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第89話:神宮寺麻里

 ……千鶴さんの人妻的な妖艶さに、全部持っていかれた。


 正直、私だって「すごい」と思った。

 だけど――亜紀さんと玲奈の顔を見た瞬間、胸が痛んだ。


 二人とも、完全に燃え尽きている。

 さっきまで「私たちのステージだ!」って気迫に満ちていたのに、今は真っ白な灰。

 (……これは、笑えないな)


 「直也、どうするの?」

 私はグラスを置き、彼に小さく問いかけた。

 「亜紀さんと玲奈さん、今日一番頑張った二人が……真っ白に燃え尽きてるよ」


 直也が苦い顔をする。

 でも、それをかき消すように松川のおじさんたちが声を張り上げた。


 「いやぁ~千鶴ちゃんの魅力の前には、亜紀ちゃんも敵じゃねーな!」

 「大将、やるなぁ! 千鶴姐さんとデュエットだなんて!」


 ……やっぱり、盛り上がっているのはおじさんたちだけ。

 女性陣は誰も笑っていない。

 (直也、このままじゃダメだよ)


 「皆を盛り上げてよ。直也の責任でしょ?」

 私はわざと煽るように言った。


 直也は短く息を吐いて、頷いた。

 そしてマイクを手に取り、にやりと笑った。


 「――じゃあ、そろそろ締めの曲を歌います」


 広間にざわめきが広がった。

 おじさんたちも、女性陣も、一斉に直也を見つめる。


 (……さあ、どうまとめるの?直也)


 表示されたタイトルは――『Don’t Stop Me Now』。

 莉子が「え?歌えるの?」と驚いていた。


 「……クイーン?」

 誰かの呟きが聞こえた瞬間、直也の声が広間に飛び込んできた。


 ♪Tonight I’m gonna have myself a real good time

 I feel alive

 And the world, I’ll turn it inside out, yeah

 I’m floating around in ecstasy, so――♪


 驚いた。完璧な発音と声量。

 莉子がぽかんと口を開け、保奈美ちゃんが「すごい……!」と小さく呟く。

 そして一気にサビ。


 ♪Don’t stop me now, don’t stop me

 ’Cause I’m having a good time, having a good time――♪


 その瞬間、松川のおじさんたちが「おおっ!」と総立ちになった。

 手拍子が鳴り響き、空気が一気に熱を帯びる。


 ♪I’m a shooting star leaping through the sky like a tiger

 Defying the laws of gravity

 I’m a racing car passing by like Lady Godiva

 I’m gonna go, go, go

 There’s no stopping me――♪


 声が天井を突き抜ける。

 直也は片手を突き上げ、おじさんたちが拳を合わせて応える。


 ♪I’m burning through the sky, yeah

 200 degrees, that’s why they call me Mister Fahrenheit

 I’m travelling at the speed of light

 I wanna make a supersonic man out of you――♪


 (……なんて熱量なの)

 歌に引き込まれながら、私は拳を握りしめていた。

 会場の誰もが彼に飲み込まれている。


 ♪Don’t stop me now, I’m having such a good time

 I’m having a ball

 Don’t stop me now, if you wanna have a good time

 Just give me a call――♪


 おじさんたちが合いの手を入れる。

 女性陣も思わず笑って手拍子を始めた。


 ♪Don’t stop me now, ’cause I’m having a good time

 Don’t stop me now, yes I’m having a good time

 I don’t wanna stop at all――♪


 直也の声が力強く広間を揺さぶる。

 亜紀も玲奈も、悔しそうにしながらも笑っていた。


 ♪I’m a rocket ship on my way to Mars on a collision course

 I am a satellite, I’m out of control

 I’m a sex machine ready to reload like an atom bomb

 About to oh, oh, oh, oh, oh explode――♪


 息を呑んだ。

 英語の歌詞なのに、すべてのリズムが完璧に身体に馴染んでいる。

 これが……直也の“秘密兵器”。


 ♪I’m burning through the sky, yeah

 200 degrees, that’s why they call me Mister Fahrenheit

 I’m travelling at the speed of light

 I wanna make a supersonic woman of you――♪


 最後のシャウトに合わせて、おじさんたちが肩を組んで飛び跳ねる。


 ♪Don’t stop me, don’t stop me, don’t stop me, hey hey hey♪


 ♪(Don’t stop me, don’t stop me, ooh ooh ooh I like it)♪


 英語が分からなくても、勢いだけで全員が理解している。

 会場はもう、完全に一つになっていた。


 ♪Don’t stop me, don’t stop me

 Have a good time, good time

 Don’t stop me, don’t stop me――oh!♪


 「オーッ!」と全員が叫び、直也が笑みを浮かべて腕を広げる。

 そしておじさんたちはエアギターだ。


 ♪I’m burning through the sky, yeah

 200 degrees, that’s why they call me Mister Fahrenheit

 I’m travelling at the speed of light

 I wanna make a supersonic man out of you――hey hey hey!♪


 もう誰も座っていない。

 おじさんたちも、女性陣も、立ち上がって大合唱。


 ♪Don’t stop me now, I’m having such a good time

 I’m having a ball

 Don’t stop me now, if you wanna have a good time――

 Just give me a call――♪


 私は心の奥で、ふっと笑っていた。

 (……やられたね。直也、あなたは本当にずるい人)


 ♪Don’t stop me now, ’cause I’m having a good time

 Don’t stop me now, yes I’m having a good time

 I don’t wanna stop at all――♪


 最後のシャウトとともに、直也がマイクを高く掲げた。


 「フゥーーッ!」


 広間は嵐のような拍手と歓声に包まれた。

 松川のおじさんたちは涙まで浮かべて「大将!最高だ!」と叫んでいる。


 ……あの亜紀と玲奈までもが、笑って泣きながら拍手していた。

 燃え尽きていた心に、再び火を灯されたのだ。


 私はそっとグラスを掲げ、呟いた。

 (……さすが直也。やっぱりあなたはカリスマなんだね)


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