34 ルビー
お久しぶりです。
「はあ~、お前が無茶するなんて意外だな」
「なに? 僕への悪口?」
「ちげーって、お前、普段は傍観者染みてるから、意外と勇気あるんだなって思っただけだ」
「はあ~? 僕だって人の心持ち合わせてるんですけど~」
「お前人じゃねえだろが」
アルマはガンリに羽の状態を見られながら、そんな会話を交わす。仕事を終え無事にマルディヒエロへと帰ってきた。帰ってきてから数日はこの街への運び物を届けるために色々な家を巡った。それも落ち着き時間ができたので、ガンリの家へとやってきたのだ。
ガンリもちょうど休みの日だったので運が良かった。アルマの羽の欠損はそこまで大きくはないが、胴体の方にも異常は無いかと見てもらっていた。
「胴体の方は大丈夫だな。右翼の欠損だが、風切羽部分だし、一部パーツを変えりゃ問題はないだろ」
「そっか、よかった」
ガンリの言葉にホッとする。アルマ程精密なAIを一般人が直せるとも思えない。重要な部分の故障が無くて本当に良かった。
「ちょうどいい素材無いか見てくる」
「うん、わかった」
ガンリがリビングから消える。倉庫へ行ったのだろうが、あの倉庫から素材を探すのは時間がかかるだろうな。
そもそもアルマは飛べるように壊れにくい最低限まで軽量化されているし、合う部品はあるのだろうか。
「そういえばPC完成したんだね」
「あ、本当だ」
「エロ画像無いか見てやろうよ」
部屋の角にあるデスクトップPCが置かれた幅広のラックを見て、そういえば以前来た時、後でアルマの中を見ようと言う話をしていたなと思い出す。
机に置かれていたアルマはぴょんと俺が座るソファーに飛び移り、くちばしを使い肩までよじ登ってくる。PCの元に行けとアルマに急かされPCラックの元へとゆく。
電源を付ける。そう時間も立たず立ち上がり、パスワードは設けていないのか、直ぐにホーム画面になる。
アルマはエロ画像無いかなーなんていいながら、俺に操作する様に指示してくる。ホーム画面を見たところ怪しげなファイルは無いようだし、エロ画像なんて無いのでは?とアルマに言うが、アルマは絶対あると譲らない。お前そんなにガンリの弱み握りたいのか。
色々とウィンドウを開いていくが、それらしきものは見当たらない。
「マルディヒエロの夜景とか言うカムフラージュファイルが絶対どっかにあるはずだよ!」
「いやいや、無いって絶対…………あ」
ファイル名、エステーニャの原風景……。
…………見なかった事にしておこう。
ファイルを開かずにウィンドウを閉じる。アルマはブーブー文句を言ってくるが、ガンリの尊厳は守ってやろうぜ……。
ガンリが戻ってくるまでしばらく、OSに入っていたであろうゲームで遊ぶ。ピンボールとか懐かし、小学校の頃とかよくやってたな。あれに比べるとかなりクオリティが高いものだが、あのチープさが良かったんだよなあなんてしみじみ思う。懐古厨かよ。
「おーい、あったぞー」
「おかえりー」
「お、ゲームしてんのか。それ昔からあるんだよなー。たまにやりたくなる」
「そうなんだ」
俺にとってのあのピンボールの様に、ガンリにとってはこのピンボールが懐かしのゲームなんだな。
「…………」
「なんだよアルマ。俺の顔になんか付いてるか?」
「エステーニャの原風景」
「アルマやめろ!」
「ああああああああああ!!!」
「ガンリィィィィ!」
アルマがあのファイル名を告げるとガンリは膝をつき慟哭する。やめたげてよぉ!
