エピローグ
さて、彼らがどうなったのか……。
ここからは自分、『オーレ・ルゲイエ』が語り手を担わせてもらおう。
「あ、オーレ! いたいた、今日どうする?」
……おっと。
説明する前に、アキのほうから来てしまったな。
「そうだね、幸いこのあたりには子供の夢が多いし……そちらさえ良ければ、今日はご一緒させてもらおう」
「うん! じゃ、バク呼んでくるね」
明るい笑顔をぱあっと浮かべると、アキはぱたぱたと走っていった。
あれから、自分と彼らは時々行動を共にしている。
自分が悪い子に提供している『つまらない夢』は、質は良くないが悪夢になるのだ。
所詮子供にとってのつまらない夢なら、貘である彼らの精神的ダメージは無に等しい。
確実に、楽に、質は悪いが一応悪夢が手に入るというわけだ。
自分からしても、30年間の孤独で擦り減った心が癒されていくというメリットがある。
素直で一生懸命なアキと、素直ではないがぶっきらぼうな優しさを見せるバク。
不器用な二人は見ていて飽きないし、アキは自分に対して好意的に接してくれる。
始めは敵意じみたものを向けてきていたバクも、最近はそれが和らいだ。
これはつい最近バクから聞いたのだけれど……。
どうやら最初に出会ったときに自分が話したことで、二人の衝突を招いてしまったそうだ。
少し、いやかなり申し訳なく感じている。
しかしそれを乗り越えた今の二人には、確かな『絆』が見える。
根が真っ直ぐなアキと不器用なバクは、きっと相性も良いのだろう。
……さて、二人が戻ってきた。
三人での『仕事』といこう。
自分が見定めた子供の夢の扉を開け――。
「……ああ、すまない。いい子だった」
「ま、それならオーレだけの仕事だね」
いい子か悪い子かは、開けてみるまでわからない。
バクは淡々と言うが、悪い子でなければ悪夢にならないため、彼らからすれば入る理由の薄い夢だ。
こういう時いつも、バクはついて来ない。
アキだけは気分転換とバクが見ていない間になにか『練習する』とかで、自分が楽しく塗り替えた夢の中について来る。
なので全くの無駄というわけではないのだろうが……どうも、自分はまだバクの無表情に慣れないな。
「……たまには、俺も行こうかな」
ところが、なんと。
今日はバクも同行すると言い出した。
これは槍でも降るかもしれないね、鋼鉄の傘が欲しいところだ。
と、まぁ冗談は置いておいて。
今回は三人で、いい子の夢の中へ。
子供用の傘を広げると、夢の中を淡いオレンジの光が駆け抜けていく。
粒子のように弾けては消え、世界を明るく照らしてゆくのだ。
貘の二人にそれを見られながら、自分はいつもの仕事を全うしていった。
世界は楽しい夢、明るい夢へと色を変えて――ただ、無言じゃこちらがつまらないね。
前々から温めていたネタをぶつけてみることにしよう。
ジョークはつまらない生活に必要なスパイスさ。
「あ、そうだ。最近自分が気が付いたことなんだけど言ってもいいかい?」
「気が付いたこと?」
「『もとの現実』に戻るアイデアさ」
おどけた調子で言ってみせると、アキは顔を輝かせ……バクには睨まれた。
まあ、バクからこの話にはあまり触れるなと言われてるからなんだけれどね。
先にそのときの話をしようか。
アキはたまに、楽しそうな夢に入って遊ぶことがある。
最近じゃ自分が『楽しい夢』を提供するのについて来ることが増えたけれど、それまではアキ自ら適当に探していたそうだ。
まだ若い女の子に、悪夢だけを見続ける生活は辛いだろう。
可哀相なことだ。
そしてバクは大抵、アキが入った夢の側で待っている。
たまたまそこに出くわしたとき、彼から聞かされたんだ。
いつものように挨拶したらぎろりと睨まれ、仕方ないからそのまま踵を返しかけたとき、バクから声をかけられて。
「あんたは……自分は死んでいる、と思ってるんだよね?」
唐突な問いだった。
その話に、アキの前で触れるなと言われた直後だったから……ひどく驚いたよ。
