……そんなどこかにある未来の話。
暗く広い部屋で、相変わらずキーボードの音だけが響く。
中央の大画面からの光が、赤いニット帽の男と、緑のキャップの男をぼんやりと照らしていた。
緑のキャップの男は、画面の中の男が言った言葉を聞き、デリートキーを押した。
「……先輩。」
「あ?」
「いや、ちょ、缶は置いてくださいって。」
ゴクゴクとコーヒーを飲んだ。
「…あんだよ?」
「この老人、足めっちゃ早くないすか?この歳でこんな元気って……」
隣の画面で映像が巻き戻る。
「あー、登録したときからデータ変えてねーかも。」
「え!?ヤバくないすか?」
「あ?見た目は完璧だろ。」
「いや、入ったときからポテンシャル変わってないとかーーーイッタ、、」
芸術家肌の緑先輩には、若い男を置いてスタスタ歩く老人がいても気にならない。柿の実が一年中実っていようが、映像美があればそれでいいのだ。
左の画面で老人の体力値を確認し出した新人が、「ロリコン」「少女誘拐」の文字に気づいて画面を消した。
「ーーアレ、そういや今日、雨の日じゃないんすか!?」
「あ?いーんだよ。雨は一年に一回ぐらいで。」
「え!?」と思わず手が止まる。
先輩は新しいコーヒーを探して引き出しを開けていた。
「お前、雨ってめっちゃ大変なんだぞ。木から垂れる雫とか泥はねとか、徹夜だよ徹夜。」
何故かそこへのこだわりは強い。長いものに巻かれる赤い新人は雨の日をなかったことにした。
中央の画面におばさんと男が映しだされる。
流れをみながら、別の作業をし続ける赤い新人。
「…え、せんぱーい!この老人出てくんっすか?」
「あ?言っただろ。CG作っとけって。」
「えー?でも、この老人まだ……」
ここを出られるにはまだ時間があった。
「あ、ちげーよ。そろそろ寿命だからハッピーエンドを見せて終わらせるって……お前なんも聞いてねーな。」
緑先輩がイラっとしたことに気づいき慌てる新人。
「え、いやっ、じゃ、じゃあこっちの男の里帰りみたいな思考はなんなんすか?どうやって……」
「あーそれはこないだ家族に貰ったムービーちょっと変えて使い回せって……言っただろ?」
「き、聞いてないっすよ〜。てか、なんでこいつはフルCGじゃないんすか?」
「なんでもかんでもCGでできると思うなよ。金かかんだからCG。しかも、こいつまだ入ったばっかだろ?……CGバレんだよなーすぐ。」
「え、じゃあ老人もムービー貰えば……」
「あー、その老人の家族、もういないんだわ。」
「あー、なるほど……」
なんだかしんみりとしてしまった。
「じゃ、じゃあ、こっちの男は家族から新しいの貰って来なくていーんすか?」
「バカ、そんな何回も協力して貰えるわけねーだろ。何年も会えないやつのこと、忘れて行きてこうとしてんだぞ?」
「あー、なるほど……」
こんどは暗い雰囲気になってしまった。
緑先輩はチッと舌打ちをした。
「この里帰りってシステム、めんどくせーな。」
「え?先輩が入れたんじゃないんすか?」
「ちげーよ。本当にあっちじゃ行われてんだよ。」
「え、まじすか?」
新人の目が丸くなる。
「まー、適当にミックスしたから分かんねーけど。こんな某避暑地みたいなとこに、なんの罪もない人を殺したやつとか住んでんだぜ。」
「え、まじすか。税金で?すげー。」
赤い新人の家より明らかに金がかかっている。
「衝撃だろ。何が衝撃って、この国までリアルに取り入れようとしたことだよ。」
「いやー、ムリっすね。そんな金ないっすもん。このシステムでもきちきちなんすよね?」
「だいたいこの国にもうそんな土地ねーっての。その辺のマトモなやつでもっと大変な生活してるやついるってのに。」
「あー、なんか「金持ちが老後に田舎に引っ越して自給自足してます☆」みたいな生活っすもんねー。」
「それが犯罪率下げるんだとよ。だからってこないだまで厳罰化とかしてた国が、なあ?」
「そっすよねー。でも自分の家族殺したやつがリアルにこんな生活してたら……」
「なあ?やべーよマジ。環境がそうさせちまったから社会復帰させてやろう、みてーな考えらしーぜ。」
赤い新人には理解できない考え方だった。
「へーーー。……あ、また新しいやつ来たっすね。」
中央の大画面に一人の男が映しだされる。
……案内人の老人は、もういなかった。