「大丈夫だから! 中身は見てないから! 大丈夫だから!」
「ふ、ふふ、引っかかったな! あれはダミーファイル!」
「さっきの反応でそれは無理ありすぎじゃない?」
「うるせえアルマ! どうせお前がアユム使って探させたんだろ! 俺の荒探しして楽しいかよ!」
「うん、楽しい」
「ちっきしょおおおおお!!!」
なんだかガンリが不憫になってきた……。いや前から不憫なとこあるなあとは思っていたが、その不憫さに拍車がかかっている気がする。これからはもっと優しくしてやろう……。
「そんなことよりほら! 羽直そう!」
「……ああ、そうだな……」
手をパンと合わせて無理矢理話題を変える。
ガンリは俺の肩にいたアルマをがっしりと掴み器具が並べてある机へと連れて行く。
「ちょっと! もう少し丁寧に扱ってよね!」
「うるせえ。お前が人間だったらぶん殴ってるとこだぞ。俺の優しさに感謝しろ」
ガンリはソファに腰掛け、アルマの右翼の欠損部分を外してゆく。欠損部分は風切羽三枚程度だ。俺も向かいのソファに腰掛け、その様子を見守っていた。
「ねえ、これ色違うじゃん。せめて塗装してよ」
ガンリが持ってきたパーツは鈍色だ。アルマの真鍮色の色とは合わず、つけたら浮いてしまうだろう。
パーツは一枚の大きさや長さなどはあっているようだが、取り付けるために螺旋型の器具で穴を開けてゆく。素材がなんなのかはわからないが、ガンリが持ってきたのだし、同じものなのかもしれない。
「なんかかっこ悪いよー」
「名誉の負傷だろ。別に気になんねえよ」
新しい羽を付け終えると、アルマはその部分を気にしながら羽繕いをする。ぐちぐち文句を言ってはいるが、羽ばたいたりして違和感が無いか確かめている様だ。
「俺が後で塗ってやるよ」
「そうして~。なんか落ち着かないからさあ」
机からぴょんと跳ねて、俺の座っているソファの上へと来る。おもちゃ屋なんかに行けば、アルマの羽色の塗装材なんてあるだろうか。ガンリに聞こうと口を開くと、遠くでバンと大きな音がした。
「なに?」
音がしたのはおそらく玄関だ。リビングへ向かって足音がしてきた。
「誰か来たみたいだが、インターフォンも鳴らさずに来る相手と言ったら……」
「ちょっとガンリ! あなたどういう事なの!」
「ああ、やな奴来ちまった……」
リビングの入り口に現れたのは小柄なエイビー、大きなピンク色の嘴に真っ黒い目を縁取る赤いアイリング。真っ白い羽毛の頭に真っ赤なリボンを付けた、服装からしておそらく女性。白文鳥のような女性だ。正直可愛いな……。
「ルビー、いつも言ってるが勝手に入ってくるな。せめてインターフォン押せ」
「なによ、インターフォン押したって貴方私と分かれば入れてくれないじゃない! それに非常識な貴方に非常識で返してなにが悪いのよ。再三お父様が来ているのに、おじさまに会いに行かないなんて貴方の方こそなんなのよ!」
「あー、今日は客がいる。帰ってくれ」
「客?」
白文鳥、ルビーの目線が俺に向かってくる。軽く会釈をするが、ルビーはフンと鼻息を鳴らし、ガンリに詰め寄る。
「この子はだあれ」
「ジェスラんとこの見習いだ」
「ジェスラさんの。……まさかシレンの代わりじゃないでしょうね」
「……シレンは関係ねえよ。ふざけたこと言うな。帰れよ。お前と話す気なんてねえ」
ガンリはルビーを突き放すが、ルビーも引く様子はないのか、言葉を続ける。
「ガンリ、貴方、どうしてそこまで頑なにおじさまに会いにゆかないの」
「俺は親父とは……アセンシオとはもう関係ねえ。だから行かないだけだ」
「関係無いですって?」
ルビーはガンリの言葉を聞き、毛をわずかに逆立たせる。
「ガンリ、貴方自分の罪をわかっていて? 貴方は舞台の上にいたにも関わらず何もしなかったのよ。それは罪ではないの? ただ傍観を貫いた貴方に、おじさまの罪を糾弾出来るの?」
「うるさい……」
ガンリは苦しそうに頭をガシガシとかく。意味はわからないがガンリにとっては言われたくない言葉なのだろう。アルマと共に様子を見守るが、席を外すタイミングは完全になくなってしまった。