振り返って見た彼の眼差しは真剣で、『ただの雑談じゃない』と思った自分もまた、真剣な声を返す。
「ああ。生きてはいないと思うよ。『彼女』の言う通りに」
『彼女』――『サキュバス』に関する話もアキの前ではご法度とされていた。
二重の禁忌。
デリケートな話題に触れる緊張感が背中を撫で上げる。
自分だって、彼らを傷つけるのは本意じゃなかったから。
生きるための希望を燈したアキを、吹き消してはならない、と。
「しかしバク、君は違うんだろう? アキと一緒に、生きて戻る、と……」
バクから直接聞いたことはなかったのだが、アキが嬉しそうに話してくれたことがある。
バクが、一緒に生きて戻るのを目指してくれるから……と。
しかし彼は、自分の発言に対し――ゆるく首を振った。
「俺もそこまで、自分がまだ生きていられてるとは思えない」
「しかし、アキは……」
「嘘はついてないよ」
尋ねようとしたら遮られる。
アキは、バクが共に歩んでくれることを心から喜んでいたのに……
金色の双眸はただ真っ直ぐに自分を見て、はっきりとこう告げた。
「もし亜紀と二人で戻れるなら戻る。それは嘘じゃない。ただ、そんな方法があるとは思えない……それだけだよ」
「そんなこと……っ」
「もちろん、亜紀には言わないでよね?」
有無を言わさぬ冷たい口調だった。
それに頷くと、バクは淡々と言葉を紡ぐ。
「亜紀が言ってた。心があるうちは、死んだわけじゃないって」
それは……自分も言われたことがある。
オーレにも心があるから、死んだなんて悲しいことを言わないで、と。
「俺はもう死んでると思うよ。でも『バク』は生きてる」
なんて曖昧な『生』だろうか。
彼は自らを死人と呼びながら、それでも生きているという。
この夢の世界がなにか歪んでいることは分かっていたが……。
どうしても、やるせない気分になった。
そしてバクは最後まで毅然と、はっきりと、自分に告げる。
「亜紀が貘として生き続ける間、俺は『バク』としてずっと傍にいる」
途方もない誓いだった。
彼らはおそらくずっと、永遠に寄り添い続けることになるだろう。
自分自身が孤独と寄り添い続けた30年間が何よりの根拠だ。
「もし、現実でも生きていたら……どうするんだい」
そして、浴びせたのは無神経な『もしも』。
バクは自嘲するように笑うと、肩を竦めてこう言ってのけるのだった。
「……まさか。壊れた心臓を抱えて、現実をいつも呪ってた俺が、意識もなく四年間も『生かされてる』わけがないよ」
星の数よりも多い分母の僅かな僅かな……限りなくゼロに近い可能性を求めるアキに、内心ゼロだと思いながらも傍にいることを望むバク。
そうして、彼らはいびつな、しかし強固な絆で結ばれていたんだ。
『いつか一緒に戻れたら』という、切ない無謀を合言葉にして。
さて、時を今に戻そうか。
「『戻る方法』って?」
早く教えろといわんばかりに、アキが詰め寄ってくる。
ううん、ただのジョークなのに言いづらくなってしまったな……。
しかし自分は余裕の笑みをにやりと浮かべ、人差し指をぴんと立ててやった。
「自分らは伝説やおとぎ話の中で語られる存在だ。つまり……『現実』に戻る方法も、おとぎ話の『お決まりのパターン』に乗っかってみればいいんじゃないかな?」
「……で、つまり、それが?」
早く結論を聞きたくて仕方ないというように、痺れを切らしたアキが早口でまくしたてる。
いけないなぁ、焦りは野暮だよ?
「眠れるお姫様を起こすのは……そう、『王子様のキス』さ!」
「「はぁ?」」
……滑った。
バクもアキも胡乱げな瞳でじっとりと自分を睨む。
ロマンが足りないなぁ……バクはともかく、アキにすら受けなかったのはちょっとだけ傷つくね。
「なーんだ……」
「第一、俺とあんたは男でしょ」
最近の子供の夢から薄々感じてたけれど……。21世紀の子供は冷たいね。
あんまり冷たくされると泣いてしまうよ?
