35 手紙は早めに開こうね
「…………失敗した」
ガンリからアルマの解析とメンテには大分時間がかかるからどこかに出かけてきたらどうだろうと言われた。
それもそうだ。自分が出来ることなど他には無いだろうと、最近伸び放題だった髪を切りに来た。のだが。
「ああ~、途中で寝るんじゃなかったあ」
今まで頭の傷を隠すために髪型は長めにしていたのだが、自分の予想外なほど短髪にされてしまった。撫でると分かるが、おそらく、というか確実に見えている。傷跡。
今日に限って帽子を忘れてくるし、とことんついていない。
からかわれたら嫌だなあ、なんて思いつつガンリの家へと向かう。足取りは心なしか重い。
ガンリの家へ着き、家の中へと入って行く。
「ガンリ~。ただいま~」
「おうアユム、髪切ってきたのか。結構スッキリしたな。……浮かない顔だがなんかあったか?」
「いや、ちょっと短過ぎたなって」
「そうか? 丁度いいと思うがな」
「いやあ……」
ガンリは傷のことは知らないと思うし、まあ仕方ない反応だ。
アルマはどうなったのかと聞けば、興味深い映像が見つかったとこちらへ来るように促される。アルマは卵型のままケーブルに繋がれている。動きを見せないのでスリープ状態のようだ。
「多分アルマが起動されてから初めての映像みたいだ」
「へえ、どんなの?」
ガンリの近くでモニターを覗き込む。画面には、ひとりのヒューマの男性が映っていた。
『君の名前は何か分かるかい?』
『僕? 僕の名前は……』
『思い出せないかい? なら君はファルソだ』
『ファルソ……』
『記憶の障害は仕方ないか。元々随分損傷していたし、コピー出来ただけでも上出来か』
画面に映る男性は笑みを浮かべ、アルマに手を伸ばす。次の瞬間には映像は映らなくなった。
「このファルソって何か分かるか?」
「アルマの前の名前だと思う。セレーブロがそう呼んでたから」
「へえ……しっかし、なんでファルソなんて名前つけるかね」
「どういう意味?」
「ファルソは偽物って意味だよ」
「偽物?」
なぜ偽物なんて名前なのだろう。アルマはそう呼ばれるのを嫌ってアルマと名乗っているのだろうが、先ほどの男性、恐らくアルマの製作者、は何を思ってファルソと名付けたのだろう。偽物……男性が言っていた言葉のようにアルマは何かのコピーなのだろうか。だとしても、ネーミングセンス最悪では? そりゃ自分の名前嫌になるわ。
「他にはなんか無いの?」
「あるっちゃあるんだが、どれも同じ研究室内での映像だな。簡単な問答するだけですぐ切れる。もう少し調べりゃ、こいつがセレーブロと旅してた時のも出てくるんだろうけどな」
「アルマは科学街カルファスから来たって言ってたけれど」
「へー、カルファスからか。そりゃこいつレベルの精密なのも作れるわな」
アルマからコードを外し、こんこんと卵を叩くと、しばらくしてから鳥型に展開してゆく。
「んん? 終わったの? ああん、僕のプライバシーが~」
「大してみてねえよ。まあこのPCにバックアップ取ったから多少イカレても何とかなるぞ」
「僕そこら辺の不良品じゃないもんねー。イカレるありえないよ」
「へえへえ、そうかいそうかい」
「もー! 何その反応! 僕のことなんだと思ってるの!」
「クソ鳥」
「むきー!!!」
怒ったのかアルマがガンリの手をちねちねとつねり始め、ガンリが痛え! と声を上げる。その光景に苦笑いしながら、アルマをすくい上げ肩に乗せる。
「ガンリなんて禿げちゃえ!」
「おま……俺最近気にしてんだぜ……」
ガンリが頭を触りながら若干沈んでいる。見た感じふさふさとしていると感じるが、見えない頭のてっぺんあたりがヤバイのだろうか……。
「アユムも禿げてるよね」
「は!?」
「後頭部、禿げてる」
アルマが爆弾を投下する。お前後で見てろよ。
「あ? そうなのか?」
「ハゲてない! これは……これは名誉の負傷なんだ! 傷跡なんだ! ハゲてなんかない!!!」
実際は縁石に頭をぶつけて出来た傷なのだが、必死に誤魔化す。あまりの必死さにおかしくなったのか、ガンリが声を上げて笑う。
