伏せるつもりらしい。
しかし次の瞬間。
「うおっ!?」
「何!?」
息を合わせていた2人の襲撃者が、棍棒を引っ張り込まれ姿勢を崩す。
相手の勢いに逆らわず、ルクトは弾みをつけて立ち上がっていた。
そのまま地を蹴り、相手とは真逆の軌道で目の前の焚火を躍り越える。
「ほっ!」
反対側に着地したルクトが、勢いをつけて腕を胸元で交差させた瞬間。
「ぐっ!!」
「何だと!?」
反対側に取り残された襲撃者2人の手から、棍棒がもぎ取られた。
いつの間にかルクトの篭手の鎖鞭が絡まっており、そのまま焚火を抜け
2本ともほぼ同時に彼の手に奪われたのだった。
その場でルクトはトッピナーの方に向き直る。
ガンダルクには目を向けない。最初から心配はしていなかった。
と、その刹那。
「ああぁぁー!お酒が零れたァ!」
悲鳴とも怒声とも取れる声が響き、場の全員が思わず動きを止めた。
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声の主は言うまでもなくトッピナーだった。
どうやら他の2人の襲撃者も、ほぼ同じ攻撃を仕掛けていたらしい。
ガンダルクが難なくそれを回避した一方、ほろ酔いだったトッピナーは
反応が遅れ、手にしていた酒の杯を叩き落とされていたのだった。
全員の動きが止まったのは、その声に緊張感の欠片もなかったから。
どう聞いても敵に襲われているとは思えない嘆きの響きが、場の空気を
変な意味で台無しにしていた。杯を落とした相手でさえ、もしかしたら
申し訳ない気持ちになっていたかも知れない。そんな雰囲気だった。
しかし、当のトッピナーは誰よりも容赦がなかった。
ほんの一瞬棒立ちになった目の前の相手の隙を逃さず、その体に渾身の
掌底を叩き込む。
ドガッ!!
それをもろに胸に食らった相手は、背後の焚火に突っ込んだ。
悲鳴を上げる間もない。勢いのまま炎の反対側に飛び出したその体が、
ガンダルクを捉え切れなかった仲間の背中に激突して一緒に転がる。
あまりにも通過が速かったためか、服に引火してはいなかった。
一瞬の沈黙ののち。
「やめやめ!ちょっと待った!!」
奪い取った棍棒を落とし、ルクトが大きな声でそう言い放った。
そのひと言に、もう一度場の全員が動きを止める。
「…襲撃も応戦もグダグダ過ぎる。少なくとも殺意がないのは判った。
だからいったん落ち着こう。な?」
「………」
返答はなかった。
しかし相手がこれ以上、手を出してこないのも確信があった。
ルクトに得物を奪われた2人も激突して転がった2人も、立ち上がると
黙って頷く。事実上、戦いはそこで終了となった。
パチッという音と共に、焚火の中で細い枝が爆ぜる。
いつの間にか、青白かった炎の色は元に戻っていた。




