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識~叡智の賢者~  作者: ニコカメン
第Ⅱ章 聖なる闇の蠢き
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047 母の情報

「ところで立花、1つお前に訊ねたい事があるんだが」

 ふと三月がそう話を切り出す。日奈は小首をこてんと傾げながらこう返事を返した。

「日奈で良いよ〜。それで、何かな〜?」

「単刀直入に言う。お前には情報提供をお願いしたい。実は現在、俺とロムは冒険者ギルドの依頼で行方不明者の捜索をしている。俺の調べた限りでは犯人はこの辺りに潜伏している盗賊団のようだ。奴らはこの森の近くにある村から《獣人族》の子供を誘拐して、何者かに売り渡して大金を得ようとしている。その盗賊団の一味と思わしき人間をお前は見ていないか?」

 三月がそう訊くと、日奈は行方不明者という言葉に一瞬だけピクリと眉を反応させると、うーんと腕を組んで記憶を探るように目を瞑った。そして何かを思い出したように「あっ〜」と声を上げこう返答した。

「そう言えばぁ、少し遠かったんだけどねぇ〜。人間の気配を沢山感じたかな〜?」

「その気配を感じた場所ってのは何処だ?」

「ん〜……ここから少し離れた場所〜。確か……あっち〜」

 そう言って日奈は森の北側を指差した。確かにそちらはまだ三月達も探索していない方角であり、他の場所よりも草木が生い茂っていて辺りは暗く、人や物を隠しやすい土地だ。アジトも森の自然に紛れさせて見えないようにしている可能性もある。

「確かにそっちの方は暗いし、森が深いから身を隠すのに最適な場所だよね。ミムちゃんが上空から探してくれたけど、自然に紛れてたから見逃してるかもしれない」

「ロムの言う通りだな。んじゃ、早速奴らのアジトを突き止めるとしよう。情報提供感謝する」

 そう言って三月はロムと共に森の北側に向けて出発しようと立ち上がる。それを見て、日奈は相変わらずのほんわかした口調でこう呼び止めた。

「あ〜、待って待ってぇ〜。こっちも1つだけお願いしたい事があるんだけどぉ〜」

「断る」

 三月はそう言って即答すると、日奈に背を向けてさっさと出発しようとする。しかし、日奈はそんな三月の返答を無視してこう言葉を続けた。

「実はぁ〜……ミッチーが持ってるその刀にぃ、アタイは興味津々なんだぁ〜。お願いだからもっと近くで見せてくれないかなぁ?」

 少しだけ頬を紅潮させ、興奮した様子でそう言う日奈に、三月は一切態度を変化させずにこう言った。

「だから断る。てか、ミッチーって俺のことか?」

「情報提供したでしょ〜?」

「俺だって飯を分けてやっただろう? それでチャラだ」

「え〜……じゃあどうすれば見せてくれるのぉ?」

「そうだな……俺の刀を見せるに値する対価を要求する。物品でも情報でも構わない」

「ん〜、そっかぁ〜。それじゃあ〜……」

 どうしようかと手に顎を乗せ、ふと何かに気が付いたように三月の顔をじっと見つめると、「あっ、そうだ〜」とパンッと両手を合わせ、思い出したように声を上げた。

「ミッチーってさぁ〜、もしかしてナッチーのこと知ってたりするぅ〜?」

「ナッチー? 誰だそれは?」

「ミッチーの顔ってナッチーにそっくりなんだよねぇ〜? それに名前もそっくり〜」

 日奈のその言葉に三月はピクリと眉を動かして反応を示す。その反応を見た日奈はどこか確信したような顔でこう続けた。

「やっぱりぃ、知ってるんだぁ〜?」

「お、おい。そいつの名前って」


「うん、あなたのお察しの通りぃ〜、ナッチーの本名はぁ〜、七月なつきぃ。夜白七月やしろなつきだよ〜」


 まさかこんな場所で母の名を聞くとは思っても見なかった三月だったが、一瞬だけ驚いたように目を見開くと、すぐに冷静な顔に戻り思考を巡らす。そして何か思い付いたように日奈にこう質問した。