「なーに必死になってんだよ。お前の頭撫でてた時に気付いてたよ。にしてもお前、なんか手術でもしたのか?」
「え……気付いてたの……。いや、昔縁石に頭ぶつけてできた傷……」
「ぶっ、名誉の負傷じゃなかったのかよ。……それにしては、結構でかい傷な気がするが……」
「そ、そうかな」
ガンリに頭の傷を見られながらそわそわする。なんかそう言われるとでかいような気もしてくる。結構派手にやったので傷は大きめだったのだが、ガンリに言われさすってみる。手術痕……ではないはずなのだが。
「ま、あんま気にすんなって。あ、ジェスラ今日家にいるか? 飯食いに行こうぜ」
「今日は家にこもってると思う。大丈夫だと思うよ。ベルパドの店?」
「ああ、後で家に迎えに行くからよ」
「わかった。じゃあ俺そろそろ帰るよ。アルマのことありがとう」
「いいっていいって。じゃ、また後でな」
アルマをバッグにしまい、玄関先まで来て見送りをしてくれるガンリに手を振りながら、ガンリの家を後にする。
もう随分通い慣れた道だ。ぼんやりしながら見慣れた風景の中を歩いてゆく。しばらくすれば家がある路地裏に入り、家の前へと着いた。
家に入る前に、ポストを確認する。ダイレクトメールと見慣れない封筒がひとつ。差出人は書かれていなかった。仕事、の依頼では無いと思うが、一応宛先はジェスラになっていたので、すぐに確認してもらおう。
ジェスラはこういう手紙の類は溜め込む方のようで、言ってやらねば放置したままだろうから。
「ただいま〜」
玄関に入り、帰宅した事を伝える。返事が無かったが、リビングに行けば本を読みながらソファに座るジェスラの姿があった。
「ジェスラ、ただいま」
「ん? おお、おかえり。アルマはどうだった?」
「異常ないってさ。風切羽も修理してもらった」
「そうか。よかったな」
「うん。あ、ねえ、なんかジェスラ宛なんだけれど、差出人書かれてない手紙来てたんだけれどさ、早めにチェックしておいて。ジェスラものぐさなんだから」
「あー……わかった」
「本当にわかってる?」
手紙を差し出すが、ジェスラは面倒臭そうに手紙を受け取る。
「あ、ガンリが今晩夕飯食べに行かないかって」
「おー、いいぞ。ベルパドの店だろ?」
「うん、後で家に来るって言ってた」
「そうか」
アルマをバッグから出してやり、そんなこんな言っていると、ジェスラが手紙を机に置く。
「ちょっとジェスラ。そうやってめんどくさがってるから仕事溜まるんだからね! はい! 今すぐ開ける!」
机に置かれた差出人が無い手紙をジェスラへと突き返す。
「お前は母親か?」
「なんとでも言ってよ。後になって焦るのジェスラなんだから」
「はいはい」
「もー」
ジェスラはめんどくさそうに手紙を開ける。アルマは卵型から鳥型に展開して、別のダイレクトメールをガジガジと齧っていた。
「…………!」
「? どうしたのジェスラ」
なんだかジェスラの様子がおかしい。手紙を何度も何度も読み返しているようで、こちらの言葉は届いていないようだ。
手紙を置き、リビングから出て行くと、恐らく自室に行ったようだ。
「何書いてあったんだろ」
ジェスラ宛だし、盗み見るのもなんだか悪い気がしたが、机に置き去りにされた手紙を読んでみる。
ジェスラへ
久しぶりだね。元気だったかい? 僕は今、パサドという街にいる。良ければ最期に会わないかい? 話したい事がいっぱいあるんだ。
ガンリは元気かな? あの子はよく出来た子だから、僕がいなくなった後、アセンシオの後継ぎになってたりするかな。色々話を聞かせてくれないか。この十年でマルディヒエロで何があったのか。僕にはわからないから。
そうだ、君に見せたいものもある。きっと、君なら喜んでくれるよね。
色々な地を転々としていたけれど、最期になるなら、ここがいいと思ったんだ。もう終わりにしよう。君の苦しみも、僕の苦しみも。
待っているよ。
パサド街モントリド通り15-16-4
エゼラより
「盗み見いけないんだー」
「お前も読んでるじゃん」
いつの間にか肩にとまっているアルマもじっと手紙を読み込んでいるようだ。
差出人はエゼラという人の様だが、ガンリの事を知っている。僕の後に後継ぎ、と書いてある。もしかして……。
