06.現在04
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日はとっくに沈み、森は完璧な闇の中に沈んだ。
夏に入る前、比較的暖かい気候ではあるが、夜は冷える。濡れた服を着ているとガタガタと歯の根が合わないくらいの震えがくる。
…で、だ。
何を言いたいかと言うと、裸で温めあっています。はい。
幸いにも(これは本当に)荷物は無事だったため、アレクは野営する為の最低限の道具を持っていた。
毛布や防寒用のマントなど、一人分だけ。
お互いの濡れた服は脱いで干し、敷いたマントの上に彼が座り、その膝の上に私は抱え上げられ、2人で毛布にくるまっている。
「ヌヴェール様、申し訳ありません。」
「いや、俺が魔女殿を水に引きずり込んだのだし…それにこうしていてもらわないと俺は…」
ですよねー。
私達はピッタリとくっついてなければならない。
でないと彼は夜になってますます活発になってきた魔物に秒で襲われるから。
とはいえ、私とウニャウニャした記憶のないアレク。
森に対しての警戒心とはまた別の、そこはかとない緊張が伝わってくる。
会って数時間の人、それにお貴族様と平民という身分違い、にプラスして魔女っていう未知の生物と(裸で)くっついているのは辛かろうと一応言ってみただけだ。
あとは彼の中で折り合いをつけていただくしかない、と口を閉ざす。
「『アレク』」
「…はい?」
今更ながらご自分の名前に疑問が?
「そう呼んでいたのに、先程はヌヴェールと…」
咄嗟だったからそこまで気が回らなかった。
というかあのドサクサの中で細かいな。
苛つきと呆れと感心が混ざってモヤっとしたが、謝っておく。これも一応ね。
「申し訳ございません。」
「いや、違う。やめろと言うのではなくて…ひょっとして、記憶を失くす前の俺たちは愛称で呼び合うような親しい仲だったのだろうか?」
するどいなぁ。半分当たり。
「愛称、と申しますか…ヌヴェール様ご本人が『アレク』と名乗られたのです。」
これだけじゃ意味わかんないよなぁと思って付け足す。
「陛下の密命によるものですから、お薬を取りにくる係の方は皆様本名や身分や役職などを明かしません。名乗られたお名前でお呼び致します。
ですが、まぁ…知らないかと申しますとそういう訳でもございませんので…。そのため現在はヌヴェール様とお呼びしておりました。」
「口調も…最初に話したときはもっと砕けていただろう?」
「はい…」
「それでいい。」
「はい?」
「『アレク』と呼んでくれ。口調も以前と同じように戻してくれ。俺たちは親しい間柄だったのだろう?その、恋人というか…」
「いえ、それは違います。」
アレクは怪訝な表情をする。
「しかし…」
全く勘がいい。
というかアレか。
私のうなじとか肩とかをジッと見ているのに気付いた。つけたばっかのキスマークが見えたのか。昨日何度も吸われたのを思い出す。
「確かにもう数年…5年くらい?になる付き合いで、アレクと呼んで口調もこんなんだった。
けど恋人じゃないわ。
あなたには婚約者がいて、半年後に結婚するの。」
そう。彼はお貴族様で、私は平民だ。
それに私は魔女で、彼は侯爵家の嫡男で、そしてずっと子供の頃から決まっている婚約者がいる。
以前のように、自分の状況を分かっている上で私と関係するのならいい。
母も、そうやって魔女を産み、相手は森を出て行った。
でも、今の周囲の状況がわからず、頼れる人もない状況で気軽に私との関係を言うのは問題だ。引きこもりの魔女と森の奥深くでする秘め事は、外界に持ち出すことは想定されていなかっただろうから。
アレクは驚き、戸惑い、何かを言おうとしてはやめ、私の身体を抱きしめる力を強くしたが……結局は私を抱かなかった。