「まさか、先代勇者の時代で会った事があるのか?」

「ピンポ〜ンっ、大当たりぃ〜」

 日奈はそう言ってへにゃんとした微笑みを浮かべる。だがその気の抜けるような笑みとは裏腹に、内心では三月がこの話に食いついた事を大いに喜んでいるのだろう。

「ナッチーは先代勇者と一緒に召喚された【従者】の1人でねぇ、初めて会った時にはまだあの子は13歳だったかなぁ〜? それで色々あって戦うことになったんだけどぉ〜、中々決着が付かなくて引き分けちゃったのぉ。それ以来ナッチーとは喧嘩友達なんだよねぇ〜。ナッチーは〜、少なくともアタイが知る中では最強に分類される人間だったよぉ〜。あの時は楽しかったなぁ……」

 昔の思い出を語った日奈は、空を見上げるとここには居ない誰かを懐かしむようににっこりと微笑みを浮かべた。そんな日奈の姿を見つめ、三月は手を口に当てながら小さな声でこう呟いた。

「(母さんが13歳の時に出会ったってことは……こいつ、俺よりも年上だったのか。もしかすると見た目以上の相当なババ……い、いや、ね、年長者なのかもしれないな)」

 ほんの小さな呟きにもかかわらず、ババアと言おうとした瞬間に日奈から心臓を握り潰されそうなほどの殺気が放たれ、三月は内心冷や汗を掻きながら慌てて訂正した。恐ろしいほどの地獄耳である。

 《魔人族》は総じて《人間族》よりも遥かに長命であり、中には1000年以上生きる者もいるという。100年や200年程度の年齢ならば、まだ若々しい姿を保っていられるが、寿命が近くなればなるほど老いが身体に現れ始める。

 100歳くらいまでの魔人女性は大体10〜20歳くらいの容姿をしているので、日奈はまだまだ若い魔人に分類されているはずだ。それなのにババア扱いされたのだから怒るのも無理はないだろう。

 流石に女性に対してババアはなかったな、と三月は反省する。そして話を戻すように日奈にこう質問を投げ掛けた。

「それで? お前と母さんが出会った経緯が何だってんだ? 別に俺はそんなことを知りたくないぞ」

 そう、三月が真に求めているのは過去の七月の情報ではなく、現在の七月の情報。七月が生きている事を証明する、確固たる証拠だ。それ以外のことには大して興味は無い。

「あぁ〜、やっぱりぃ、あなたはナッチーの息子だったんだねぇ〜? 顔とか〜、髪型とか〜、すご〜くそっくりだも〜ん。……まあ、男の子なんだけどねぇ」

「度が過ぎた母親似なんだよ。というか、話を逸らすな」

「はにゃ〜、そうでしたぁ。えっとねぇ〜……本当に話したいのは〜、昔のことじゃないんだぁ〜。実はねぇ〜……つい最近、ここ数年の間でぇ、ナッチーの姿が目撃されたっていう情報が入ったんだぁ〜」

「っ!? そ、それは、本当か……?」

 もしかすると母が生きているかもしれないというその情報に、三月は少なからず衝撃を覚え、若干震えがちな声でそう訊き返した。

「にゃは〜、どうやらこの情報はぁ、対価に値するみたいだねぇ〜?」

 そう言って、日奈は心底嬉しそうにほんわかと柔らかな微笑みを浮かべた。三月はそんな日奈の顔をじっと見つめ、しばらくして嘘はないと確信したのか、小さく舌打ちをしてから口を開いた。