「貴方、今までも、これからも逃げ続けるの?」
「お前に何が分かるんだよ。ガキだったお前に……」
「そうね。私はまだまだ子供だったわ。でも子供でも、貴方がなんとか出来た存在だったと言うのはわかるわ」
ルビーは毛を逆立たせ、言葉を続ける。
「ガンリ、貴方がジェスラさんに対して罪滅ぼしを続けるなら、おじさまにも会うべきだわ。……それは、傍観者だった貴方だからこそ出来ることだわ」
ルビーの言葉に、ガンリは顔を苦々しく歪めた。
「……うるさい」
「ガンリ!」
「わかってんだよ! そんなこと!」
「わかってるのなら、なぜ何もしないのよ! あなた、全部ジェスラさんに押し付けているだけじゃない! 逃げて逃げて逃げて、その先に何があるって言うのよ!」
「お、落ち着いて二人とも!」
ガンリの服を掴み、ゆさゆさと揺さぶるルビー。ガンリは目元を片手で押さえ表情は見えなくなったが、口元は歪んだままだ。過熱しそうな気配を感じ、二人の間になんとか割って入る。
「落ち着いて! 俺はなんの話かわからないけれど、あんまり熱くなっちゃ出る答えも出ないよ」
「……そうね。ごめんなさい。取り乱したわ」
「…………」
ルビーは冷静になったのか、すぐに引いてくれた。ガンリは動かないまま、だが。
「ガンリ、私は帰るわ。……ねえ、ガンリ。貴方は決して弱い人間ではないわ。でも、全てを忘れて生きようとする貴方は、とても卑怯よ」
「…………」
「皆、心に傷を負っても向き合おうとしていたわ。でも、貴方は逃げ出した。その意味がわかる?」
ルビーのその言葉に、ガンリは静かに泣いている様だった。十数年前の事件に関連する事なのだろう。ジェスラに対する罪滅ぼしとは一体何なのだろうか。
「…………ニカノールさんに言っといてくれ……そのうち会いに行く……」
「わかったわ。お父様にそう伝えておく。絶対よ!」
「…………」
ガンリは苦しそうに片手で目元を覆っている。時たま、嗚咽の様な声が聞こえた。
「おじさまは貴方を許すでしょうね。でも、貴方は貴方を許せるのかしら。もう、許してあげてもいいんじゃないかしら。重い枷を背負って生きるには、貴方は優しすぎるわ」
「……っく」
「ガンリ、私はもう行くわ。……ごめんなさい。苦しみを分けあえるのが私じゃなくて……」
そう言い残し、リビングを出て行こうとするルビーの背に、ガンリは一言、弱々しい声でありがとうと言った。
ルビーが家を出て行き、部屋には沈黙が広がる。ガンリは俯き、まだ泣いている様だった。
「ガンリ、大丈夫?」
「ああ、すまねえな。みっともないとこ見せちまって……大丈夫だよ」
「ほらティッシュだよ」
ガンリが俯いたままそう言うが、大丈夫には見えない。アルマがティッシュを箱から一枚取り出してガンリの元へと持っていく。
「お前変なとこ優しいよなあ」
「変じゃない! 僕だって人並みに心があるんだからね!」
「ははは、わかったよ。ありがとうな」
ティッシュを受け取り顔を拭くと、いつも通りの笑顔のガンリだ。目元は若干赤いが、涙が止まってよかった。
「あの人……ルビーさんと一体どう言う関係?」
「ああ、俺のいとこだよ。たまにああして押しかけてきては無駄話してく。いつもなら、な。今回は…まあ、意外だったな。あいつがあんな事言うなんて……」
まさかのいとこ……ガンリの話ではガンリの家系は鳥の特徴を持つ人が多いらしい。
ヒューマとファーリィの特徴を併せ持つのはわかるが、ファーリィとエイビーの特徴を併せ持つ人がいるのかと聞くと、滅多にいないらしい。獣人達同士ではどちらかの特徴を持って生まれることが多いようだ。
「さて、アルマの羽の修理も終わったし、アルマの中見てみるか?」
「プライバシーの侵害だよ!」
「うるせえ。どっちみちお前のメンテやらんと障害出てくるかもしれねえんだぞ。大人しくメンテやらせろ」
「アユムたすけて」
「頑張れ」
「ご無体なあ~」