26 男子生徒の正体
「そこの君、なにしてるの。早く逃げるよ。」
桃色のショートヘア、向日葵の瞳。中性的な声は聞く者を惹きつける。スラっとした体躯は脚と腕の長さを際立たせた。
極め付けに、思わず見惚れてしまう救世主のような登場をした男子生徒から手を差し出されては、思わず掴んでしまうのが道理。
アルマとナポリック教授から聞いたヒナの外見と想起させるけれど、ズボンを履いた格好いい騎士。ならば、ヒナではないのだろう。
「は、はい。」
私は彼が差し出した手を反射的に掴んで駆け出した。後ろからはシャオンの悲鳴に近い呻き声が聞こえてきたけど、「気にしなくていい」私の手を引く彼が振り返りをせず、そう呟く。
実際、悪いのはシャオンな訳で全然罪悪感はない。ただ、悶絶する姿には少し同情した。
「ここまでこれば大丈夫。」
男子生徒に連れられてきたのは、空き教室。
今はあまり使われていないらしく、窓から差し込む太陽光が舞い上がる埃をキラキラと照らしていた。
「沢山走らせてごめんね。」
ここへ来るまでに廊下を何度か左右へ曲がり、階段を降りたり上がったりと目まぐるしかった。
「ゼェー、ゼェッ。ぜ、全然、ダイ、ジョウブ、です、から。」
つまりかなり走ったんだ。帰り方が分からなくなるぐらい必死に脚を回した。
最近、遊女をしていた時に比べてかなり体力が落ちているとは思っていたけど、それを差し引いても相当な運動量だ。私は息をするのが精一杯だと言うのに、目の前に立つ男子生徒は息一つ乱さず笑っている。
「あはは、配慮が足りず申し訳ない。お姫様抱っこをして走ればよかったね。火竜相手で僕も焦ってしまったんだ。」
「許して」と手を合わせる姿は子ウサギのようで母性をくすぐられ、気づいた時には「もちろんです」と返事をしていた。
「ありゃれ、これはまた可愛らしい子を連れてきたのでしゅね。」
その声は教室の奥から。
空き教室の隣にある準備室に繋がる扉からひょっこりと顔を出す女子生徒が一人。
茶髪の髪を三つ編みした愛らしい子供みたい。そう思うのは、身長がかなり小さく舌足らずの喋り方のせいだろう。
同じ学生とは思えないぐらい小柄。ただ、彼女は紛れもなくこの学院の制服、それも二学年である証拠の校章と魔法使いの証であるブローチまで身につけていた。
「彼女はイライゼ。ここは一応、絵画サロンの部室なんだ。と言っても、部員は僕とイライゼだけで実績もないからほとんど活動していないのだけど。」
「立ち話はダメね。すぐに紅茶いりゃてきましゅっ!!」
「あっ、私はやる事があるのでお構いなく……」
私が言い終わるより先にイライゼは準備室の扉を閉めてしまい、慌てて男子生徒に目をやるが首振って苦笑した。
「彼女、久しぶりの来客だから張り切っているんだ。付き合ってあげて。」
シャオンから助けてもらった恩もあるし、無下にはできない。仕方なく頷いて辺りを見渡した。
「イライゼ、落ち着くハーブティーを頼むよ。」
「承知でしゅね!」
準備室からは愛らしい声と食器を準備する声が聞こえてきた。それから空き教室には、布を被ったキャンパスがいくつもあり、絵の具の匂いが充満している。その奥に不釣り合いなぐらい真新しい高級そうなソファが置いてあるのが気になった。
「ここは少し前まで、乱行に使われていた場所なんだ。」
「らっ!?」
「そう。つまりヤリ部屋だね。」
急に爆弾を落とされたような気分で隣に立つ彼を見るを、顔だけ上手く笑っていた。
「イライゼも被害に遭いそうになっていてね。そんなところを僕が助けた。今回、君を助けたもの放って置けなかった僕のエゴ。要らぬお世話だとしたら申し訳ない。でもね、簡単に自身を安売りしてはいけないよ。女性であっても権利を主張することは悪いことじゃないから。」
なんという紳士。
アルマやシャオンに爪の垢を煎じて飲ませたいぐらいだ。なんなら生徒会長より生徒会長らしい事を言っている。
「あ、助けて頂きありがとうございました。困っていたので有難いです。」
「そうか。それは良かった。少し座って話をしよう。もちろん、乱行に使われていた寝具は処分してある。今あるソファは僕が準備した物だから安心して。」