「チッ。分かったよ。特別に【八式】を見せてやる。だが、その代わりに」

「うん。君の母親、夜白七月の情報を提供するよぉ〜」

「交渉成立だ」

 そう言って、腰に佩いた【八式】を抜こうとすると三月だったが、不意に日奈が「あ、待ってぇ〜」と歯止めを掛ける。

「んっとねぇ〜、どうせならぁ、君が実際にその刀を使っているところを見たいかなぁ〜。その方がぁ〜、その刀の真価を見られてアタイも嬉しいし〜」

「? どうすれば良いんだ?」

 三月がそう訊ねると、日奈はにこっと屈託の無い笑みを浮かべ、自らの両腰に佩いた双刀をスラァと抜き放った。その瞬間、鞘の内に収められていた大量の魔力がぶわりと溢れ出し、三月達の肌をぬらりと撫で上げた。

 日奈の持つ刀がどれ程の業物かを理解している三月だけではなく、刀に関して疎いロムでさえ冷や汗を流すほどの妖刀。それを日奈ほどの強大な力を持つ魔人が扱えば一体どれほどのポテンシャルを発揮するのか、想像するだけで背筋が凍る。

 双刀を抜き放った日奈を見て、三月はそれが何を意味するのかを悟ったのか、すっと目を細めて真剣な眼差しで日奈を睨み付けた。

「成る程……戦いの中で【八式】の真価を見極めたい。お前はそう言いたいんだな?」

「せいか〜い! 何だかとっても凄そうな刀なんだも〜ん。ただ見るだけなんて勿体無いにもほどがあるからねぇ〜。実際に戦ってみたくなっちゃったぁ〜。それにぃ〜……ナッチーの息子である君にも興味が湧いちゃってねぇ〜。手っ取り早くその実力を確かめるには、やっぱり手合わせしかないと思うわけ〜」

「……良いだろう。その勝負、受けて立つ」

 三月は決闘の申し入れを承諾して、突然の決闘宣言に呆然としていたロムを振り返る。

「こいつを預かっていてくれ」

 そう言って懐から取り出したのはミムだった。ロムはミムを手の平に載せて胸に抱くと、少しだけ心配そうに眉を顰めて三月にこう言う。

「良いの? ミムちゃんの力を借りなくて?」

「ああ。これは一応決闘だ。精霊であるミムの力は精霊使いの俺の力でもあるが、それじゃ意味が無い。あいつが見たいのは、【八式こいつ】の性能と、それを扱う俺の腕だ。ミムの力は必要ない」

「うん、分かった。……頑張ってね。応援してる」

「ああ」

「もし勝てたらキスしてあげるから絶対に勝ってね!? 約束だよ!」

「あれ……? 急に負けても良い気がしてきた」

「えっ? じゃあ負けたら今夜はベッドの中で……にひひひひっ」

 イヤラシイ笑みを浮かべながらじゅるりと涎を垂らすロムに、三月は盛大に引きながらもそのニヤケ顔にパシンッとデコピンを叩き込む。

「バーカ。結局お前の得になってんじゃねぇか」

「もう! 少しくらいはやる気とかる気とか出してくれても良いじゃん! ミツキのいけずっ!」

「ふんっ。そんなに欲求不満なら1人で慰めてろ。俺はそんなことのために頑張るわけじゃない」

 ふんっ、と鼻で一蹴する三月にロムは不機嫌そうに頬を膨らませてぶーたれるが、すぐにやれやれと呆れたような顔を浮かべて小さく肩を竦ませた。

「まったく、素直じゃないなぁ〜」

「何度も言ってると思うが、俺は素直だ」

「じゃ、性格が捻くれてるんだね」

「そうだな」

 面倒くさそうにそう答える三月は、日奈へと視線を向けると、ふと思い出したように再度ロムへと視線を戻しこう言った。

「そうそうお前に言っておく事があった」

「ん?」

 三月は日奈に聞こえないように小さな声で耳打ちする。ロムは少しだけくすぐったそうに体をびくんと跳ねさせた後、三月の話を聞いてこくんと首を縦に振った。

 そして三月は日奈へと向き直ると、ぐっと【八式】の鞘を握り締め、微笑を浮かべる魔人の少女を睨み付けた。日奈も心底嬉しそうにすぅっと目を細めると、三月の視線と真っ向から対峙した。

 2人の間で視線が真っ向からぶつかり合い見えない火花を散らした。

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