「ジェスラの……義兄……?」
後継者問題で、ジェスラの息子と、兄弟であるジェスラの奥さんを殺したという……。ガンリの実兄でもあるのだろう。
ジェスラの自室の方から扉を開ける音がし、慌てて机にその手紙を戻す。ジェスラがリビングにやってくるが、雰囲気……というか、なんだか殺気がにじみ出ている感じがする。
ジェスラはいつも仕事に持って行っている着替えなどを詰めたボストンバッグを肩にかけ、何処かに行こうとしている様だった。
「ジェ、ジェスラ。どうしたの、どっか行くの」
「……ちょっと用事ができた。お前は置いて行く。金は置いて行くから、しばらく家のことを頼む」
「えっ……」
恐らくジェスラは、義兄、エゼラの元へゆくのだろう。
なんとなく、ひとりで行かせるべきでは無いと警鐘がなった気がする。
「俺も、俺も行くよ!」
「ダメだ。お前は留守番だ」
「なんで!」
「……これは俺の個人的な用事だ。お前は今日はガンリと飯食ってろ」
手紙を手に家を出て行こうとするジェスラの後を追い、アルマをバッグに詰めて玄関から出て行くジェスラの後に続く。
「俺も行く!」
「ダメだったらダメだ!」
ジェスラの車はガンリのガレージに止めてある。ガンリの家へ着くまで問答を繰り返すが、帰ってくるのはダメだの一点張りだ。
ガンリの家に着き、鍵を取るためかガンリの家へと入ってゆくジェスラ。
「ん? どうしたんだよジェスラ。なんかあったか?」
リビングに居たガンリはジェスラを不思議そうに見ているが、急な仕事が入ったと言えば、そうかい。とジェスラに鍵を渡した。
「ジェスラ! 俺も行くってば!」
「……ガンリ、しばらく留守にする。アユムの事を頼む」
「え? ああ、いいけどよ。どこ行くんだよ」
「パサドだ」
「ああ〜パサドか。なんか掘り出し物探してきてくれよ。金は払うからよ」
「ああ、わかった。じゃあな」
「ジェスラ!」
ジェスラは運転席に入り、車を発進させようとする。助手席から入ろうとするが、鍵をかけたのかドアは開かない。
「ジェスラ!」
……行ってしまった。遠ざかるエンジン音を聞きながら、どうしようどうしようと焦ってしまう。あの手紙には、「もう終わりにしよう」と書かれていた。それは、つまり、ジェスラが義兄を殺すという事なのでは無いだろうか。
「なんだよアユム。お前そんなにジェスラ好きだったのか?」
「…………」
「……? 本当にどうしたんだよ。なんかおかしいぞお前」
「ねえ、パサド行きのバスとかってある?」
「え? あー、あるんじゃねえかな。半日もありゃ着くと思うぞ」
「バスターミナルに行けばいい?」
「多分な。……お前ジェスラの事追いかける気か?」
「うん」
「なんかあったのかよ」
「それは……」
言って、いいものなのだろうか。ガンリは過去の事件の当事者だ。俺が顔を突っ込むべきことでは無いことはわかっている。でも、このままではジェスラは。
「帰ってきたら、ちゃんと話す。お願いだよガンリ。行かせてほしい」
「んー、しかし、俺にも保護責任ってもんがなあ」
「お土産買ってくるから!」
「そんなもんで釣られるかよ」
「エステーニャの原風景」
「あああああああああ!!!」
「今の俺じゃないよ!? アルマだから! じゃ!」
膝をつき慟哭するガンリを置いてバスターミナルまで走る。後ろからガンリの制止の声が聞こえたが無視して走った。
バスターミナルは確か街をふらついていた時に行ったことがあったはずだ。大きな通りまで出て確かこちらだったはずだと記憶を頼りに走ってゆく。
「あった!」
自分の知るよく知る街を走るバスと、恐らく街の外を走る用の少し厳つい感じのバスが並んでいる。どこに乗ればいいのか分からず、乗務員と思しき帽子を被ったエイビーに声をかけた。
「あの、すみません。パサド行きのバスってありますか?」
「ん? ああ、終着じゃなくて途中下車のやつならあるよ。五番ターミナルに行ってみな」
「ありがとうございます!」
乗務員の方に礼を言い、五番ターミナルに走る。そこでも、このバスで合っているのかと確認し、手続きを済ませバスに乗り込んだ。