茶目っ気たっぷりのウインクに誘導され座ったソファはふわっふわで、照らす太陽光も相まって居心地の良さは抜群だった。
(ここが生徒会室だったら良かったのに……。)
「はい、でしゅ。ごりゅっくりね!」
目の前に置かれたハーブティーからは良い香りが立ち上る。ここにはさっきまでの喧騒はない。目の前には愛らしい女子生徒。横に座るは紳士。これぞ眼福。幸せだ。
「頂きます。」
ごくりとひと口。
ハーブティーの香りが口いっぱいに広がる。
「わぁ、美味しい。こんなに美味しい紅茶、初めてです。」
「イライゼの入れる紅茶は世界一美味しいんだ。僕も大好きなんだ。」
照れるイライゼはへへ、と笑って「わたし、かたじゅけしてくりゅからね!」とまた準備室へ行ってしまった。
「それで、一年生の君があんなところでなにをしていたんだい?」
あ……、そうだった。
まるで異世界みたいな心地よさに生徒会長からのお使いをすっかり忘れていた。そして、手紙をシャオンに奪われたままだと言うことも。
「……ん?」
こちらを覗き込むような視線は凄く優しい。彼になら言っても大丈夫だろう。
「実は……、生徒会長にある生徒へ手紙を渡すように依頼されたのですが、シャオン様に奪われてしまいまして。」
「あのクソ猿。無垢な女子生徒から盗みを働くなんて僕が取り返してあげよう。」
「いえっ、そこまでしなくてもいいですから!!」
そのまま切り伏せてしまいそうな勢いで立ち上がる彼をなんとか止めソファに座らせてから、更に詳しく説明した。
私が新しい生徒会長役員だと言うこと。
シャオンが一応、付き添いで来てくれていたこと。
そして、ヒナという生徒を生徒会へ勧誘しに行く途中だったこと。
「じゃあやっぱり、君が噂の新しい生徒会役員なんだね。」
…………噂?
どんな噂だろう。でもどうせ、穢れた血の婚約者だとかなのだろう。私にとってはただの金ズルだし、あまり気にする事ではないけれど。それより彼が言った〝やっぱり〟と言う言葉の方が引っ掛かる。
まるで、最初から私を知っていたみたいな言い方じゃない。
「そうです。」
「今すぐに辞めた方がいい。というか、辞めなさい。」
彼の雰囲気がガラリと変わった。
さっきまでの優しさはなく、恐ろしく冷徹な声。それから、持ってきたティーカップを音を立てて置いた。
「いや、でも……。」
彼はなにが気に入らないのかは分からない。けれど、逆鱗に触れたのは確か。
「君はあの竜達の悍ましさを知らないからそんな事を言えるんだ。」
「悍まし、さ……?」
彼の瞳にはたっぷりの憎悪が浮かんでいた。
「それからね。答えから言うと、僕は絶対に生徒会なんかに入らないよ。」
「…………え?」
なんで彼が?
ヒナは女子生徒だったはず。それに姫と呼ばれるぐらいの生徒だ。可愛らしい見た目をしているはず。でも目の前の彼は、どう見ても可愛いは似合わない。
「ああ、そういえば自己紹介がまだだった。僕はヒナ。光の信徒の血を受け継ぐ者とか言われてる。」
「ええっ、男!?」
「いや、僕は正真正銘の女性だよ。ほら、」
手首を掴まれ、私はヒナの胸に触れた。
男子生徒にはない弾力がそこにあった。
「じょ、女性だわ……。」
「下も触る?」
「け、結構ですっ!!」
パッと手を離して立ち上がると、力が抜けていく感覚に襲われた。
「おっと……、危ない。」
「な、に……?」
上手く立ち上がれず、ヒナに抱きしめられた。起き上がろうにも力が入らない。それにどんどん視界がぼやけていく。
魔法を使われた?
いや、違う。あのハーブティー?
「今度はちゃんとお姫様抱っこで運んで上げる。」
「……はな、し…………て。」
嵌められたっ!
そう思った時には時すでに遅し。
上手く声すら出せない。
「大丈夫。着いたらきっと君も、いや、セルティアも気にいる場所だから。」
このままじゃ危ない!
脳はそう言っているのに身体は全く動かない。
「心配しないで。僕が全部、忘れさせてあげるから。」
その言葉とヒナからの口付けの感覚を最後に、私の意識は闇の中へ消えていった。
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