メリゼのわがまま
「じゃあ、俺は外すからな。」
一服を終えたロネスとメリゼにそう言い残し、レスプは部屋を辞した。
いくら兄妹と言っても、試着の場に同席するのは気が引けるのだろう。
ましてやメリゼは、もうすぐ隣国の副王夫人になる身である。
気遣いは過剰でも何でもなかった。
扉が閉められると、メリゼとロネスは2人きりになった。
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「それじゃ始めましょうか。」
沈黙を置かず、ロネスが持ってきた荷物を解いてメリゼに告げる。
「本調整ですから、下着以外は全部脱いで下さい。靴もね。」
「はあい。」
普通なら、こういう時は侍女が脱衣の手伝いをするものである。
極端な話、手伝いがないとまともに服の着脱ができない王族もいる。
しかしもちろん、メリゼはそういう箱入りタイプなどではなかった。
手早く服を脱ぎ、試着の準備をしてスッと姿勢を正す。
もちろん、このくらいの事なら自分でできる。
しかし。
今この場に侍女が一人もいない理由は、それではなかった。
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「…たくましくなられましたね。」
裾の寸法を確認しながら、ロネスがメリゼにポツリと呟いた。
「初めてお目通りした時は、もっと線の細い印象でしたが。」
「ですよね。あたしもそうだったと憶えています。」
気をつけの姿勢を保ちつつ、メリゼは懐かしそうに答える。
「さすがに服の脱ぎ着はできましたけど、王宮の外の事なんか何ひとつ
知らなかった。深く知ろうという、当たり前の考えさえなかったかも。
それで当然だと思っていました。」
「今は違うと?」
「時間が経ちましたからね。」
そう言ってメリゼが小さく笑う。
「あの時頂いたカーペットも、経年美化がずいぶん進みました。」
「今でもお使いですか。」
「もちろんです!」
「あ、あんまり動かないで。」
「あっと…すみません。」
しばし言葉が途切れ、布の擦れ合う音だけが小さく聞こえる。
やがて。
「…はい、スカートはこれで大丈夫です。ちょっと休みましょうか?」
「いえ、一気にお願いします。」
「はい。」
頷いて袖の調整を始めたロネスを、メリゼはしばし見つめていた。
何を言えばいいか、探しているかのような表情だった。
「はい終わり。じゃあ右を。」
「ロネスさん。」
「はい?」
「やっぱり私は、アルメダと一緒がいいです。」
告げる声に、迷いはなかった。
それを聞いたロネスの顔にも、驚きの表情は浮かばなかった。
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あの日。
あの子は…アルメダは、自分で進む道を選びました。
侍女として、メリゼ様にお仕えするという道を。
不器用な子でしたが、それでいいと私も思いました。
それから、本当にお世話になったと感謝しております。
―――――
とんでもない。
助けられていたのは私です。
あの日。
首都への引っ越しを宰相のウルムスから提案されて、私は怖かった。
具体的な事は分からなかったけど、危険だという事は分かってました。
共周りの者を、誰も連れていく事が許されない…わけではなかった。
最低限の世話係の同伴は、ウルムスも認めていたんです。
でも
誰も来てくれなかった。
ウルムスに囲い込まれたのか、ただ単純に怖れをなしただけなのか。
親しかったはずの侍従の者たちは、みんな同行を拒みました。
そう。
アルメダ以外の全員が。
「どこまでもご一緒します」
それだけ言い放ち、アルメダは懐にナイフを忍ばせた。
何のためのナイフかと質問したら、その時にならないと分かりませんと
あたしの目を見て答えました。
その言葉だけで分かりました。
ああ。
この子は、私のために人を殺す覚悟を決めたんだと。
自分も死ぬ覚悟を決めたんだと。
そして。
私が辱められるような事態に陥った時、私を殺す覚悟も決めたんだと。
嬉しかった。
こんな私のために、そこまで覚悟を決めてくれる人がいるという事が。
先の見えない闇の中で、アルメダは私を照らす光でした。
多くの者たちが、凄絶な殺し合いを繰り広げたウォレミスの街で。
プローノ様たちとルクトさんたちに救われ、私は未来を見出しました。
だけど。
その道標となってくれていたのは、いつだってアルメダでした。
どんなにつらい時でも、当然の如くこの私のすぐ傍に踏みとどまって。
震えながら泣きながら、私を生かすために己を奮い立たせていた。
アルメダがいなければ。
私はきっと心折れ、今日に至るまでのどこかで命を落としていました。
一緒にいても離れていても、私にはアルメダの存在が心の支えでした。
アルメダとグルーク様に己を認めてもらう事こそが、目標でした。
アルメダは
私の許を離れ、ガンダルク様たちと共に世界を変えていった。
不屈の魂を燃やして、世の理不尽をねじ伏せていったんだと思います。
感謝じゃない。
私は、アルメダを尊敬しています。
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「…ありがとうございます。」
ほんの少し声を震わせるロネスは、涙を流していた。
メリゼもまた、試着のドレスの袖に小さな涙の染みを落とした。
「そこまで言って頂けるあの子は、きっと本当に頑張ったんですね。」
「はい。」
頷くメリゼの目から、あらたな涙が零れて床に落ちる。
「…アステアでの顛末は、同行した皆さんから聞きました。…あまり、
詳しくお話しする事はできません。ですが、アルメダもつらい経験を
乗り越えたのは確かです。」
「…そうなんですね。あの子ったらちっともそんな話をしないから。」
「口にしたくなかったんでしょう。気持ちは痛いほど分かります。」
それは祖父母との決着の事なのか。
それとも、魔王ガンダルクとの別れなのか。
本人以外には絶対に分からない。
無理に聞き出そうとも思わない。
願うのはひとつだけ。
「私は、アルメダををもう一度侍女として伴い、モーグへと嫁ぎたい。
あの日途切れた引っ越しを、彼女と一緒に成し遂げたいんです。」
言い放つ声には、何ものも抗い難い気迫と決意とが込められる。
それがメリゼのわがままだった。




