第87話:新堂亜紀
松川の人たちのノリノリのカラオケ大会。
演歌にムード歌謡にフォークソング――酒と笑いに包まれた広間は、まるでお祭りの夜そのものだった。
おじさんたちの熱唱に拍手が鳴り止まず、酒の盃も次々に重なっていく。
私はグラスを口に運びながら、心の奥でひとつの思いを固めていた。
――もう、女を見せるしかない。
ちらりと玲奈を見る。
彼女は笑ってはいるものの、その横顔には抑えきれない苛立ちが滲んでいた。
(……分かるよ。今日一日、全然直也くんを捕まえられなかったんだもんね)
そのイライラをぶつける場は、もうここしかない。
「玲奈、麻里……もうやるしかないよ」
私は二人に身を寄せ、小さな声で切り出した。
玲奈の瞳が、はっとこちらを向く。
「……やるの?」
その声に微かな震えが混じっていた。
「ええ。ここで決めるの」
私の言葉に、麻里が口元にゆるやかな笑みを浮かべる。
「……分かったわ。やるのね?」
その落ち着きは、かえって色気を帯びていた。
――そう。
あの夜、渋谷のスナックで女の情念をぶつけ合ったあの曲。
『Magic of Love』。
それを、ついに直也くんに披露するときが来たのだ。
「ええ!? すごい! 楽しみ!」
無邪気に声を弾ませたのは保奈美ちゃん。
満面の笑みで手を叩くその姿に、逆にこちらの決意はますます強まる。
今、直也くんは大地くんと遊びながら、千鶴さんと談笑している。
――油断しているその隙を突いて、私たちはこの場をさらう。
私は立ち上がり、マイクを手に取った。
玲奈と麻里もすぐに続く。
選曲リモコンに指を走らせ、あの番号を入力する。
ピッという電子音。
次の瞬間、広間にイントロが流れ出した。
「お、今度は若い人の歌か」
松川のおじさんたちがざわめく。
でも、これから。
本当の“女のステージ”が始まる――。
イントロが広間に響いた瞬間、空気がぴんと張り詰めた。
おじさんたちが「おっ……この曲は!」とざわめく。懐かしさが胸に刺さったのだろう。
私はマイクを握りしめ、玲奈と麻里と視線を交わした。
――ここからが勝負。
「少し派手目に お化粧直しするわ……♪」
声を出した瞬間、会場が一気に色づく。
玲奈がハモり、麻里がコーラスで支える。
リズムが広間を包み込んでいく。
「街のGAL達になんか 負けない Yai Yai Yeah!♪」
思い切り手を振り、会場に投げかけると、松川のおじさんたちが一斉に拍手で応えた。
酒で赤らんだ顔に笑みを浮かべ、拍子に合わせて手を叩き始める。
「――通算 何回笑ったろう♪」
「何回Kissしたろう♪」
玲奈の透き通る声が、場を一気に明るく照らす。
麻里の低めのハーモニーが重なり、曲全体に厚みが増していく。
「A Ha Ha U Fu Fu!♪」
サビに入った瞬間、会場の熱が爆発した。
おじさんたちは立ち上がり、両手を振りながら大合唱。
「おおおーっ!」「懐かしい!」「まだ歌えるぞ!」と声が飛び交う。
(……よし! 完全に掴んだ!)
私は胸の奥が熱くなるのを感じながら、マイクを力いっぱい握った。
「実際 大好きだけど 大好きだから――!」
玲奈が力強く、麻里が艶やかに、私が全力で。
三人の声が重なり、広間を揺らす。
「I Love You U Fu Fu Magic of Love――!♪」
私の、玲奈の、麻里の想いが、恋の悔恨が、未来への渇望が――やっぱり全部、歌に溶けていく。
私たちは、今日のあの戦いを乗り越えた団結を発揮していた。
だからね、直也くんにアピールせざるを得ないの。
「実際大好きだけど〜♪」私
「大好きだから〜♪」玲奈
「大好きなのよ〜♪」麻里
直也くんに向けて3人が訴える。
松川の人たちは大盛りあがりだ。
「大将!これはマズいぞー。女の情念だぞ!」
「大将、悪い男すぎるぞ!」
「実際 あなたが好きよ〜♪」亜紀
「あなたが好きよ〜♪」玲奈
「あなたが好きよ〜♪」麻里
直也くんは照れながら手拍子して見てくれている。
保奈美ちゃんは歌のメッセージ性に気づいたみたいだ。
でもね、ダメだよ保奈美ちゃん。今は私たちの時間なの。
莉子は逆に大爆笑して手拍子している。
「今夜も聞かせて〜だ〜い〜すき〜♪」合唱
最後のフレーズを歌い切った瞬間、会場は嵐のような拍手と歓声に包まれた。
松川のおじさんたちが拳を突き上げ、女性陣も笑顔で手を叩く。
(……これだ。この瞬間のために歌ったんだ)
私は深く息を吐き、隣の玲奈と麻里と笑い合った。
女の情念と想いをぶつけた熱唱。
――その全てを、直也くんに向けて。
私たちはやり遂げた。
直也くんの心を完全に捉えたと、そう思った。
――私と玲奈と麻里は甘かった。