「ま、仮に……オーレのアホっぽい推測に望みがあったとしても、『起こされる側』の俺達にはどうしようもないよね」
「外にアプローチできないしなぁ……でもよく考えたら、『アリ』かもしれないよ? オーレのアイデア!」
無表情でバッサリ斬ってくるバクに対し、アキは時間差で自分の提案のロマンに気が付いてくれたらしい。
ぱあっと期待に満ちた表情で自分のほうを見てきた。
その同意を求めるような視線に、力強く頷いてみせる。
「亜紀に『王子様』とか寒いにも程が……痛っ」
「うるさいなー、想像は自由なの!」
呆れた声で言うバクを途中で遮って蹴りをかますアキ。
バクはうんざりしたような顔でひとつわざとらしいため息をついた後、それは妄想、と小声で言うのだった。
と、そうして自分達の『仕事』は終わる。
夢の狭間に戻ってくると、アキは満足げな顔でもう一度言った。
「あたし達にどうにもできなくても、『外からの干渉』でどうにかなるかもしれないって可能性は考えてなかったもん……!」
周りに花でも飛ばんばかりの勢いで目を輝かせる彼女の向こうで、バクは眉根を寄せて口の動きだけで『余計なことを』と言ってくる。
……いや、まさか……ちょっとしたジョークのつもりだったんだけどなぁ。
「うん、やっぱり女の子は笑っているほうがいいよ。会ったばかりの頃は泣き顔ばかり見ていたけれど……」
話を逸らそう、と思って変えた話題もよく考えたら地雷だった。
会ったばかりの頃アキがよく悲しそうな顔をしていたのは、他でもない自分自身が絶望を叩きつけたのと、サキュバスの存在のせいだ……
「ま、明るいのだけが取り柄みたいなもんだしね」
どうしようと思った矢先に、バクがからかうような声でフォローを入れてくれた。
それに対し、アキは憤慨することなくまたからりと笑ってみせる。
なんというか、たんじゅ……いや、素直な子でよかった。
「うん、今のあたしはやる気に満ちてるからね!」
「それが空回りしなきゃいいんだけど」
バクはアキの発言をいちいちからかっては潰すようなことを言うけれど、それは彼なりに親愛の情を表現しているらしい。
なぜなら自分のことは最初ほとんど無視だったからね!
最近になって、自分に対しても皮肉めいた発言をするようになってきてくれて、なんとなく彼から認められてきた気がする。
「やる気ついでに、もうちょっと特訓してくる。まずはバクの足を引っ張らないようになることが、あたしの最初の目標なの!」
元気な声でそう言ってのけた後、自分とバクの反応も待たず――アキは、近場の扉にひらりと入っていってしまった。
「やれやれ、元気なのはいいんだけど……」
「ひとりにしておいて大丈夫なのかい?」
「ただ遊ぶ程度なら問題ないよ。それに何かあれば、なんとなくわかるし」
肩を竦めた彼に尋ねると、さして大した事でもないというようにさらりと凄いことを言ってのける。
……なんとなくわかる、のか。
「愛の力だねぇ」
「ま、もしもの事なんてあって欲しくないからね」
からかってみたが、否定はされなかった。
というよりおそらく、自分がさっきから浮いた発言ばかりしているので、相手をするのもバカバカしいと思っているのだろう。
それじゃあアキもいないことだし、真面目な話をしようか。
「アキは、『希望』と『幸せ』を糧にしているみたいだけれど。バク、君はどうなんだい?」
自ら、『生きる気力』というエネルギーを見つけて燃やしていけるアキはいい。
だが、バクはどうなのだろう。
いくら二人が上手くやっていけているように見えても……そこに温度差があれば、いつかまたすれ違うのではないかと心配だった。
「……俺は、亜紀の目指す希望と幸せに『ついていく』。それでいいよ」
そう言って薄く笑った彼からは、いつも自分に向けるような皮肉めいた色は感じられない。
……この表情を、彼女に見せてあげればいいのに。
いや、違うか。
自分が居ないところでは、アキにも見せているのかもしれない。
「じゃあバクにとっては、アキの『希望』と『幸せ』が、そのまま君の『希望』と『幸せ』になる……ってことかい」
確認するように重ねて尋ねると、バクはちらりとこちらを見る。
その表情は余裕そのもので……向けられたこちらが逆にからかわれているような、そんな不思議な気分にさせるものだった。
「今の俺は、幸せそうに見える?」
そして返されたのは――問いに対する、問い。
質問を質問で切り返すやり方はあまり好みではないのだが、彼らしいもの言いだ、と思った。
しかし難しい質問だな。
歪な関係を望み、誓うバクが幸せかどうか――。
自分がバクの立場だったら、おそらく幸せとは言えないだろう。
オーレ・ルゲイエになっても暫くの間は……現実が恋しくて胸が張り裂けそうだった。
いくらアキという共に歩んでくれる存在を得たとしても、それはそう簡単に拭い去れるものではないのだ。
だがしかし、自分は彼ではない。
そこが肝要。
「さあ、目に見えないからわからないね。幸せかどうかは『第三者が決めることじゃない』……だろう?」
バク自身を幸せに出来るのは、バク自身の意識しかない。
そう思ったからこう答えると、彼はにやりと笑うとこう言うのだった。
「そう。……それが俺の答え」
――二人の『貘』は、歪ながらも同じ想いで寄り添い続けている。
はた目から見れば捻じれた状態かもしれないが――そんなもの、本人たちが決めることさ。
「――俺は今、幸せだよ?」
2011.04.21




